一太郎の音声入力を試してみた

 私はこれまで、一太郎は2018年版を使っていたが、今回、バージョンアップした。それはけ音声入力を可能にしていることがわかったからだ。もちろんGoogleの音声入力も大変優れているけれども、ネットを介さないと使えない。ところが一太郎は、オフラインのままで使えるというので、試す価値があると思ったわけだ。この文章も、今一太郎の音声入力を使って書いている。たまに誤変換もあるが、非常に変換精度が高い。(ただし、一度音声入力したあと、キーボードで訂正をしているので、音声入力したままではない。)
 今後は一太郎の音声入力を使って、様々な文章を書くと思われる。使い方を研究する必要はあるだろうが、便利な使い方がいろいろあるに違いない。 “一太郎の音声入力を試してみた” の続きを読む

映画「砂の器」、原作よりずっと感動的

 「砂の器」のBDが来たので早速見た。
 小説については、かなり疑問を呈したが、小説で不自然なところ、がっかりしたところは、映画版ではほとんどが変えられていて、自然な進行になっていた。ただ、そのためともいえるが、逆にかえって不自然になっている面もあった。原作小説と映画化、ドラマ化の比較は興味ある作業だが、多くの場合、名作をドラマ化すると、不満が残る。しかし、この「砂の器」の映画化は、完全に原作を上回っているとおもう。
 主な殺人事件とその捜索の進行は、ほぼ原作と映画は同一だが、原作では3つの殺人と1つの自殺があるが、映画では、主要な殺人と自殺が事故死のように扱われて、その他は出てこない。したがって、推理小説的な複雑さは映画では単純化され、逆に不自然な殺人が行われないので、すっきりしている。ここが大きな違いだ。 “映画「砂の器」、原作よりずっと感動的” の続きを読む

国立大学予算での文科省と財務省

 いまや年中行事になった観がある、予算をめぐる文科省と財務省の争いだ。これはずっと以前から続いていることであるが、現在の焦点は、国立大学予算に関してである。以下の記事があった。
「文科相、国立大の運営費交付金「増額が必要」 財務省に反論」(朝日新聞)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab93b70e5110c7de898f31bc7cf0845455dfbbf2
 私は私立大学に勤めていたし、また現在は定年になって現場を離れているので、自身の切実観はないのだが、やはり、日本の科学技術、教育の発展は気になるし、絶対に軽んじてはいけない領域である。 “国立大学予算での文科省と財務省” の続きを読む

ブロムシュテット演奏のブログに感じた不満

 現役最高齢のブロムシュテットが、実際に来日して演奏するのかということは、多くの人が気にしていたに違いない。だが98歳の指揮者が予定通り来日して、N響を指揮したようだ。その評が掲載されていたので、注目して読んだ。「10/9 ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団 w ジャコー」https://ameblo.jp/classic-journey/entry-12937714867.htmlという記事だ。
 ただ、演奏評ではなく、演奏会に関する内容に気になる点があった。 “ブロムシュテット演奏のブログに感じた不満” の続きを読む

「国宝」2度目見た

 先日「国宝」の2度目を見てきた。8月の初め頃に一度見に行って、その後小説を読み、そして今回リピーターとして見てきたわけだ。
 第一回目をみたときには、吉沢亮と横浜流星が、日本舞踊や歌舞伎のまったくの素人であるにもかかわらず、よくあそこまで訓練したなあということに感嘆したが、他方筋のつながりがよくわからないという感想だった。
 血筋か能力かというのは、ある意味永遠のテーマかも知れないが、それを軸として二人の歌舞伎役者が切磋琢磨し、ある意味憎みながら、しかし互いに尊敬しあっている、そして、最後は能力(芸)が勝ったと解釈できるような終わり方をしている点は、教育学を専門とする私には、共感できるものだった。 “「国宝」2度目見た” の続きを読む

高野山訪問

 すっかり間があいてしまったが、この間旅行をしていた。いつものように、車による長距離旅行だったが、昨日無事帰宅した。今回の旅行の主な目的は、九州での親族の集りに妻が出席することと、これまで行ったことがなかった和歌山にいくことであった。そして、和歌山にいくからには、高野山にいってみようということだったが、それは、以下のような高野山への「関心」があったからである。
 中学の歴史で習うことだが、平安時代に最澄と空海が、それぞれ天台宗の比叡山延暦寺、真言宗高野山金剛峯寺を建立して、その後の日本の二大寺院として今日に到っているのだが、私にとっては、このふたつは、かなり異なる印象をもっていた。というのは、比叡山は、僧兵が暴れたとか、信長に焼き討ちにあったというような武力的な面もあるが、なんといっても、日本の歴史に残る宗教家を輩出したという点で際立っている。源信、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮など、高校の教科書には必ず載っているような人物であり、彼等は、みな比叡山で学んでいるのである。一度比叡山を訪れたことがあるが、法然がこもって修行した庵などのように、彼等の庵が名前付きで存在していた。もちろん、本当のものではないだろうが、比叡山といえば、多くの人にとっては、彼等の学んだ場であると認識されているだろう。

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原作の改変を考える2

 「セクシー田中さん」問題は、論議が活発に続いているとはいえないが、まだなされている。そのなかで、弁護士の人が書いた
『セクシー田中さん』問題で注目される「著作者人格権」 アメリカよりも強力に保護されていた原作者の権利とは?」という文章があった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fa3692f2afbb29b64125eaf08f4624445ffc0f86
 ここで注目したのは、著作者人格権は、欧米ではあまり法律としては厳格に規定されておらず、日本のほうが厳しいというのだ。しかし、だからといって、「同一性保持権」を欧米が無視しているとは思えない。これは、当たり前の常識として守られているので、特に法で規定することではないと思われているように思われる。パロディーなど問題にならないというが、(問題にあることもあるはずだが)パロディーは、二次的創作と考えられていて、別ものだという意識なのではないだろうかと思われるのである。 “原作の改変を考える2” の続きを読む

ジャニーズは解体しかないのではないか

 別の文章を用意していたのだが、急遽この話題に切り換えることにした。これまで不安視されてきたジャニーズ関連のできごとが、ついに現実のものになってしまったからだある。それは、ジャニー氏及び事務所のあまりに冷酷な所業によって、生命が失われるのではないか、という不安であった。現時点では、ふたりの件が報道されている。

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ジャニーズと旧ソ連の人材育成システムの類似性を考える

 芸能界にはまったく興味のない私だが、ジャニーズ問題は、まったく別の観点で非常に興味がある。そのなかでも、ジャニーズでは、所属タレントが取り分が25%だということに驚いた人が多い。出演料として受けとった分の半分を、経費として事務所がとり、残りを折半するというのだから、驚いてしまう。もちろん、さまざまな支援があるとしても、実際に仕事をして報酬を得るのは、タレント自身であるし、また、タレントに価値を認めるから採用した企業は高いお金を払うのだろう。

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部活の地域移管問題 2 

 前回は、スポーツや文化は多様になっているので、多様な要求に学校の部活という形態は対応できないものになっていて、弊害が多くなってきたことをのべた。その解決としては、地域に多様なクラブを設立して、自分の求める形態の活動をしているクラブを選択して参加するようにすればよい、という主張であった。
 今回は、もうひとつの部活の問題である、教師の無償労働の問題を考える。
 
 部活は学校の内部的な活動として行われるが、正規の学校教育の一環ではないので、その指導にかかわる教師は、どんなに長時間指導しても、その対価が支払われることは、つい最近までなかった。近年では、ごくごくわずかな手当がだされるようになっているようだが、到底、指導にかかる労働に見合うものではない。そして、問題は、無償労働であるにもかかわらず、何か事故があったときには、責任を問われるのである。もちろん、民事的な損害賠償責任を負うのは、国家だから、そうした責任を教師個人が負うことはないが、不注意による行政処分などは十分にありうる。不十分ながらの手当がだされるようになった経緯は、詳細には知らないが、教師の過重労働が社会問題化し、その大きな要因が部活指導になることが、大きく問題になったから、せめて手当を出すということになったのだろう。残念ながら、サービスをうける側からの提起はあまりなかったようである。

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