一太郎の音声入力を試してみた

 私はこれまで、一太郎は2018年版を使っていたが、今回、バージョンアップした。それはけ音声入力を可能にしていることがわかったからだ。もちろんGoogleの音声入力も大変優れているけれども、ネットを介さないと使えない。ところが一太郎は、オフラインのままで使えるというので、試す価値があると思ったわけだ。この文章も、今一太郎の音声入力を使って書いている。たまに誤変換もあるが、非常に変換精度が高い。(ただし、一度音声入力したあと、キーボードで訂正をしているので、音声入力したままではない。)
 今後は一太郎の音声入力を使って、様々な文章を書くと思われる。使い方を研究する必要はあるだろうが、便利な使い方がいろいろあるに違いない。

 ずいぶん前から、私は音声認識ソフトが発売されるたびに、それを購入してどの程度使えるかを試していた。しかし、市販されている音声認識ソフトで、本当に実用的に使えるものはなかった。その実用的というのは、私が大学で行っている講義を録音して、テキスト変換するか、あるいは、講義中にそのままスクリーンに変換したテキストを表示できるというレベルである。私の講義に聴覚障害でまったく聴力のない学生が何人か聴講したことがある。一度には一人だったが、その度に、講義を録音して、それをパソコンでおこして、ホームページに掲載するという作業をしていた。1時間めに講義をして、そのあと、空き時間を利用して研究室で懸命におこすのである。だから、使える音声認識ソフトを強く求めていたわけだ。このように講義録を学生たちに示すと、講義の理解が格段に高まることがわかっていた。私は毎時間簡単なレポートを課していたのだが、けっこう講義の内容を誤解している学生がいることがわかっていた。しかし、この講義録を掲載する年度に関しては、そうした誤解が目に見えて減少するのである。だから、もし、使える音声認識ソフトがあれば、毎年、すべての講義で実施してもよかった。ただ、あまりに労力が大変なので、やはり、聴覚障害の学生が聴講しているときだけ実施していたのである。
 音声認識の技術が向上したのは、スマホの普及が影響したと思われる。スマホでは、音声で用件を伝えることは、普通にできている。音声認識は単文では、かなり早い時期に、精度が向上していたが、1時間の話を継続的にただしく変換することは、至難のことだったのだが、それも現在ではかなり精度があがり、Googleなどは、だれでも使えるようになっている。
 
 さて、こうした音声認識は、小学校から行われているパソコン授業で、どのように活用されているのか、私にはわからないのであるが、適切な活用が求められるだろう。そして、キーボード入力の向上と、音声入力との使い分けなどが、個人差はあってよいと思うが、両方がめざされるべきだと思う。ただ、キーボードの問題については、普段から思うことがある。以前にも書いたことがあるが、再度書いておく。
 私は普段、キーボードとして、富士通の親指シフトを使っているので、入力は非常に早いのであるが、内容が既に頭でできているときには、やはり音声入力の方が早いだろう。また、他の作業をやりながら、入力もしたいというようなこともある。例えば、本を読みながら、その本の要約をコンピュータで書くような場合には、キーボードを使うよりも、音声入力の方が効率的ではないかと思っている。ここ数年間は、五十嵐顕全集の編集作業をやっていたので、あまり他の人の本を読むことがなかったのだが、いよいよその作業も終わりに近づいてきたので、これからは読書を大いにやろうと思っている。本を読むだけでは、十分ではないので、当然要約することが大事だ。本を読みながら要約作業をするのは、キーボードを打ち込むよりは、読み上げながら、入力できるので、当然音声入力は有利なわけだ。これに非常に便利に使えるのではないかと思っている。
 しかし、やはりキーボードの役割がなくなるとは思えない。では、学校でパソコンの技術を修得させるとき、キーボードでどのような日本語入力方式を使うのだろうか、という問題だ。私の知る限り、真剣に検討されているようにも思えないのである。というのは、ごく当たり前のこととして、ローマ字入力を使っているからである。しかし、ローマ字というのは、日本語ではなく、日本語のリズムとは違っている。日本語として頭に浮かんだ言葉を、いったんアルファベットに変換して入力する。そのように、自国語の入力に、外国語の文字を使って入力するというのは、いかにもおかしなことなのである。それがスムーズにできるのであれば、おかしくないだろうが、それをほぼ唯一として強制することはおかしいのである。なぜ、非常にスムーズに、外国文字を媒介とせずに入力できる親指シフトという優れた方式があるのに、それをまったく無視しているのか。もちろん、使っている人には、誤解の余地はないが、親指シフトキーボードでも、ローマ字入力はできる。かな入力に設定すると、親指シフトになるだけである。選択できるのだ。
 私は、なんども声を大にして、学校における日本語入力の方式として、親指シフトを選択できるようにすべきだといいたいのである。

 しかし、残念ながら、現在親指シフトキーボードはほとんど売られなくなってしまった。ノートパソコンも、これまで特別に買った高価な親指シフトのノートパソコンを使っていたのだが、十数年間使っていたのでついに壊れてしまった。現在は発売されていない。なんとかならないのだろうか。
 さてもうひとつ。このブログを書くために、一太郎の音声入力を使ったときには、当然、ATOKを使った。私は富士通の日本語入力を使ってきたので、これまで、一太郎のATOKは全く使っていなかったのだが、使ってみて、一太郎の音声入力の変換の誤りは何ヶ所かあったが、それはむしろ私の発音の曖昧さによるもので、正確に発音した場合にはほとんど間違いなく変換されていた。ATOKの優れた変換能力にもよるのだろう。本当に日本語の音声入力のレベルも上がってきたと実感している。
 ただし、ある程度の長さの文章を書くときには、さすがに、音声入力だけで済ますことは難しい。やはり、かなりの訂正が必要となる。訂正作業では、当然キーボードを使うことになり、親指シフトキーボードを使っているので、富士通の日本語入力ソフトを使うことになる。富士通のものは、親指シフトのためにつくられているので、やはり使いやすいのだ。
 キーボードや日本語入力ソフトなども関連することであり、今後もいろいろと試してみたい。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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