アシュケナージのこと

 今年はこれまでまったくCDを購入しなかったのだが、アシュケナージの室内楽総集編がでることを知って、今年最初のCDの買い物として、アシュケナージのボックスを注文した。ソロと室内楽だ。以前協奏曲がでていて、これは購入していて、けっこう聴いていたのだが、まだ注文の品がこないので、いくつか協奏曲を聴いてみた。ラフマニノフの4曲とパガニーニ狂詩曲がはいっている2枚を聴いた。バックはハイティンクとコンセルト・ヘボーだが、これまで聴いていた他の演奏とはちょっと違う感じがした。ゆったりと穏やかで、余裕がある感じというところか。
 アシュケナージとハイティンクは、他にも共演していて、ベートーヴェンの協奏曲の全曲映像版もはいっている。アシュケナージがかなり若いころのものだが、すでに大家の風格がある。

“アシュケナージのこと” の続きを読む

クライバーとカラヤンのドキュメント

 4人の指揮者のドキュメント・ボックスが届いたので、早速ふたり分を見た。カルロス・クライバーとカラヤンだ。クライバーは、I am lost to the world. カラヤンは、Maestro for the screen. だ。クライバーのTraces to Nowhere は何度もみたが、こちらは初めてだった。例のテレーゼ事件の録音が含まれているというので、ぜひ見たかったので、念願がかなった。
 両方とも、極めて興味深い映像で、見応えがあった。クライバーのは、なんといっても、何度もでてくるバイロイトでの「トリスタンとイゾルデ」の舞台下で指揮するクライバーが、かなり視聴できること。これを全曲DVD化したら、かなり大きな話題になるに違いない。そんな映像はこれまでなかったし、かといって、この名演奏の発売は現時点でも熱望されている。CDで発売される可能性は将来はあるだろうが、指揮姿だけの映像などは、他のひとでは絶対に発売の可能性がないだろう。それにしても、ここに出てくる場面だけでも、本当に聴き応えのある「トリスタンとイゾルデ」だ。

“クライバーとカラヤンのドキュメント” の続きを読む

珍妙なベートーヴェン交響曲全集 クルト・ザンデルリンク盤

 大分前に買って、ほとんど聴いていなかったベートーヴェンの交響曲全集がある。クルト・ザンデルリンク指揮、フィルハーモニア管弦楽団の演奏だ。5枚組で交響曲だけが入っている。たいていは余白に序曲が入っているものだが、この演奏はどれも非常にテンポが遅いので、時間的に無理だったのだろう。
 何故聴かないまま放置してしまったのかというと、最初に田園交響曲を聴いて、あまりにゆったりとして、最初は、田舎にやってきた浮き浮きした気持ちを描いたものなのに、何となく、さびれた田舎にきてしまったなあ、という感じなので、聴く気持ちにならなかったのだ。

“珍妙なベートーヴェン交響曲全集 クルト・ザンデルリンク盤” の続きを読む

ジョージ・セル 二度と現れない指揮者・おっかないオーケストラ・ビルダー

 以前は躊躇していたが、ジョージ・セルのコンプリートが再入荷したというので、またまた無くなると入手できなくなる恐れがあると思い、購入した。セルのCDはあまりもっておらず、ベートーヴェンの交響曲全集、フライシャーとのコンチェルト集くらいだった。LPでは、フルニエとの共演のドボルザークのチェロ協奏曲とスラブ舞曲集があった。もちろん、セルは優れた指揮者であることはわかっていたが、ワルターやカラヤンを優先していた。残念ながら、コンプリートのなかにオペラはまったく入っていない。EMI系でもいれてないから、オペラの全曲録音はしていないのだろう。戦前ヨーロッパで育った指揮者だから、オペラをやらないはずはない。オペラの録音があれば、もっと買い集めていたかも知れない。
 
 さて、セルは20世紀後半を代表する指揮者のひとりだと思うが、極めて個性的な指揮者だったと思う。それは、音楽が独特という意味ではない。セルの指揮は、これまで接してきた限りでは、いわゆるオーソドックスな解釈で、後任のマゼールのような突飛な解釈をすることは、ほとんどなかったと思う。あるべき形で演奏され、それが最高の効果を発揮していたといっていいだろう。だから、どんな曲でも、安心して聴ける。だから、指揮者セルの特徴というと、音楽よりは、まず付随的なことが語られてきた。

“ジョージ・セル 二度と現れない指揮者・おっかないオーケストラ・ビルダー” の続きを読む

CD個人全集・ボックスのジャケット問題

 たまたまHMVのサイトで、ウィルヘルム・ケンプ・エディションのレビューを読んでいたら、ある人は、「オリジナルジャケットではないことの利点を活かして」と書いており、別の人が、「いまどきオリジナルジャケットでなければ売れないことがわからないのか」と、ドイツ・グラモフォンを非難している、まったく逆の意見が掲載されていた。最近は、CDでは個人の全集のボックスが多く発売されており、とくに著作権が切れた大演奏家が多くなっており、ケンプの場合には、数点まだ著作権が切れていない録音があるが、80枚の大部分は著作権料が発生しないから、営業的には有利なのだろう。フルトヴェングラーやトスカニーニ、ワルターなどの過去の大指揮者は、放送録音の発掘がいまだにさんかに行われて、新譜が出てくるが、クレメンス・クラウス、アンドレ・クリュイタンス、バックハウス等々、全集がでている人たちは、1972年前に亡くなったから、あるいは、以後録音をしていないひとが多い。もちろん、カラヤンやベーム、アバドなどの偉大な指揮者の場合には、著作権と関係なく全集が出ているが、そういう人は、やはり、わずかであり、ショルティやパバロッティのように、第一集がでたが、続きがでないという場合もある。

“CD個人全集・ボックスのジャケット問題” の続きを読む

クライバーのカルメン

 久しぶりにクライバーのカルメンを聴いた。この間、ミシェル・プラッソンのカルメンを聴いて、けっこう不満なところがあったので、耳直しという感じでもあった。やはり、クライバーのカルメンは圧倒的に素晴らしい。HMVのレビューをみると、もう古いなどという批判もあるが、クラシック音楽に「古い」という言葉が批判的意味をもつとは思えない。そもそも、クラシック音楽のほとんどは、古い音楽なのだから、演奏だって古いことが欠点になることはない。それに、クライバーのカルメンの演奏が、最近ではあまりやられないような演奏様式をとっているならば、単なる客観的認識として、古い形での演奏という評価は成り立つかも知れないが、クライバーのカルメンは、現役指揮者によって、現在でも大いに参考にされている演奏だと思うのである。そして、明らかにクライバーの演奏を参考にしているな、と思われる場合でも、当然のことだろうが、クライバーにはまったく及ばないのである。
 では、クライバーのカルメンが、他を寄せつけない点はどういうところか。

“クライバーのカルメン” の続きを読む

フルトヴェングラーのドンジョバンニ

 きちんとは見ていなかったフルトヴェングラーのオペラ映画『ドンジョバンニ』を視聴した。言う必要もないほどの有名な演奏だし、フルトヴェングラーのオペラがカラー映像で残っているというのは、貴重なものだ。1954年、フルトヴェングラーが亡くなる少し前に制作されたものだ。しかし、どのような経過で、どのようにして撮影されたのかは、かなり不明な点があるようだ。カラヤンの『バラの騎士』は、実際の公演をライブ録音し、その録音を元に、あとで映像のみを撮影したとされている。ライブ演奏でミスなどなかったのかどうかわからないが、あったとしても、訂正することは可能だったろう。シュワルツコップが出演したのは、映画用の一回だけだが、他のメンバーがほとんどおなじで、数回の公演が行われたし、その録音もとってあったから、必要ならそれを使えばよかった。

“フルトヴェングラーのドンジョバンニ” の続きを読む

日本で評論家に無視された指揮者1 ラインスドルフ

 評論家がどの程度、一般の人たちに影響を与えるのかはわからないが、評論家がこぞって、同じような見解を述べていれば、それなりの影響を与えるに違いない。音楽、レコード業界でもそうした現象がいくつかあった。カラヤンですら、若いころは、(後々まで影響を受けた人もいるようだが)評論家たちの多くにけなされ、低くみられていた。日本のクラシックの音楽評論家たちは、フルトヴェングラー信者が多かったので、カラヤンは「精神性がない」といって、邪道扱いされていたのである。
 それでも、カラヤンはヨーロッパにおける楽団の帝王だから、日本でもファンは多かったし、そうした評論家に影響されない人たちもたくさんいた。しかし、なかには、評論家たちにほとんど無視、ないし低評価を継続的に受けていたおかげで、実力が極めて高いのに、日本では人気があまりでなかった人たちがいる。そういう何人かを、時々とりあげていきたい。
 最初に取り上げたいのがエーリッヒ・ラインスドルフである。

“日本で評論家に無視された指揮者1 ラインスドルフ” の続きを読む

アバドのカルメン

 アバドが最初にオーケストラの常任指揮者になったロンドン交響楽団の録音を集めたボックスを購入して、最初にカルメンを聴いた。実はアバドのオペラボックスにも入っているので、それを聴いているのだが、よかった印象なので再度聴きなおしてみたのだ。
 私がはじめてレコードで聴いたオペラが、カラヤン指揮のカルメンだった。今の人たちには想像もつかないだろうが、そのレコードにはボーカルスコアがついていた。そのころは、楽譜がついたレコードはけっこうあったものだ。そのボーカルスコアを懸命にみながら、何度も聴いたものだ。いまでも、カルメンの代表的録音だと思う。しかし、その後はCD時代になっても、カラヤンのウィーン・フィルのカルメンはなかなかCD化されず、SACDで出たが非常に高かったので敬遠。数年前にやって、レオタイン・プライスのオペラボックスに入っていたので、本当に久しぶりに聴いた。今はこういうどっしりしたカルメンはやらないだろうが、やはり、このオペラの情熱の放出ぶりはすごい。

“アバドのカルメン” の続きを読む

バーンスタインの『トリスタンとイゾルデ』

 バーンスタインの『トリスタンとイゾルデ』のブルーレイ・ディスクをやっと聴き終えた。前に書いたブルゴスのベートーヴェン交響曲全集と一緒に購入し、ブルゴスはすぐに聴いたのだが、こちらは、かなり間をおいて、一幕ずつ聴いてきた。なにしろワーグナーものは、時間がないと聴くのが難しいし、やはり決意がいる。ヴェルディなら気軽に聴けるが。
 もうひとつ躊躇の理由として、かなり以前になるが、最初にCDが発売されたときに、トリスタンのペーター・ホフマンが、この録音に対して、かなり悪口を述べているインタビュー記事があったのだ。この録音は、ほんとうに嫌だった、しかし、カラヤンとの『パルジファル』は、とても楽しかったし、充実していたというような内容だった。そのために、CDを買う意欲は起きなかったのだが、BLが発売され、しかも在庫整理ということで、かなり安かったので購入したわけだ。

“バーンスタインの『トリスタンとイゾルデ』” の続きを読む