天皇制というシステムの継承を考える

 昨年くらいから、特に今年になって、天皇制というシステムの運用に関して、大きな変化が感じられる。ひとつは、これまで大手メディアが持ち上げてきた秋篠宮家を批判的に扱うSNSが活発になったこと、それに対応するように、天皇家、特に愛子内親王を持ち上げる動向が顕著になっていることである。現在の皇室典範の規定によれば、男系男子によって皇位が継承されるから、今上天皇が亡くなれば秋篠宮に皇位が移ることになる。しかし、いかなる報道規制をしても、現在のネットの発展を考えれば、実情を隠すことはできないのは明らかだから、秋篠宮、あるいは悠仁親王が天皇という日本国の象徴の役割を担う力量があるとは、とうてい思えない事実を考慮すれば、システムの自壊がおきると予想される。私は、天皇制というシステムを維持すべきであるという見解ではないので、そうなってもいっこうに構わない。というより、もっと積極的になれば、そうなったほうがいいかも知れない。しかし、社会の安定をもたらすシステムとして、正常に機能するのであれば、あってもよいという程度には支持している。ただし、秋篠宮や悠仁親王に、「正常に機能」する天皇を期待するのは無理というものだろう。それは、冷静にみている人にとっては、自明のことである。

 私は、テレビをほとんどみないので、皇室がどのように報道されているかは、ほとんどしらない。ただ、テレビの内容もyoutubeなどである程度知ることができるが、あいかわらずの表面的な紹介にとどまっているという印象だ。ただ、変化しているのは、天皇家の活動をより積極的な形で取り上げているようになっているのは、かつてとは大分違っているように思われる。天皇制をめぐる状況に関しては、やはり、ネット情報のほうが圧倒的に多く、また、掘りさげたものも少なくない。そういう中で、とくに、注目すべき情報について、考えてみよう。ただし、youtube、とくに皇室関連の情報は、客観的裏付けのないものがほとんどで、事実ではないものも少なくない。しかし、そういうものも、そのひとの願望の現れであるとみれば、ひとつの情報としては意味がある。また、youtubeの表題はかなり過激だが、内容はごく普通で、表題とはまったく無関係というものも多い。そういうなかで、真偽はともあれ、youtubeなどで提起されている内容を、ひとつの「情報」として考えてみたいということである。
 たくさんある「情報」のなかで、もっとも驚いたのが、次のような内容だ。
 宮内庁の金庫には、絶対秘密とされる文書があり、それが高市首相に提出された。その内容は、簡単にいえば、秋篠宮家の外交的不首尾による国家的イメージの悪化、秋篠宮については、血液型に関して、血統について科学的整合性がとれないことがあり、このままなんら是正策がとられなければ、10年程度で天皇制が危機に陥る、というような内容である。
 これらの「内容」については、ネット上では普通に論じられていることであって、特別新しいことではないが、驚いたのは、そういう内容を記した文書が宮内庁で作成されていた、ということである。その点については、私はもちろんそのまま受けとってはいない。しかし、そんな文書は存在していなくても、宮内庁の職員であれば、秋篠宮の血統についての国民の疑問を知らないわけはないだろう。だから、そういう文章が作成されることが、あってもおかしくはない。
 
 秋篠宮がほんとうに上皇の子どもであるのか、という素朴な疑問は、秋篠宮が子どものころから、国民の疑問として、厳然として存在した。妊娠情報がほとんどなく、出産時に初めて報道された、というのは、私には記憶がないのだが、逆に報道されていなかったから記憶がないともいえる。たしかに、皇太子妃が妊娠したのに、まったくニュースにならないというのは、絶対におかしなことである。なにしろ、皇太子妃の最大の課題が男子を産むことだ、と宮中ではいわれていたことだからである。その謎は、上皇后がなくなってから、はじめて明らかにされるのかも知れない。
 私が記憶しているのは、とにかく、秋篠宮は、父親にも母親にもまったく似ていないということだった。ただ、近年までは、それは「似ていない」という噂の域を出ることはなかったが、数年前に、ネット上にさまざまな写真が出回るようになって、大きな論議となっていた。上皇后の妹の夫である安西孝之氏とそっくりであり、また、安西家の前世代の人びとと、秋篠宮の娘がよく似ていることなどが、写真でしめされている。私もそれらを見たが、たしかに、上皇の子どもや孫であるよりも、安西家のひとたちに身体的特徴が近いことは、間違いない。さらに、血液型も問題にされ、上皇夫妻からは生れない血液型を秋篠宮がもっているということもいわれている。つまり、こうしたネット情報を、宮内庁が秘密文書化しているということが、前述の情報といってよい。
 
 そこで、私が考えてしまうことは、それが仮に事実だとして、何故そんなことをしたのかということだ。暴露されたら、大変なスキャンダルである。ただ、父親が安西氏だとしても、母親には2説ある。美智子皇太子妃(当時)とその妹(安西氏の妻)という説である。例の写真によれば、佳子内親王と美智子妃の妹がよく似ているということなので、母親が美智子妃ではないという前提で考えてみよう。つまり父親も母親も違う子どもを、皇太子(当時)の子どもとして世間に公表し、そして、ずっと育ててきたということだ。何故、ということと、では、皇太子はそれを受け入れたのかということだ。それも不思議である。母親が妻であれば、自分の子どもであると信じていたということなのだろうが、母親が妻の妹であるとしたら、それはよほどの事情がないかぎり受け入れることはないだろう。ネット上の「情報」はその問題については、論じていないように思う。
 何故皇室として、つまり宮内庁も承知ということだが、受け入れたのか、そして、皇太子(当時)が受け入れたのか、それは別々のことと考えなければならない。
 皇室、宮内庁にとって、大きな課題は、複数の男児を望んだということだろう。一人であれば、万一なにか事故があれば、皇位が途絶えてしまう可能性がある。現在皇位継承者として、3名しかおらず、若者は悠仁親王だけであるが、それは、当時から危惧されていた状況でもあった。つまり、皇太子には、どうしても複数の男子が強く望まれていたと考えられる。しかし、美智子妃は、今上天皇を出産したあと、流産したといわれている。つまり、その時点で、次の出産は望めないのではないかという危惧が生じたということだ。そのままの成行にまかせるわけにはいかない。そこで、偶然か、意図的かはわからないが、美智子妃の妹が妊娠していたとしよう。そして、男であることがわかっていた。秋篠宮を妊娠していたとされた時期、美智子妃の動静があまり表に出なかったといわれている。そこで、姉妹二人でひそかに籠もり、出産後、皇太子の2番目の男子が生れたと公表された、という筋書きだ。
 しかし、そういう事態を皇太子自身が承認したということは、簡単ではなかったはずだ。それには、流産による次の妊娠が不可能だと強く説得されたこと、そもそもこの夫婦は、妻優位の関係が基本だったということが、承認させた要因と考えられる。
 この「筋書き」(説)に、ひとつの説得力を与えるもうひとつの要因は、昭和天皇が、皇位を秋篠宮につがせてはならない、と語っていたという話があることだ。上のようなからくりが、当時の天皇にも知らせずに完遂されたとは考えにくい。やはり、どこかで承認を得ただろう。しぶしぶ承認したとしても、やはり、皇位の継承という点で、まったく血がつながっていない者に継承させるわけにはいかない、ということを、だれかにもらしたのだと考えるのは、不自然ではない。
 
 最近の皇位継承論議をきっかけに、勝手なことを考えてみた。これは、もちろん、証拠のあることではなく、あくまでも想像である。しかし、かなり真実に近いのではないかとも思っている。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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