別の文章を用意していたのだが、急遽この話題に切り換えることにした。これまで不安視されてきたジャニーズ関連のできごとが、ついに現実のものになってしまったからだある。それは、ジャニー氏及び事務所のあまりに冷酷な所業によって、生命が失われるのではないか、という不安であった。現時点では、ふたりの件が報道されている。
ひとつは、ずいぶん前のことになるが、ある中学2年生が、母親の勧めでジャニーズのオーディションにでかけ、そして、ジャニー氏に性加害をうけた。すっかり嫌になった彼は、そのことを隠しつつ、母親には、レッスンにいくといって、実際にはいかない日々が続いた。それにもかかわらず、ジャニー氏はよほど気に入ったのか、受験期をむかえていた彼が、定時制の高校に進学して、しっかりレッスンをうけたらどうかと、わざわざ母親に連絡してきたのだそうだ。それを息子に話したところ、それまでは隠していたジャニーの性加害を初めて母親に話し、あんな気持ち悪いところにはいけない、と泣いて抵抗したというのだ。それを悲しそうな様子できいていた母親は、一月後にお詫びの遺書を遺して自殺した。第一発見者は彼だったそうだ。
もともと、彼は成績もよく、将来はジャーナリストになりたいという希望をもっていたのだそうだが、母子家庭で苦しかった母親が、息子がスターになるのを夢見たのだろうか、それはわからないが、自分が勧めたことが原因で子どもを苦しめたことに、大きなショックをうけたのだろう。その後、彼は人とまともに接することができなくなり、職業も転々としたようだ。そして、あまり人とはなす必要のないタクシー運転手となって、やっと安定した職業生活になった。しかし、いまでも、トラウマが残っている。東京新聞の望月記者が報道したということだ。母親の死は、したがって最近のことではないが、ずいぶん前からそうした悲劇が起こっていたことが、最近わかったことだ。
つぎに、ジャニー氏から性加害をうけた男性が、事務所に被害の救済を求めて連絡したが、その後まったく返答がなく、数カ月が過ぎた。何度か問い合わせもしたそうだ。そして、被害者の会に名前を連ねていたせいか、激しい誹謗中傷をうけて、自分だけではなく、家族や友人にまでその影響が及んだために、みずから命を絶ってしまったのである。それは10月のことだったそうだ。その報告をうけたジャニーズ事務所(現在はスマイル・アップというそうだがわかりやすくこの名前を使うことにしている。)は、公式ではなく、「遺族には誠意をもって対応します」という程度の公表をしたそうだ。多くの人が、この対応に、怒りを表明している。
ジャニーズ事務所の運営者たちには、「誠意」という感情は存在しないと断言できる。もし、誠意なる感情をもっていれば、最低限、最高裁の判決がでた時点で、誠意をもって、対応しただろう。あの時点で、明確にたくさんの被害者が存在したのである。もし誠意があれば、ジャニー氏の行為をやめさせる、あるいは被害にあわないようなシステムをつくる、等々、いくつも対応があったはずだ。しかし、そうしたことは一切おこなわず、ただひたすら隠蔽を図ったわけである。
もちろん事務所のひとたちは、ジャニー氏の性加害行為を十分に知っていただろう。タレントたちも同様である。みずから被害には到らないにしても、そうした場に居合わせたことがあるはずだからである。更に、その被害を明確に表示していたひとたちがいたために、ジャニーの性被害を裁判所は認定したのであって、弁護士のまずさの故ではない。そして、おそらく、加害行為を耐えることが、スターになるための資質なのだ、という錯覚すらあり、しかもそれが内部で共有されていたとすら思われるのである。
ジャニーズという企業は、身内には徹底的に甘く、部外者に対しては徹底的に権力的に振舞い、相手を屈伏させる手法でのし上がって地位を築いたわけである。したがって、部外者に対しては、誠実に対応するとか、相手を思いやるという意識そのものが、組織的に欠如していると考えざるをえない。そして、被害者は単なる部外者ということではなく、むしろ敵対者と意識されているだろう。だから、ますます誠意などは、その組織感覚のなかにはいってくる余地がないわけである。
最近「さっきー」という人のyoutubeをみているのだが、1年前の内容で、「ジャニーズごり押しの終焉が近い理由」というのがあり、既に1年前にジャニーズ的ごり押しが通用しない状況になっているのではないか、と指摘している。この時点で、ジャニーズを名指しで批判することは、かなり勇気が必要だったろう。
ジャニーズをめぐる疑問は他にも多数ある。
多くの人が感じているジャニーズ問題の処理に対する疑問は、なぜ警察がまったく動いていないのか、という点だろう。現在、ジャニオタといわれるひとたちによると考えられている、性加害の被害者たちへの誹謗中傷にたいして、被害者たちが、名誉毀損などで刑事告発、告訴しているようだから、やがて動き出す可能性はあるが、最高裁の判決がでた時点で、自民党の議員が国会で警察にたいして厳正な捜査を要求しているにもかかわらず、まったく動かなかったわけである。これは、本当に不思議だといわざるをえない。木原事件にかかわって警察が動かないのは、不当ではあるが、その理由を推理することは容易である。しかし、ジャニーによる性加害問題については、警察が動かない理由は、まったく不可解である。ジャニーズ事務所が、警察に対してさまざまな供与をしていたということかも知れないが、そういうことがあったとしたら、また更に重大問題であろう。
まだ時効になっていない事例もあるのだから、被疑者が死亡は死亡しているが、幇助罪を問えるひとたちは多数いるのだから、いまからでも、警察はこの事件の捜査を開始すべきである。そのことが、事務所の解体を進めることになるはずである。
事務所が解体したら、罪なない従業員やタレントたちがこまるではないかという意見があるかも知れない。しかし、従業員の多くは、ジャニーの性加害を知っており、それを隠蔽することを意識しつつ、仕事をしていたはずだから、少なくとも道義的に共犯であり、彼等の仕事を守ることが、社会的に必要だとはおもわれない。企業が潰れることはいくらでもあるのだから、それと同じように、再就職の道をさがす道がある。タレントも同様である。タレントたちは、被害者である可能性もあるが、また、間接的な加害者である可能性があるひとたちが少なくないと考えられるのである。
人はやり直すことができるし、また、それが許されるべきであると思うが、それは犯罪を行っていた組織のなかでの再生ではないだろう。別のまっとうな組織のなかにはいって、やり直すことが求められるのではないだろうか。
つまり、こうしたごり押し体質がすべてにおいて手法として採用されているわけだから、自分たちが、不利な状況に追い込まれ、相手の理解をえつつ改善するというような姿勢そのものが、事務所全体として欠けていると考えざるをえないわけである。したがって、今回の被害者対応が、世間の納得をえられるように実施されることは、まず期待できない。とするならば、やはり、事務所全体の解体しかないのではなかろうか。