フジテレビやり直し会見の不毛さ

 おそらく前代未聞の会見だったのではないだろうか。もしかしたら、大学紛争時代の「大衆団交」なるものには、こうしたもの、あるいはもっと怒号が飛んだ会見があったかもしれないが、公共放送で生中継され、それが10時間半も続いた会見などは、まずなかったに違いない。しかも、フジテレビは、それをまったくコマーシャル無しで、ノーカット放映した。フジテレビなど、ここ20年以上みたことがないが、フジテレビが潰れるかどうかを注視しているので、この会見は、すべて見た。16時にはじまり、終りは午前2時半だった。途中10数分の休憩があったが、会見中は壇上の人は、だれもトイレ退出することなく、ずっと座っていたから、終盤は半分頭が働かないような印象をあたえるほどだった。その頃は、半分以上の記者たちは帰っていたから、壇上の役員たちにとっては、かなりつらいものだったに違いない。自業自得といえば、それまでだが。
 
 さて、具体的な場面の映像がyoutubeで多数流れるだろうから、詳細は省くが、全体として感じたことを書いておきたい。
 まず感じたことは、壇上の経営陣たちが、とにかく我慢強く、決して声を荒らげることなく、内容はともかくとして、最後まで答えていたことについては、正直感心した。記者たちを挑発的に怒らせることを絶対にしないように、という事前の確認があったのだろうが、針の筵にいるような10時間を堪えたということについては、さすがに「高齢者」たちだと驚き、これを、最初の記者会見でやっていれば、その後のCM騒動もおきなかったのに、と彼らのためにも残念に感じた。

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カラヤンのニューイヤー・コンサート

 久しぶりにカラヤン指揮のウィーン・フィル、ニューイヤー・コンサートのDVDをみた。実は、これまで最初から最期まで一時に見たことはなかったので、全部見たことによる思わぬ発見がいくつかあった。そして、部分的に違和感も感じたが、やはりカラヤンはウィンナワルツでも超一流であり、さすがオーストリア人である。 “カラヤンのニューイヤー・コンサート” の続きを読む

2025ニューイヤー・コンサート がっかりした

 毎年1月1日にウィーンフィルのニューイヤー・コンサートをテレビでみて、翌日録画をステレオで聴きなおし、感想をブログに書くという習慣が続いていたが、今年はなかなかそういう気分にならなかった。あまりにコンサートの出来にがっかりしたからである。昨年のティーレマンにもがっかりしたが、今年はそれ以上だった。いかに注目に値する演奏会にするからといっても、このようにウィンナワルツを指揮するのにふさわしくないような「スター指揮者」を起用するのをやめたらいいのではないかとまで思った。(もちろん、ムーティは大指揮者であり、私は大方の録音をもっているから、ムーティの偉大さは充分に認識しているが。)

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「指導死」の記事

 ヤフー・ニュースに「指導死」に関する記事が掲載されていた。
 「【なぜ】息子の死は『指導死』か否か…大阪の有名進学校でカンニング後に自殺 「適切な指導だったのか」遺族らの悲痛の訴え 過去にも約100件の“指導死” 問われる教育の在り方」と題する記事があった。【なぜ】息子の死は『指導死』か否か…大阪の有名進学校でカンニング後に自殺 「適切な指導だったのか」遺族らの悲痛の訴え 過去にも約100件の“指導死” 問われる教育の在り方(読売テレビ) – Yahoo!ニュース
 カンニングと喫煙をして、厳しい指導があったあと、自死した例であった。共に高校生である。この記事は、「指導」について考えるものだが、私は、カンニングについて考えてみたい。私は大学の教師だったが、やはり、カンニング対策をしたし、実際にカンニングを見つけたことが数回あった。35年間の教師生活での数回だから、圧倒的に少ないといえるだろう。ほかの先生たちは、もっと多くの経験をして、かつ、厳しい対応をとっていたように思う。大学生が対象だから、多少受験を控えた高校生とは異なるだろうが、しかし、基本的考えかたは同じではないかと思うのである。

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