読書ノート「迷走地図」松本清張 幸せな人がいない政治の世界

 「迷走地図」とは、実に内容によくマッチした題名だ。上下2巻を要する長編小説だが、とにかく、誰が主人公で、どのような筋が展開しているのか、ほとんどわからない。下になってやっと、ひとつの線みたいなものが形成されるのだが、それも絶対的な中心を形成しているわけではない。簡単にいえば、国会議員の、とくに秘書たちの裏表が描かれ、そこに国会議員たちのあからさまな売名行為と、それを支える汚い裏が描かれていく。
 まず桂総裁と禅譲が約束されている寺西というふたりの大物政治家が存在していることになっているが、実際にこの二人はほとんど登場しない。そのまわりを囲む秘書たちが活動しているのである。寺西の私設秘書として外浦という人物がいて、東大法学部卒、商社にはいるが、寺西に請われて秘書に貸し出されている。そして、東大全共闘として活動したが、そのために法学部を退学処分となり、そのためにまともの就職から締め出され、現在は政治家のゴーストライターとなっている土井という人物。最終的にはこの二人が、この物語の重要人物になっているが、単純にふたりをめぐって展開するのは、下になってからである。
 その前段階では、秘書連中が待遇改善を求めた組織を作る動きや、ゴーストライターに頼んだ文章で演説する若い二世議員や彼らの裏の私生活が描かれる。そして、それらを密かに取材する院内記者も登場。国会活動の裏がこんなものであれば、実にわかりやすい教材ともいえる。
 後半になっての軸となる筋は、突然外浦が寺西の秘書をやめ、もとの会社にもどって、直ちにチリ支社の副社長となって赴任することによってひき起こされる。出発前に、外浦は親しくもない土井に、ひみつの文書をあずけ、それを銀行の貸し金庫に保管し、その権限を土井に託す。ところが、外浦はチリで交通事故で即死してしまう。事故なのか自殺なのかは判然としないのだが、とにかく自ら運転した車が衝突した。
 土井は、預かった貸し金庫の文書が、寺西夫人から外浦にあてた恋文であることを読んで知っていたから、貸し金庫のことが外浦夫人に知らされ、内容を渡す必要がある故、でたらめな寺西の献金リストを作成して、すりかえて外浦夫人に渡す。ところが夫人はその内容に疑問をもって、寺西の秘書に相談、偽ものであることがすぐにばれてしまい、本物をさがすことになる。最初は寺西派の元警察官僚の議員が暗躍するが、やがて桂派に動向がもれ、結局土井は桂派が差し向けたグループに、本物を奪われただけではなく、たまたま鉢合わせをして殺害されてしまう。そして、おそらく寺西夫人の恋文がゆすりに使われたのだろう(この場面はでてこない)、寺西は禅譲を断念するという結果となる。
 土井の秘書は、土井殺害の真相究明を警察に訴えるが、警察は、過激派同士の争いと片付けてしまう。
 本編のできごとはもっともっとたくさんあるのだが、本筋はこんなところだろう。とにかく、幸福な結果に至る人物は誰もいないという、いかにも松本清張らしい、悲惨な物語である。
 しかし、読者に想像を迫る場面はたくさんある。
 外浦は、何故たいして親しくない土井に、大事な文書をあずけたのか。
 外浦と寺西夫人の関係は、外浦の保存している手紙だけだと、夫人の一方的な想いで、外浦はそこから逃げるべくチリにいったように思われるが、土井は、外浦は本気で最終的には夫人が拒否したのではないか、ということも考えるが、真相はわからない。
 外浦の死は事故なのか自殺なのか。
 他にもいろいろあるだろう。何通りもの可能性を考えるだけでも、読む楽しさを増してくれそうだ。この小説は、あえてそうしたあいまいな書き方が特徴ともいえる。
 また、土井と窃盗犯を鉢合わせせずに、帰宅したら盗まれていた、そうこうするうちに、寺西が禅譲辞退を発表したという筋でもいいように思うが、土井まで死なせてしまうのが、松本清張流なのだろう。
 清張の小説がドラマ化されると、悲惨さが緩和される傾向があるが、これはドラマ化されているのだろうか。探してみたい。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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