ガソリンが爆上がりしている

 一昨日車に乗っていたら、いくつものガソリンスタンドを通ったが、驚くほど素早くガソリンが値上がりしていた。もっとも高かったのが、レギュラーが189円だった。今はもっと高くなっているかも知れない。実際に原油の輸入が減少しだしたので、それが反映されているのか、便乗値上げがさっそくあらわれたのか、私にはわからないが、東日本大震災のとき以上のガソリン入手難になることは間違いないだろう。あのときは、道路事情でガソリンスタンドに石油が運ばれなくなったための品不足だったが、今回は、原油そのものが入ってこなくなっているためだから、そう簡単に値下がりしそうにない。トランプは、アメリカは石油が豊富にあるから、値上がりはかえって都合がいい、とのたもうているらしいが、国際的なリーダーとしての矜持は完全に捨てている、というより、元々ないのだろう。 “ガソリンが爆上がりしている” の続きを読む

都響の「千人交響曲」を聴いて

 昨日都響の定期演奏会にでかけた。曲目は、マーラーの交響曲第8番、いわゆる「千人交響曲」だった。もちろん、生で聴くのははじめてであり、今後もおそらく聴く機会はないだろう。ぜひ聴きたいとも正直思わなかった。私は、50年以上のマーラーファンだが、8番と7番はどうしても、あまり聴く気がおきない。聴きだしてもたいてい飽きてしまうのだ。8番は、マーラーの生涯のなかで、最高の称賛をえたものだとされるが、それがどの程度音楽に対してであったかは、疑問だ。というのは、初演は万国博覧会での催しの一環として行われ、実際に、演奏人数が千人を超えたというのだし、その人数でのあの圧倒的な迫力だから、聴衆たちは度肝をぬかれたに違いない。そして、拍手喝采を送ったのは、ごく自然のように思われる。マーラー自身は、とても自信があったようだし、万博での初演だから、要人たちもたくさん参列していたようだ。だから、初演成功となったのだろうが、しかし、当然ともいえるか、滅多に演奏されない曲になった。なんといっても、あまりに必要演奏人数が多すぎる。どんなに豊かな経済基盤をもったオーケストラでも、めったなことでは演奏するわけにはいかないだろう。曲の存在は有名だとしても、実際に接する機会が少ないのでは、ポピュラーにはなりにくい。 “都響の「千人交響曲」を聴いて” の続きを読む

読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」5

  ベトナムはどうか。
1 戦後の全国的社会主義経済建設1975から1986年
 戦後の経済の混乱、1978年のカンボジア侵攻後の経済制裁
 生理的欲求すら満たされない状況
2 市場経済への以降準備から開始 1985~1990
 当初は市場経済がうまく機能せず。
 生理的欲求と安全欲求のあいだで一進一退
3 社会主義志向型市場経済の実施1987から2000
 市場経済が次第に機能。国民総生産も増大。国際社会への復帰。
 安全欲求が満たされるように。次第に愛と所属欲求も。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」5” の続きを読む

市民コンサートでベルディ・レクイエムを演奏

 今日は所属する市民オーケストラ(松戸シティフィルハーモニー)と市民合唱団の市民コンサートだった。35回目ということで、長く続いている演奏会だ。年に一度、合唱をともなったオーケストラ作品、あるいはオーケストラ伴奏付きの合唱曲を演奏する。今回はメインがベルディのレクイエム、前プロとしてチャイコフスキーの「幻想序曲ロメオとジュリエット」だった。
 35回の市民コンサートのなかで、ベルディのレクイエムを演奏したのは、今回が3度目だ。そして、幸運なことに、私はすべて参加している。そして感じるのは、オーケストラの力量の向上だ。それは、前プロの選び方で感じる。 “市民コンサートでベルディ・レクイエムを演奏” の続きを読む

メドベージェフは狼少年か

 ロシアのメドベージェフ前大統領が、EUが凍結資産をウクライナへの復興資金として活用するのは、戦争開始の正当な理由になるという発言したそうだ。メドベージェフの発言は、すでに狼少年的な回数になっていて、だれも本気にしないという雰囲気になっているが、ただ、言っていることがナンセンスということではなく、それはそれなりに根拠はあるのだろうが、実現性を疑うということだ。
 かなりの資産を取り上げられるのだから、ロシアとしては、それをさせないために開戦するぞ、と脅すのは、たしかにロシア的正義といえるだろう。しかし、それなら、勝手に侵略したり、民間施設を爆撃して民間人を殺傷したり、そして、子どもたちを連れ去るなどということはどうなのかということになるだろう。 “メドベージェフは狼少年か” の続きを読む

コメントへの回答

 以前に書いた文章にたいして、非難するようなコメントがきた。無視しようかとも思ったが、それでは相手に失礼になるので、こちらのコメントを書くことにする。2ヶ月ほど前の文章なので、それをみてもらうしかないが、https://wakei-education.sakura.ne.jp/otazemiblog/?p=4771 コメントは公開した上で、議論のために、ここに引用させてもらう。

 「この投稿に関して誤解があるようなので、説明させて頂きます。ジャーニー氏は都合の悪いコメントを削除しておりません。意味不明な日本語のものや公序良俗などに反するもの以外は削除しておりません。元学者が単なる類推で科学的思考法ができていないのは残念ですが、名誉教授になれなかったのも無理はありません。 “コメントへの回答” の続きを読む

読書ノート「Z.マルカス」バルザック

 「Z.マルカス」は、バルザック全集第一巻に入っている短編小説であるが、バルザックらしい、人間の欲望とその不条理な展開がみられる興味深い作品である。
 パリの学生用の下宿屋に住んでいる私と同室のジュストと、さらにとなりの別室に住んでいるマルカスとの交流が描かれている。私は弁護士志望でジュストは医師志望なのだが、バルザックの説明では、当時のパリでは、社会的必要性の10倍以上の弁護士や医師がいるので、若者が弁護士や医師になって生活できるようになるのは、よほどのコネとか運がなければならないという、悲惨な、しかし、ある意味呑気な生活をしている。 “読書ノート「Z.マルカス」バルザック” の続きを読む

チェロ乾燥のために絃が外れた

 昨日は私の所属する市民オーケストラが、毎年12月に行う、合唱付きの演奏会の、合唱団とあわせる練習だった。2回目のあわせなのだが、前回は風邪気味だったので休み、今回が私にとっては今回の演奏会用には初めてだった。曲はベルディのレクイエムだ。前回がワーグナーとマーラーだったので、それと比較すると難易度が低いのだが、それでも長丁場であり、難しいところがたくさんある。
 最近は非常に寒い日が続き、昨日も寒く、しかも、練習会場では大ホールで人気歌手のコンサートが行われていたので、いつもの地下駐車場がとれず、外の駐車場になり、寒さのなかでチェロを運ぶことになった。 “チェロ乾燥のために絃が外れた” の続きを読む

五十嵐顕は知識人か3

 「攪乱者」という面については、単純ではないといえる。
 学生時代から軍隊、そして、教育研修所時代の五十嵐は、攪乱者とはまったく正反対の協調型の人間であった。四高に入ったときからつけ始めた読書ノートには、高校で学ぶべきものは倫理、道徳、哲学、歴史などであって、社会科学は大学で学べばよいと書いていたが、大学に入っても社会科学を学ぼうとはしなかった。学連事件によって、高等学校(旧制)での社会科学研究会が禁止されていたのだが、そうした禁止に忠実だったといえる。 “五十嵐顕は知識人か3” の続きを読む

矢内原忠雄・丸山真男・五十嵐顕1

 私はこの3年間、大学時代の教授であった五十嵐顕先生(以下尊称略)の、最初著作集、そして現在は全集の編集に携わってきた。大学院時代の仲間が編集委員となっている。私自身は、五十嵐の指導性ではなかったし、また、親しく接したこともないのだが、とりあえず編集委員に加わることになった。
 そして、けっこう多数の五十嵐論をここに書いてきた。まだ全集が完成していないので、なんともいえないのだが、収集された文章はすべて私がOCRにかけたり、直接打ち込んだりしてテキストファイル化してきた。したがって、すべての文章を読んだことになる。 “矢内原忠雄・丸山真男・五十嵐顕1” の続きを読む