一年を振り返って 政治

 政治の世界は大きな変動のあった一年だった。国際的には、トランプが敗北した。トランプの盟友だった安倍首相も退陣した。そして、世界中がコロナ対策に明け暮れた年だった。
 日本の政治は、特に与党政治家の劣化が否定しようがないことが明らかになったといえる。コロナ対策は、仕方ない側面もあった。最初の対応が、外国籍のクルーズ船で、乗客に日本人が多かったためだろうが、入港を断れない状況になり、しかも、患者が船内で発生するという、大変難しい状況であったことは間違いない。しかし、日本政府の対応で目立ったことは、本当の感染症対策専門家が中心となるのではなく、専門家とはいえないひとたちが取り仕切ったことである。そのことが、岩田健太郎氏によって指摘されると、「頑張っているひとたちに何をいっているのか」という批判が、岩田氏に向けられるという、本末転倒なことが起きた。これは、日本の行政の象徴的な出来事だと感じるのである。
 それでも、政策担当者の愚作が目立った。アベノマスクは、権力の中枢にいるひとたちが、いかにリアルな感覚をもっていないかをしめした。

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一年を振り返って 教育

コロナによって、多くの領域で、大きな変化がもたらされたが、教育の分野でも同様だった。あるいは、突如強制的に全国の休校が強制されたという意味では、最大の激震に見舞われたといってもよい。幸か不幸か、私は3月に退職したので、その現場にいることはできなかったが、しかし、冷静に見ることはできた。卒業して教職についている、かつての学生たちからの情報は、貴重な判断材料となった。

 休校措置が出されたときに、なんと乱暴なことをするのだろうかという憤りを感じざるをえなかった。それは、多くの国民共通の思いだったのではないだろうか。そもそも総理大臣に、学校の休校を指示する権限など存在しない。文科省にもない。教育委員会には、感染症などが発生したとき、状況に応じて休校を命じる権限があるから、新型コロナウィルスの拡大で、休校という措置はありえたが、それは、自治体レベルでの話であった。しかも、それまで安倍内閣は、新型コロナウィルスに対する極めて消極的な姿勢に終始していた。それが突然の休校措置である。しかも、翌日文科相が首相発言を修正するという事態まで発生した。何故、突然の安倍首相の姿勢の変化が生じたのかはわからない。ただ、私自身は、オリンピックの開催に危険信号がともったからだと理解している。時系列で事実を追えば、それが最も合理的な納得のいく解釈である。休校措置は、国民にショックを与えて、新型コロナウィルスに対する姿勢を正したなどと肯定する見解があるが、国民にむしろ、消極姿勢を与えていたとすれば、それは安倍内閣であり、むしろ、国民の多くはきちんとマスクをしたり、手洗いを実行していたのである。休校措置は、とにかく、感染者がまったく出ていない県も巻き込むというような、ほんとうに乱暴なものだった。しかも、準備期間が2、3日しかないというのも、何を考えているのかと怒りを感じたものだ。 “一年を振り返って 教育” の続きを読む

一年を振り返る コロナに明け、コロナに暮れた年

 一年を振り返るとき、たいていは今年はああいういいことがあった、と思い出すものだが、今年日本にいいことがあったのだろうかと、懸命に考えてみたのだが、どうも日本全体に関わるおめでたいことが、何もなかったような気がする。昨日からずっと考えているのだが、思い出せない。今年はノーベル賞受賞者もでなかったし、スポーツの国際大会は軒並み中止だから、そうした話題もない。ただし、コロナの影響で、普段ならあまり進展しないことが、かなりの速度で進んだこともあった。最大のことはICTの活用で、オンライン授業やオンライン会議などが進んだ。オンライン授業は窮余の策だろうが、オンライン会議や在宅ワークは、生産性向上や、ライフ・アンド・バランスの改善に役にたつ。ただし、その裏の事実として、日本があまりにICT活用の点で遅れているかが、はっきりしてしまった。
 コロナ対策についても、いまだに議論が継続している。PCR検査を多数やるべきか、強制的な自粛措置をするべきか、違反者をどうするのか等々。
 今日の新聞に、三重大学がクラスターを発生させたことに対して、県からの問い合わせに、違反して感染した学生は処分するという方針を伝えたことが、話題になっていた。そして、ヤフーのコメントでも、様々な意見が書かれている。感染することについては、誰でも感染するのだから、感染したことを非難するのは間違いだと言われることが多いが、しかし、明らかに、感染リスクがあることを、注意もせずに行ってしまった結果、感染したとすれば、それは批判されても仕方ないと思う。大学でも、明らかにルール違反をした結果、感染クラスターを発生させ、しかも、そこからルールを守っている学生たちに感染させたときに、感染させたことではなく、ルール違反を、大学の処分規則に従って対応することは、必要ではないか。

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永山則夫の死刑を考える

 永山則夫は、私と同世代である。私が大学生だったときに、かれは次々と殺人事件をおこし、そして逮捕された。当時大学紛争が最も盛り上がっていたときで、しかも、それは永山にも大きな影響を与えた。街頭活動で逮捕された東大生の活動家が、永山と同房になり、永山に勉強することの大切さを教え、それがきっかけとなって、永山は猛然と読書をするようになり、自分の人生をふり返ることになる。そして、自分をモデルにした小説を次々と発表し、高い評価をえるようになった。哲学書なども読破していたようだ。印税は被害者への賠償や恵まれない人への基金として拠出されていった。
 永山の裁判は、大きな話題となり、しかも、判決が揺れたことで論争にもなった。現在でも「永山規準」なるものが語られる。そういう中、永山を担当していた刑務官木村元彦氏の「実弾50発を盗んで4人を射殺した『死刑囚』はなぜ世界から注目される作家になったのか」「『絶対に殺してはいけない』現場が声を上げた死刑囚・・・その最後の瞬間に待っていたもの」という文章が掲載された。
 永山が更生し、贖罪のために小説を書き続けたこと、死刑は執行されないという予想が、サカキバラ事件で急変したこと、死刑判決そのものに疑問があることなどが記されている。ぜひ多くの人に読んでほしい文章だ。

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経産省の未来の教育イメージ2

 昨日、経産省の提言を積極的に評価できるとしたが、しかし、日本の教育体系のなかに実現するためには、大きな困難があるとした。今日は、その点を中心に論じたい。
 第一に、この提言は、教育の多様化を主張している。多様化といっても、文部省が1960年代から押し進めようとした「多様化政策」は、普通高校ではなく、就職する高校生のための職業学校を増設するものだったが、経産省の多様化は、それとは異なっている。通常の学校が、様々な教育理念や実情をもつことになる。そうすると、当然子どもたちは、その異なる学校を選択できなければならない。義務教育の通学指定制度は、各学校の教育の質が一定で揃っているという「前提条件」があるから成立している制度である。教育の質が、明らかに異なって、まったく違う教育が行われているのに、通学する学校が指定されるというのは、理屈が成り立たない。オランダの学校制度は、学校の教育は多種多様で、子どもは選択の自由がある。
 アメリカのチャーター・スクールのような方式もありうる。チャーター・スクールは、公立学校ではあるが、特別の教育内容と方法を承認(5年ごとに再審査)された学校で、通学区指定がなく、誰でも入れる選択自由な学校である。ちなみに、日本の経済特区制度での特別な教育の学校承認は、チャーター・スクールを参考にしたものだが、チャーター・スクールが公費運営であるのに対して、公費は0である。チャーター・スクール方式であれば、文科省は学習指導要領を堅持したまま、自由な学校を外枠として認める形になり、文科省としても許容範囲かも知れない。しかし、チャーター・スクールを参考にした経済特区制度で、公費助成すら認めなかったということは、このようなスタイルの教育の自由と公費教育との結合形態を、文科省は認めたくないのだろう。
 第二は格差の問題だ。こうした改革は格差をひろげるという批判がつきものだ。

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経産省の未来の教育イメージ1

 コロナ禍においてICT活用への風向きが大きく変化し、オンライン教育もすべてではないが実施されるようになり、経産省の教育改革案や文科省のGIGAスクール構想などが、賛否両論の立場から見直されるようになってきた。私自身、以前から「未来の教育」を研究テーマのひとつにしてきたので、再度経産省の「未来の教室のEdTech研究会」の提言を読み直してみた。文科省のGIGAスクール構想よりは、ずっと大胆な発想を示しており、興味深い内容になっている。しかし、実際に学校の管轄は文科省だから、実現の可能性は、少なくとも近未来的には低いとも思われる。
 
 まず、日本の教育の間違いに関する提言の認識を確認しておこう。
 提言によれば、「まず勉強、問いそのものを疑わない」という姿勢、「秩序を創るのではなく、適合させる」態度、「浅く広くの基礎で応用ができる」という考え、「学びの生産性、目的と手段の一致という視点の弱さ」があるという。何故そのような事態が起きてしまったのかという原因を無視すれば、この指摘は間違っていないといえるだろう。しかし、そうなっているには、理由がある。それを無視しては、改革は不可能なはずだ。
 「まず勉強」といって、問われていることを疑わないのは、現在の教育が、受験によって支配され、「正解主義」にならざるをえないからだ。そういう入試が行われているから、問いと正解について疑いをもつような勉強をしない。もちろん、すべての子どもたちが、そうだと決め付けるのはまちがいだが、入試のあり方、あるいは入試そのものを変革することなしに、この勉強の姿勢を変えることはできない。最後のほうで、入試を改めると提言しているが、具体策はまったく触れていないのが残念だ。

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東京福祉大学の総長人事

 東京福祉大学の総長人事が話題になっている。10年前に、猥褻罪で有罪になった人物が、実刑を受け、10年経過したので、法的に復職可能ということで、総長に復帰したという人事だ。単なる猥褻罪ではなく、総長としての地位を利用している点が、更に問題となる。調べれば調べるほど、問題の大きな大学だ。
 この話題の人物、中島恒雄という人は、江戸時代の商人として有名な茶屋家の子孫で、いろいろな学園を創設し、東京福祉大学の創設者でもある。学習院大学を卒業し、小室圭で日本でも話題となっているフォーダム大学の大学院で教育学博士を取得したとウィキペディアに書かれている。この経歴をみると、今回の復職の理由がなんとなく感じられる。つまり、東京福祉大学は、この中島氏が創った大学であり、そういう意味で絶大な権力をもっているということだろう。人物識見が優れていて、他に代わる者がいない、などという説明がなされているようだが、創立者であること以外の理由は、眉唾だといえるだろう。
 総長の地位を利用して猥褻をする人間のどこが、人物識見が優れているといえるのか。
 この大学の問題は多岐にわたる。

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安倍前首相の証人喚問を

 安倍前首相の桜問題の説明が、いよいよ焦点になってきた。民主主義が徹底している国であれば、あのような嘘をつき続けること自体が無理だったろうが、一年間も嘘を通してしまう、そしてそれを許してしまう状況がまず問題だと思うが、それでも、嘘をついていたことは既に明確になったわけだから、説明が必要であることは、どんなに安倍氏に近い人でも認めざるをえなくなっている。
 しかし、これは多くの人が述べているように、安倍ラインと菅・二階ラインの権力闘争であり、その結果は、どちらが勝利したことを意味する。
 最初の権力闘争は、安倍氏が元気であることをアピールしたことだと、私は理解している。安倍氏が首相をやめたのは、一部メディアなどは病気の悪化のためだとしているのが、どう考えても、政治がうまくいかないことにやる気をなくした安倍氏が、政権を放り出したわけだ。第一次内閣のときも、本当の理由はそうだった。病気は後付けのように言われただけだ。今回は、安倍内閣のコロナ対策は、ほんとうに酷かった。そして、大きな非難に晒された。こういうときに、あくまで頑張るという良識と能力がない人物だから、案の定政権を放り出して、菅氏に後始末を押しつけた。もちろん、権力奪取に意欲的だった菅氏は、幸いとばかり権力を手にしたが、その後、安倍氏が元気になり、3選もありだ、などというアピールをしたのが、菅氏には受けいれらないものだったに違いない。それで、反撃に出たのが、桜問題の暴露だろう。そこで、安倍およびその側近たちが、3選を完全に諦めれば、進展は違ったのだろうが、むしろ、菅氏の支持率低下傾向か出て、反撃に出ているのが現状だと理解する。不起訴決定や非公開での説明などという路線でいけば、安倍氏の勝利であり、菅氏の痛手となるだろう。菅内閣にも安倍派はおり、上川法相と不起訴の関係はどうなのだろうなどと考えてしまう。

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CMの効果 どのようにして購入に至るか

 東洋経済「投資対効果を測れるテレビCM新時代の幕開け」によると、インターネット広告がテレビCMを超えた。それは、インターネットでの広告は、効果測定が詳細に可能であるのに対して、テレビのほうは無理だったからだが、現在では、テレビでもCM効果が測れる手法が開発され、それによると、動画で比較すると、テレビのほうがインターネットよりも5倍も効率的だということがわかってきたのだそうだ。それで、広告を送る側ではなく、受ける側として、CMについて、考えてみたいと思った。あまり物を買わなくなった世代としての話になってしまうが。
 
 もちろん人によって異なるだろうが、ある商品を買うときには、どういう経過で選択をするのだろうか。ほしいものが先にある場合と、別にそうではなく、何かをみて、これが欲しいと思いつくこともあるだろう。それがCMの場合もありうる。私の場合には、ほとんどが、まずこういうものが欲しいという必要性を感じる。だから、ネットでどのような製品があるのかを調べ、そして、アマゾンなどを見ることが多い。

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日本滞在のベトナム人の苦境

 アルバイト募集やアパートを借りるなどで、ベトナム人お断りが増えているそうだ。特に、豚の大量窃盗のあと、ベトナム人が豚を解体していて逮捕されたという報道によって、増幅したらしい。私自身、数年前から、日本に滞在するベトナム人による犯罪が目立つことが気になっていた。私のイメージでは、ベトナム人は概してまじめな人たちが多いというものだったからだ。なんといっても、私たちの世代は、青年期にベトナム戦争が進行しており、あのアメリカの不当な侵略戦争に屈せず、断固として闘い抜いたベトナム人の印象がある。アメリカがベトナム戦争に敗北し、撤退したあと、南ベトナムの住民が大量に、ボートピープルと化し、各地に亡命していった。そして、日本も大量のベトナム難民を受け入れたわけだ。日本がこうした大量の外国人の難民を受け入れたのは、初めてのことだった。ベトナム人は日本社会に溶けこんでいったと思っている。
 そして、ベトナム人による犯罪の増加だ。何故だろうと、ずっと疑問に思っていた。豚の窃盗事件があったとき、ベトナム人かも知れないと思ったのは、私だけではないだろう。そして、解体して食べたというベトナム人の逮捕だ。実際に盗んだ犯人ではなかったようだが、ベトナム人コミュニティのなかで、盗品が売られていたと報道されている。(産経新聞2020.12.20)

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