懐かしい管理教育のメッカの名前が 岬議員の経歴詐称

 日本維新の会の衆議院議員、岬麻紀氏の経歴詐称が問題となっている。2019年参議院選挙で立候補したときに、実績がないにもかかわらず、亜細亜大学で非常勤講師をしていたと経歴に書いていたという問題だ。刑事告発がされている。後援する河村名古屋市長も事態を重視しているようだ。
 報道で見る限り、岬議員の弁明は、いかにもずれている。「常勤講師ではないので、非常勤講師にしたのだが、いいと思った」ということだが、亜細亜大学では、岬氏に講義を委嘱した記録はないというのだから、当然非常勤講師としての委嘱がないということだろう。彼女が常勤講師だったと解釈しているような人もいないに違いない。

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ヒトはいつから人間になるのか 中絶議論との関連で

 昨日、「いつから人間になるのか」というテーマを別に考察すると書いたので、早速考えてみたい。
 もちろん、この問いの前に、そもそも人間とは何かという重大なテーマがあるわけだが、少なくとも、私には、ひとつの答はだすことができない。というより、なんらかの専門領域をもっている者にとっては、その領域ごとに、人間の定義が異なるように思われる。そして、領域による定義が定まれば、おのずと、いつから人間なのかを規定できる。そこで、どうしても専門外に触れることがないが、その点から整理してみよう。
 
 人間の定義は、多くが哲学分野でなされる。代表的なものとして、山岡政紀氏は、以下のような例をあげている。

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アメリカで中絶否定を最高裁が判断か

 アメリカで争われている中絶の是非に関して、連邦最高裁での判決の草稿が漏れたことで、大きな騒動になっている。アメリカでは、プロ-ライフ・プロ-チョイスという言葉があるように、中絶を認めるか認めないかは、大統領選挙の大きな争点のひとつになるほど、重大なテーマになっている。
 アメリカでは1973年に、中絶を合法とする最高裁判決がでていたが、それ以来も中絶反対派は、中絶を実施している医師を殺害するなど、かなり過激な反対運動もしてきた。しかし、先進国で、中絶が大きな社会・政治問題になる国は、ほとんどない。障害者基本条約が国連で締結されたときに、イギリスで大きな問題になったくらいではないだろうか。イギリスでは、胎児に障害がある場合には、出産直前までの中絶を認める法があったが、さすがに、障害者差別ではないかという議論が起こったわけだ。しかし、おそらくその法は廃止されていない。
 アメリカでの議論が、中絶賛成は女性の権利を基礎に考えているのに対して、反対派はほぼ宗教的根拠によるものなので、議論そのものがかみ合わないものになっていて、結局、まったく異なる価値のどちらをとるかという争いになる。そして、人間観の領域の争いなので、対話によって見解が近づいていくということが考えられない。

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すっかり変質した筑付?

 筑波大学付属高校(筑付)で、SNSが禁止されたと、ネット上で書かれている。悠仁親王関連の情報が、SNSを通じて拡散しないようにということらしい。実際に、それでもあえてツイッターに書かれた文章が、削除されたという。現在ではネット上での情報だけのようなので、真偽のほどはわからないとしても、その内週刊誌が取り上げるようになるに違いない。本当だとしたら、そこまでやるかと驚かざるをえない。また、筑付生や親がだまっているとも思えない。理由は、当然、悠仁親王に対する否定的な情報が、国民に拡散しないようにと、紀子妃が圧力をかけたということになっている。親王に関しては、作文コンクールの件は、弁護のしようがないことだろう。当人だけではなく、宮内庁、両親、そしてコンクール主催者すべてが、社会的な規範、道徳を蹂躙したことを意味している。また、予想されたことではあるが、授業内容がまったく理解できなくて、頭を机に伏せた姿勢をとっていた親王に、教師が注意をすると、汚い言葉で教師にくってかかったという情報も出ている。

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ヒトラーはユダヤ人?

 ロシアのラブロフ外相が、「ヒトラーにはユダヤ人の血が入っている」とインタビューで答えて、物議を醸している。当然イスラエルは猛反発をしている。ラブロフ外相の発言は、ロシアがウクライナをナチに抑圧されていると批判していることに対して、ゼレンスキーはユダヤ人だからナチのはずがないという反論があり、その反論は間違っていると言いたいわけだ。
 いつかでるのではないかという話題が、やはり出てきたかという感じだ。ヒトラーにはユダヤ人の血が混じっているというのは、何人かの研究者が主張していることである。退職して大学に書物をおいてきてしまったので、具体的には確認できないのだが、ヒトラーが、国民のユダヤ人の親族関係を調査させたところ、ヒトラーは4分の1のユダヤ人の可能性があることがわかり、ヒトラーはその事実の露顕を恐れて、調査した人間を殺害したという内容だったと思う。

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ユージン・オーマンディ2 批評家に無視された指揮者3

 オーマンディをいくつか聴いてみた。オーマンディでも、もちろん評論家に高く評価される分野はあった。協奏曲の伴奏は当然として、オーケストラの響きが華麗な曲だ。オーマンディが所属していた、アメリカ・コロンビアの重役は、「オーマンディにはビゼーのアルルの女なんかを録音させておけばいい」などと言っていたのだそうだが、確かに、アルルの女は名演奏で、歌いまわし、音の響きは、うっとりさせるものがある。
 今回選んだのは、ベートーヴェンだ。最近はあまりないようだが、以前は、音楽雑誌で、この曲は誰の演奏がいいか、という評論家や読者のアンケートが掲載されていたものだ。そういうなかで、ベートーヴェンやブラームスの推薦で、オーマンディの演奏があがることは、決してなかった。音楽はドイツ・オーストリアこそが本場で、ベートーヴェンやブラームスとなれば、さらにドイツやオーストリアのオーケストラと指揮者でなければならないという雰囲気があった。バーンスタインのニューヨーク時代とウィーンに活動の場を移して、ウィーンフィルを指揮した演奏の受け取り方を比較すればよくわかる。今でも、ウィーンフィルの演奏は、ベートーヴェン演奏のベストのひとつとしてあげる人は多いが、ニューヨーク・フィルの演奏の評価は高くない、というより、ほぼ無視されている。それでも、バーンスタインは、評論家によっても評価されていたし、来日すれば、ニューヨーク時代でも大きな話題になった。

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鬼平犯科帳 平蔵はなぜ出世できなかったのか

 長谷川平蔵は、火付盗賊改方という役職のまま死去している。そして、その役職に就いた者は、2,3年で次の役職に転出していく例が多いとされる。事実、平蔵の父親の宣雄も、火付盗賊改方のあと、京都町奉行に栄転している。正しい比喩かどうかは異論もあるだろうが、江戸町奉行は、現在では東京都知事に近く、火付盗賊改方は警視庁刑事部長くらいなのだろうか。しかも、警視庁の部分も知事部局であると考えた上だ。だから、町奉行と火付盗賊改方とでは、かなりの格の違いがあったと考えられている。鬼平犯科帳でも、平蔵は、いつまでこんな仕事をしなければならないのかと嘆く部分が、何度も出てくる。実際に、長谷川平蔵は、町奉行になることを強く希望していたとされているし、また、江戸の庶民たちにも人気があったので、そうなることを期待されていたという。しかし、何度もチャンス、つまり江戸、大阪、京都などの町奉行職の交代が、平蔵の火付盗賊改方任期中にあったにもかかわらず、彼が指名されることはなかった。もっとも、父の宣雄が京都町奉行になったのは、53歳のときだったから、平蔵も長生きしていれば、チャンスがあったとも考えられる。しかし、火付盗賊改方を2,3年務めたあと、なんらかの奉行職に栄転していくことは、よくあることだったから、8年もの間火付盗賊改方のままだったことは、議論の対象になってもおかしくない。そして、長谷川平蔵は、あくまでも小説の話としても、「理想の上司」などといわれている割りには、自身が希望していた上のポストには行けなかったのだから、皮肉なものだ。

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ウクライナ戦争後の構造は?

 最近のウクライナ情勢をみていると、どうしても思い出してしまう風刺画がある。小学校や中学校の教科書に載っていたので、多くの人が覚えていると思うが、日英同盟を結び、ロシアとの戦争に向かっていく日本を描いた絵だ。恐ろしいロシアに、イギリスとアメリカが日本をけしかけている図である。
 
 
 私には、日本をウクライナに置き換えれば、そっくり現在の図式になると思う。もちろん、日露戦争は、純然たる帝国主義戦争であったが、現在行われている戦争は、ロシアがウクライナに侵略しているものだ。そして、日露戦争は、日本でもロシアでもない地域で闘われたが、現在の戦場はウクライナという当事国の一方である。こうした大きな違いはあるが、それでも、侵略意志をもったロシア、それをやっつけようと思っていて、実力はあるが直接闘う意志はないイギリスとアメリカ、そして、闘う意志はあるが、単独では無理だと思っている日本とウクライナという図式は、まったく相似関係にあるように映る。

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あらためてプーチンという人物を考えてみる

 プーチンという人物をどのように評価するかは、その人の価値観なり人間観の反映であるかも知れない。なにしろ、多面的な人間なので、どの面に惹かれるかによって、評価する人物の人間観が表れるのではないだろうか。オリバー・ストーンは、プーチンと何度も面談して、著作とドキュメント番組を制作したが、最終的にプーチンを肯定しているかどうかは別として、かなり優秀で思考力のある人物であると見ている。ストーンと話すプーチンは、確かに頭脳明晰で、自信をもっている。同じアメリカ人たちが制作した『プーチン 戦争への道』というドキュメントは、まさしくプーチンを暴君として扱っている。これは4月24日にNHKBSで放映されたもので、KGBの要員だったドレスデン時代から、ウクライナ侵攻までのプーチンの歩みをふり返りつつ、様々な人がプーチンについて語った内容である。プーチンの歩みそのものは十分に知られているが、彼を知る人のプーチン評や、いくつの場面の映像は非常に興味深かった。『プーチン 戦争への道』によって、少しプーチンの足跡をみておこう。

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吉野家騒動と大学の教授の自由

 吉野家は、これまで2,3回しか入ったことはないが、正直あまりいい印象がなかったためでもある。トラブルのイメージも強かった。そして、今回は、とびきりのトラブルが生じて、既にたくさんの記事やコメントが書かれている。様々な論点について書かれているが、できるだけまだあまり書かれていないように思われる点について、気になることがあるので、書いてみる。
 事件の要点は、早稲田大学の社会人向けマーケティング講座で起きた。第一回だったそうだが、吉野家のマーケティングの責任者が、講義を行った。そのときに、「田舎からでてきたばかりの生娘をシャブ漬けにする」というのが、マーケティングの基本だと述べ、さらに、金持ちの男性に高級料理をご馳走されるようになれば、見向きもされないとまで言ったそうだ。そして、受講していた女性が、まずは大学に抗議し、SNSでそのことを公表したので、騒ぎになった。吉野家は大方の予想に反して、迅速にこの担当者を解雇して、謝罪したというのが、事件の顛末である。

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