ワルターのワルキューレ

 本当に久しぶりに、ワルターの『ワルキューレ』を聴いてみた。このレコードは、(聴いているのはCDだが)いろいろな意味で、特別なものだ。1935年の録音だから、まだSPの時代で、片面5分のレコードに、ワーグナーの全曲など録音できるとは、とうても思えなかった時代に、EMIが指輪全曲に挑戦する企画として、録音が始まったと言われている。つまり、世界最初の「ニーベルンクの指輪」の全曲録音の試みだったという点。しかし、残念ながら、当時の情勢、おそらく、ワルターがユダヤ人であることの、様々な制約があったのだろう、ワルキューレ2幕の途中で中断した。そして、この不吉な徴候は、その後も続いたことでも有名だ。戦後、改めてフルトヴェングラーで指輪全曲を録音しようと、EMIは意欲的なプロジェクトを組んだわけだが、これも、フルトヴェングラーの死によって、やはりワルキューレだけで頓挫してしまう。そして、クレンペラー。これも基本的には、1幕だけが完成で、指輪全曲の予定だったのかはわからないが、とにかく、ワルキューレで1幕で頓挫。EMIが指輪全曲録音を完成するのは、80年代も末のハイティンク盤だった。EMIにとって、ワルキューレは呪われた音楽という風に言われたこともあった。巡り合わせとは、本当に不思議なものだ。しかし、これらはいずれも、非常な名盤と評価されている。ハイティンクは、例によって強烈な個性を発揮しているわけではないが、じっくりと聴けるし、安心感を与える。指輪にとって、安心感はいいことか、という疑問もあるが。 “ワルターのワルキューレ” の続きを読む

カラヤンの「春の祭典」

 私が属している市民オーケストラが、今年の5月の演奏会で、ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲を演奏するはずだった。しかし、コロナ禍で演奏会自体が中止になり、練習もその後できない状態が続いている。最悪の場合、今年は、演奏会なしだ。本当に困ったことだが、政府も自治体も適切な対応をしないので、このまま長引くだろう。それはさておき、「火の鳥」はアマチュアオケにとって、非常な難曲だ。しかし、「春の祭典」はその何倍も難しい。だいたい、「春の祭典」を正確に演奏できるようになれば、オーケストラとして一人前だということになっている。よくもまあ、こんなに複雑で入り組んだ曲を作曲したものだ、とは指揮者で作曲家の徳岡氏が述べていた。実は、私のオケも「春の祭典」をやろうという雰囲気に一時なったらしいが、やはり無理だということで自重したようだ。プログラムは各セクションの責任者と選曲委員が決めるので、技術的検討が行われたのだろう。
 徳岡氏のyoutubeの番組を、私は登録して見ているのだが、「春の祭典」を取り上げていたので、注意してみた。モントウ、ブーレーズとかメータとか、その他名前を忘れてしまったが、何人かの演奏の特徴を解説したあと、徳岡氏が最も気にいっている演奏は、1960年代のカラヤンの演奏だというのだ。そこで私はびっくりしてしまった。 “カラヤンの「春の祭典」” の続きを読む

オペラ「ボリスゴドノフ」リムスキーコルサコフ改訂版も悪くない

 普段は、かなり部分的にしか見ないDVDを久しぶりに全曲視聴してみた。「ボリスゴドノフ」は、ユニークなオペラだ。また、私にとっても、思い出深いものでもある。
 何がユニークかというと、オペラの題材として、その国のトップの人物が主人公になっているものは、他には思いつかない。伯爵などのような貴族が主人公というのは、いくつかある。「セビリアの理髪師」「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」等。しかも、ボリスゴドノフは歴史上の実在の人物であり、悲劇的な死をとげる。だからオペラも、とにかく、全編暗い、陰謀だらけの話である。しかも、唯一美しい音楽が流れるポーランド貴族の娘であるマリーナの部屋以外は、音楽もほとんどが重苦しい。作曲したムソルグスキーが、最初の草稿を、劇場当局に見せたところ、あまりにも暗い話、暗い音楽なので、もっと女性を登場させなさいというアドバイスがあって、マリーナの場面が付け加えられたと言われている。劇場が不当な要求を、ムソルグステーに押しつけたという批判があるらしいが、実際のところは、ムソルグスキー自身がその批判をもっともだと思い、改作をしたものが、通常上演されている。ごく稀に第一稿の演奏やCDもあるが、私はマリーナの場面が一番好きなので、第一稿は視聴する気がおきない。 “オペラ「ボリスゴドノフ」リムスキーコルサコフ改訂版も悪くない” の続きを読む

カルロス・クライバー雑感

 本日はちょっと気楽に、カルロス・クライバーに関することを。
 これまでオーケストラ演奏の映像でもっていないものがけっこうあって、アメリカ発売で安いものがあったので購入した。これで、CDとDVDで、正規に録音・録画されたものは全部そろった。海賊版を購入する趣味はないので、そもそも海賊版をほとんどもっていないが、クライバーでは、シカゴを振ったベートーヴェンの5番がある。しかし、これはとてつもなく音が悪く、明らかに聴衆が密かに座席で録音したものだろう。これに懲りて、いくらクライバーでも、他に正規以外の録音を購入することはなかった。
 クライバーという指揮者は、ほんとうにいろいろなことを論じたい要素に満ちた存在だ。彼に関して、不思議な現象は、枚挙に暇がない。ファンなら常識になっていることだが。
 何故、自ら父親の反対を押し切って指揮者になったにもかかわらず、指揮をしたがらなくなったのか。父親よりも、誰もが高い才能を認め、父の演奏よりも優れていると、両方聴いたことがある人が述べているのに、父親には遠く及ばないと言い続けたのか。 “カルロス・クライバー雑感” の続きを読む

ジプシー男爵序曲の聴き比べ カラヤンとクライバー

 ヨハン・シュトラウスの「ジプシー男爵序曲」の聴き比べをしてみた。カラヤン2種とクライバー。いずれも、ライブの録画で、しかも、カラヤンの映像ソフトとしてめずらしい部類だが、ライブそのものなので、ヘンテコリンな楽器群の映像が一切ない。実際に、ライブ会場でカメラが撮ったものだ。今のライブ映像としては当たり前だが、カラヤンの映像のほとんどは、演奏はすべて後撮りか、ライブ映像でも部分を使用し、後で、指揮姿とか楽器群毎に撮ったりする。特定の日時のコンサートライブの映像は、カラヤンに関しては、今回紹介する以外では、ベルリンフィル100年記念演奏会の「英雄」、何度かのジルベスターコンサートくらいしかない。そして、共通することは、いずれのライブも非常に評価が高いという点である。生前の評価とは全く違って、カラヤンは録音よりもライブを重視する指揮者だったことがわかる。
 視聴したのは、
1983年、ベルリンフィル・ジルベスターコンサートのカラヤン指揮
1987年、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートのカラヤン指揮
1992年、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートのクライバー指揮
である。いずれも文句のつけようのない名演奏であって、比較するのも変な話だ。好き嫌いで選ぶものだろう。 “ジプシー男爵序曲の聴き比べ カラヤンとクライバー” の続きを読む

シューマンのマンフレッド序曲 フルトヴェングラーの名演

 チェリビダッケから始まって、いろいろと昔の指揮者について書いたが、再度フルトヴェングラーについて書きたい。あまりフルトヴェングラーが好きではないのだが、フルトヴェングラー以外の演奏は聴けない、というほど気にいっている曲がひとつだけある。脇圭平・芦津丈夫『フルトヴェングラー』(岩波新書)で、丸山真男が、フルトヴェングラーの演奏には、フルトヴェングラーもいいが、他の演奏もいい、というのと、フルトヴェングラーじゃなきゃだめだという二種類があると語っている。単純に、フルトヴェングラーのはよくないというのもあると思うが、そういうものは、ここに集まった3人にはないようだ。ただ、私にも、フルトヴェングラーじゃなきゃだめだというのが、彼らとは違うが、ひとつだけあるので、それを書きたい。
 そもそも、この曲は、**の演奏でないとだめで、他の演奏を聴くとみんながっかりする、というほどの名演奏というのは、それほどあるものではない。この曲は、**の演奏がベストだというのは、いくらでもあるだろう。しかし、セカンドでもけっこういいのがあるというのが普通だ。もちろん、そこまで気に入るのは、その人の趣味も反映していると思う。私にもいくつかそういうきがある。ホロヴィッツの「クライスレリアーナ」(シューマン)、ハイフェッツの「ツィゴイネルワイゼン」(サラサーテ)、ポリーニの「練習曲集」(ショパン)、ワルター「大地の歌」(マーラー フェリア盤)、アバド「シモン・ボッカクグラ」(ヴェルディ)、カラヤン「蝶々夫人」(プッチーニ フレーニ盤)などである。 “シューマンのマンフレッド序曲 フルトヴェングラーの名演” の続きを読む

フルトヴェングラー、バイロイトの第九 徳岡直樹氏の見解は?

 最近、作曲家で指揮者の徳岡直樹氏が、youtubeで連続的に行っているヒストリカルレコードの分析に少々はまっている。そのCD収集と詳細な分析には、まったく恐れ入るという感じで、とにかく面白い。ただ、CDを紹介するだけではなく、触りでもかけてもらえるといいのだが、著作権の問題があるのだろうか。
 そのひとつとして、フルトヴェングラーがバイロイト音楽祭の戦後復活の前夜祭として行った第九(ベートーヴェンの第九交響曲)の分析を行っている。こうしたことに興味のある人には、有名なことだが、バイロイトの第九は、人類の至宝と評価され、クラシック音楽の録音の最高峰と位置づけられている。はじめてこの録音を聴いた人は、まず例外なくショックを受けるだろう。私も高校生のときに聴いて、同様な思いをした。ただし、今では、滅多に聴かないし、第九のベスト録音とも思っていない。ショルティなどは、かなり辛辣に評価しているそうだ。
 この実演が行われたのが、1951年。フルトヴェングラーが亡くなったのが、1954年。最初のレコードが死後発売され、以後第九の王者として君臨した。しかし、2007年に、ORFE D’ORから、バイエルン放送協会に保存されていた別テイクの第九が発売され、以後大論争になった。そして、いまだに結論が出ていないのだが、それに対して、徳岡氏が自身の見解を述べたのが、上記のyoutubeである。 “フルトヴェングラー、バイロイトの第九 徳岡直樹氏の見解は?” の続きを読む

チェリビダッケのリハーサル3

 チェリビダッケは、映像などを見れば見るほど不思議な人物に思えてくる。そういう意味では、カルロス・クライバーと双璧だろう。クライバーは、父親の反対を押し切ってまで、指揮者になったのに、指揮することを拒むような指揮者になっていった。小沢征爾は、クライバーのことを、「彼は、いつも、予定された演奏会を、どうやったらキャンセルできるか、その理由を探していた」と述べている。本当にささいなことで、キャンセルしている。ベルリンフィルを初めて指揮することになっていたときに、「新世界交響曲」の楽譜を、新しく買ってほしいと事務局に注文を出し、新しい楽譜に、自分の注意書きを転記してほしいのだと言い添えた。ところが、事務局では、その要求に応えるには時間がかかりそうだということで、いつも使っている楽譜(パート譜のこと)にある書き込みをきれいに消し去って、とりあえずきれいな状態にしていた。ところが、早めにやってきたクライバーは、そのパート譜を見たとたんに、新しくないではないかと憤って、そのまま帰ってしまったというのである。予定通り、演奏旅行から帰って、練習会場にやってきたメンバーを待っていたのは、指揮者がいない状況だった。そうした事態を引き起こした事務員は、カラヤンに、このような対応で間違っていたかと質問したところ、カラヤンは、まったく問題なかったはずだ、パート譜はきれいになっているし、と答えたそうだ。次にクライバーが指揮することになったときには、この事務員を、クライバーから目につかないところに退避させたという。 “チェリビダッケのリハーサル3” の続きを読む

チェリビダッケのリハーサル2

 「チェリビダッケのリハーサル1」を書いてから、いくつかチェリビダッケの演奏を聴いてみた。
 チェリビダッケはレコーディングをまったく許さなかったという点で、他に存在しない指揮者だった。レコーディングが嫌いな指揮者は、カルロス・クライバーなど他にもいる。しかし、クライバーは、CDでは12枚分の正規録音を残しているし、映像は、正規に許可したものもいくつかある。ただし、死後、自分のライブ録音を市販することを、厳格に禁じる遺言を残していたらしい。だから、私の知るかぎり、死後表れたライブ録音の製品化は、皆無ではないが、極めてわずかだ。「ばらの騎士」「椿姫」「ボツェック」などだろう。しかし、これらは、ファンから真っ先に望まれている音源とはいえないところが、不思議だ。クライバーファンが望んでいるのは、おそらく、バイロイトでの「トリスタンとイゾルデ」、ミラノでの「オテロ」と「ボエーム」などだろう。もちろん、いずれも鮮明な録音で残れされているはずである。とにかく、クライバーは生前は僅かだが、正規のレコーディングを残した。(しかし、晩年は演奏そのものをしなくなったし、セッション録音は、かなり早い時期からしないようになって、発売されるものはほとんどがライブ録音になった。)しかし、死後、録音されているライブを絶対に発売しないように禁止した。 “チェリビダッケのリハーサル2” の続きを読む

チェリビダッケのリハーサル1

 チェリビダッケのDVDボックスが格安で売られていたので、入手して、リハーサルを見た。ミュンヘン・フィルとのブックナーの交響曲9番である。また、クラシカジャパンで放映されたベルリンフィル復帰コンサートの7番を再度見直した。
 率直にいって、私はチェリビダッケは好きではない。どちらかというと嫌いな指揮者だ。よくあるパターンで、あのテンポの遅さに耐えられない。また、指揮者としては理論派で、とにかく哲学的な内容をオーケストラ団員にも長々と語る。オーケストラの楽団員にとっては、そういうお話は、有り難くない。むしろ、うんざりするのが本心だろう。ベルリンフィルとのビデオでは、現在は引退した古い団員のチェリビダッケに関する思い出話がかなり出てくる。チェリビダッケがベルリンフィルを指揮していたころは、当然20歳前後の若手だった。チェリビダッケが団員と軋轢が生じたのは、主に古参団員との間だったようで、若手には人気があったそうだ。フルトヴェングラーがナチ協力の疑いで、演奏禁止されていた時期、ほとんどの演奏会をチェリビダッケが指揮していた時期もあったようだし、結局、フルトヴェングラーの死の直前に、最終的な決裂をして、ベルリンを去るまで、絶対的な指揮者であったフルトヴェングラーよりずっと多くの演奏会を指揮していたはずである。しかも、最初にベルリンフィルを指揮したときには、まだ音大を卒業したばかりで、実際のオーケストラを指揮した経験がほとんどなかったというのだから驚きだ。あの時代でなければ、絶対になかったチャンスだった。しかし、ものすごい勉強で、ほとんどの曲を暗譜で指揮したという。しかも、かなりベルリンフィルとしても新しいレパートリーも含まれていた。 “チェリビダッケのリハーサル1” の続きを読む