未来の教育研究13 創造性

 未来の教育の必須アイテムのようなものが「創造性」である。未来の教育を論ずるときには、必ず出てくる。しかし、創造性の意味は、誰にでもわかるものだが、どのようにして教育すれば、創造性を育成することができるのか、これをしっかりと書いている書物、あるいは提言は、私の不勉強もあるだろうが、まだ見たことがない。そもそも、創造性を教育というシステムのなかで育成できるものなのか、教育は、常識的には既存の文化を教えるものだから、創造性を教えることとは無縁なのである。しかし、知識基盤社会を生き抜くためには、創造性が不可欠であるとされる。そのことは間違いないだろう。キャッチアップ時代にはずっと上昇傾向できた日本経済も、キャッチアップした段階以降は、その勢いを明らかに失っている。近年は科学研究の勢いも失っており、将来はノーベル賞はとれなくなるとも言われている。 
 こうした状況は打破しなければならないだろう。 “未来の教育研究13 創造性” の続きを読む

未来の教育研究12 思考力-日本にも優れた実践がある

 考えるとはどういうことなのだろうか。心理学や哲学的に考えことの定義は難しいとしても、教育の場面では、それほど難しいとはいえない。
 発見とは、未知のことについては、新しく見つけることが発見であるが、教育実践の食めんでは、子どもたちがまだ知らないことについて、助けを借りても自分の力で、見つけたとすれば、それは子どもにとっては、発見であり、そうした手法を中心に学ぶやり方を「発見学習」という。だから、「考える」についても、既存の知識では対応できない課題を、自分の力で考えて解決の方法を見いだしたとしたら、それは、そのプロセスにおいて、考えたといえる。しかし、問題なのは、教師が出す「課題」が、本当に既存の知識で対応できないかどうかなのである。実は、教師は考えてみようという課題をだしていても、子どもは、既存の知識で簡単に答えをだしてしまうことが、少なくない。特に算数の授業でみる「考えてみよう」のほとんどはそのパターンである。数学は、未知の問題を解くときには、考えなければならないが、そうでないときには、既知の方法を駆使して解く操作的活動となる。だから、算数などで、考える作業は、新しい単元に入るとくくらいにしか、有効に機能しない。既に手法を学んだあとに、考えさせるためには、教師がかなり創意工夫して、既知の知識では解くことかできない要素を取り組むことが必要である。 “未来の教育研究12 思考力-日本にも優れた実践がある” の続きを読む

未来の教育研究11 未来の教育を空想する

 今回は、未来の教育を空想してみることにした。私は未来学者ではないし、また、テクノロジーの専門家でもないので、むしろ、こういうことができたらいいという希望のようなことになる。
 未来といっても、そんなに遠くではなく、せいぜい20年後程度までを考える。通信速度は、5Gあるいは6Gそれ以上になっているだろうが、今と比べれば格段に速くなっている。現在、多くの学校で一斉に子ども全員がネットを使用した教育活動をしたら、ダウンしてしまう可能性も高いが、その時点では、動画を個別に使ったとしたも、スピードが落ちることもない。コンピューターの推論、判断、過去データの適切な使用等々がすばやくできる。だから、自分で検索するだけではなく、音声ですばやく回答があり、更に補充的説明などを加えてくれるAIソフトができている。音声認識や手書き文字の正確な認識が可能になっている。現在のスマホ、タブレット、VR機器が同じ形態で使われているとは思われないが、より、便利な形でそうしたアイテム、器具が容易に使用できるようになっている。人型ロボットが、現在よりもずっとスムーズな動作がすばやくできるようになっている。 “未来の教育研究11 未来の教育を空想する” の続きを読む

未来の教育研究10 PISAはなぜ影響力をもったのか

PISAの特徴
 PISAとは何を目指して行われたのか。PISA実施の直前に顕されたOECDの文書で確認しておこう。Measuring student knowledge and skills A new framework for assessment OECD 1999
 PISAについて、以下のように説明している。
 まず、PISAが測ろうとする内容の説明である。(p8)
・PISAは学校のカリキュラムの修得だけではなく、大人になっての生活に必要な知識や必要なスキルを明確にすることを意図している。クロス-カリキュラム的能力の評価がPISAの統合的な部分になっている。
・過程の習熟、概念の理解、いろいろな状況で機能する能力に重点をおいている。
 測定の方法は。
・鉛筆と紙の使用する。
・選択式、記述式の回答方法。現実生活に根ざした問題をだす。 “未来の教育研究10 PISAはなぜ影響力をもったのか” の続きを読む

未来の教育研究9 学校選択

何から始まったか
 新自由主義の教育政策では、「学校選択」が最も象徴的なものである。しかし、教育が拡大し、義務教育が始まってからしばらくは、学校の選択は当たり前のことだった。義務教育も、多くの国では、地方が学校を設立する義務であって、就学義務はそのあとについていったものだ。近くにある学校に通うようになるのが自然だろうが、複数選択できる地域であれば、選べるのが普通であった。特に、ヨーロッパでは、宗教の問題がからんでいた。有名なワイマール憲法は、146条で、「市町村内においては、教育権者の申請に応じて、秩序的学校経営が、第一項の意味においてもそこなわれないかぎり、その信仰または世界観の小学校が設置されなければならない。教育権者の意志は、できるかぎり、これを考慮しなければならない。」と規定して、市町村が、宗派学校を別々に設立して、親はそれを選択できる条件を整えることを原則としていたのである。オランダの学校選択も、同じ背景で発展した。オランダでは、19世紀後半の「学校闘争」で、教会勢力が、教会立の学校も公認し、補助金を受けられるように求めて闘っていたが、それが1917年の憲法で、公立と私立の財政的平等として結実するわけである。その後、オランダでは、宗教的な学校だけではなく、様々な教育理念や方法をもった学校が設立され、「百の学校があれば百の教育がある」といわれるようになった。ドイツはヒトラー政権の下で、私立学校が禁止され、強制的な通学区指定制度が作られたので、状況が根本的な変わってしまった。戦後ワイマール体制に復帰させることが、教育の世界ではとりあえず模索されたが、宗派学校を住民の要求に応じて設置していく体制は、復活しなかった。したがって、日本と同じように、私学を選択する自由が主に保障されてきた。 “未来の教育研究9 学校選択” の続きを読む

未来の教育研究8 市場化・民営化

 新自由主義の主要な原則に「市場化」と「民営化」がある。新自由主義者は、だから正しいと主張し、反対者はだから間違っているとする。つまり、新自由主義政策が市場化と民営化を柱とすることについては、一致している。だが、本当にそうなのだろうか。
 新自由主義の巨頭フリードマンは、確かに、『選択の自由』のなかで、「アメリカにおいて公立学校教育制度が樹立されたことは、この国の自由市場体制という大きな海の中に社会主義の出島をこしらえることになったが、このような出島がはやくもできたのはインテリたちの市場や自発的交換に対する不信感によってであると解釈するのは、ほんの少ししか正しくない。このような事態が発生することになったのは、社会が「機会の平等」という理念に対して大きな重要性を付与したことをただ単に反映した結果でしかない(245)」と述べ、「平等」ではなく、「自由」を重視、バウチャー制を主張している。それは、金持ちだけではなく、貧困層にも「自由」を与えることになり、そうすれば、学校教育が政府によって運営される必要はなくなっていく、というのである。(257-258) “未来の教育研究8 市場化・民営化” の続きを読む

未来の教育研究7 ナショナル・カリキュラム3 イギリス

 サッチャーは、初めて入学したときには文相であったが、1979年に首相となり、存分教育改革を行うことになる。彼女によって行われた改革は、ヨーロッパ全体に大きな影響を与えたといえる。ただ、サッチャー、レーガン、中曽根と日本ではセットのように新自由主義政策を進めた人物としていわれるが、サッチャーの教育改革は、レーガンや中曽根の政策に影響したとはいえない。レーガンは、連邦教育省を設置したが、教育政策そのものあまり関心があったようには思えないし、日本では、サッチャーがやろうとしたことは、既に定着しており、中曽根改革はさらにその先を行おうとしたといえるからである。
 サッチャーは、就任してしばらくは、極めて不人気だった。インフレが進み、失業率も上昇した。そうした不人気を一気に振り払ったのが、フォークランド紛争である。そこで「鉄の女」ぶりを発揮したあと、サッチャーの人気は高まり、意図した政策をどんどん押し進めるようになった。教育面では、1988年の教育法がその集大成ともいえる。骨子は以下の通りである。 “未来の教育研究7 ナショナル・カリキュラム3 イギリス” の続きを読む

未来の教育研究6 ナショナル・カリキュラム2 アメリカ・オランダ・スウェーデン

アメリカ
 21世紀のパートナーシップ協会の提示する21世紀に求められる能力を整理しておこう。
 The partnership for 21st century learning は2002年に、企業、教育指導者、政治家によって設立され、K12の教育内容に対する提言をする機関である。その目的は、21世紀スキルのフレームワークを作成することであるとされる。
 
・学ぶべき内容(科目 英語、世界語、芸術、数学、経済学、科学、地理、歴史、政府と市民)の基礎科目群、(グローバル意識、財政・経済・ビジネス・企業的リテラシー、市民リテラシー、健康リテラシー、環境リテラシー)などのリテラシーが加わる。
・学習のスキル(創造性と革新、批判的思考と問題解決、コミュニケーションと協力) “未来の教育研究6 ナショナル・カリキュラム2 アメリカ・オランダ・スウェーデン” の続きを読む

未来の教育研究5 ナショナル・カリキュラム1

ドイツの教育標準 Bildungsstandards
 PISAショックが最も大きかったのが、ドイツである。2000年に行われた第一回PISAで、ドイツは31カ国中、読解力が21位、数学が、数学・科学がともに20位だった。(日本は8位、1位、2位)しかし、2015年の試験では、11位、16位、15位に上昇している。ヨーロッパでは、イギリス、フランス、デンマーク、スウェーデンよりは上位になっている。つまり、PISAショックからの立ち直りが顕著なのもドイツなのである。もちろん、PISAの成績が、その国の教育の水準を決めるわけではない。国際学力テストは他にもあるし、また、学力テストの成績が教育水準と完全に対応するわけでもない。しかし、テストができないよりはできたほうがよいということも、否定できないことだろう。フランスのように、PISAの成績が必ずしもよくないのに、国家的に気にしていないと感じる国もある。
 しかし、ドイツはちがった。大きなショックを受けたのである。 “未来の教育研究5 ナショナル・カリキュラム1” の続きを読む

未来の教育研究4 教養論・国民的教養・多文化・階級文化

 21世紀の教育で最もシビアに問われているのは、教育内容である。学校制度をめぐる論議は、20世紀で完全に済んだわけではないが、21世紀になると主要な争点ではなくなっている。制度的な争点は、むしろ学校制度の運用、管理の面で残っている。しかし、AI技術の実用化という状況、そして、多数の職業が消える可能性が指摘されているなかでは、何を教え、何を学んでいくのかが、より重要な論点となっている。
 19世紀から20世紀にかけて、教育内容は、その主体と内容に区分されて議論されてきた。歴史的に、身分、階級、階層的に、学ぶべき教養、内容が異なっていたからである。エリート層は古典文化(日本では漢学、ヨーロッパではギリシャ・ローマ文化)を学び、一般大衆は3Rであった。義務教育が成立すると、初等教育では、3R中心の教育内容が教えられ、中等教育では、古典文化や職業的な実科内容が、分岐した学校に割り振られる形になっていく。従って、中等教育の教育内容の分化は、20世紀前半は、統合されることはなかった。(1)

 教育内容を検討する際には、言葉の問題が重要である。 “未来の教育研究4 教養論・国民的教養・多文化・階級文化” の続きを読む