フジテレビやり直し会見の不毛さ

 おそらく前代未聞の会見だったのではないだろうか。もしかしたら、大学紛争時代の「大衆団交」なるものには、こうしたもの、あるいはもっと怒号が飛んだ会見があったかもしれないが、公共放送で生中継され、それが10時間半も続いた会見などは、まずなかったに違いない。しかも、フジテレビは、それをまったくコマーシャル無しで、ノーカット放映した。フジテレビなど、ここ20年以上みたことがないが、フジテレビが潰れるかどうかを注視しているので、この会見は、すべて見た。16時にはじまり、終りは午前2時半だった。途中10数分の休憩があったが、会見中は壇上の人は、だれもトイレ退出することなく、ずっと座っていたから、終盤は半分頭が働かないような印象をあたえるほどだった。その頃は、半分以上の記者たちは帰っていたから、壇上の役員たちにとっては、かなりつらいものだったに違いない。自業自得といえば、それまでだが。
 
 さて、具体的な場面の映像がyoutubeで多数流れるだろうから、詳細は省くが、全体として感じたことを書いておきたい。
 まず感じたことは、壇上の経営陣たちが、とにかく我慢強く、決して声を荒らげることなく、内容はともかくとして、最後まで答えていたことについては、正直感心した。記者たちを挑発的に怒らせることを絶対にしないように、という事前の確認があったのだろうが、針の筵にいるような10時間を堪えたということについては、さすがに「高齢者」たちだと驚き、これを、最初の記者会見でやっていれば、その後のCM騒動もおきなかったのに、と彼らのためにも残念に感じた。

 他方で、希望すれば一度は必ず発言機会をあたえられていた記者たちの、多くは、極めてレベルの低い質問で、冷静かつポイントをつくような質問はあまりなく、とにかく自説の開陳と押しつけを目的とするような、演説調の質問が多く、聞いていていらいらした。一月万冊の佐藤章氏は、記者クラブだけが入れるような会見ではだめで、フリーランス記者こそがまっとうな質問をするのだ、と日頃からのべているが、こうした会見をみると、フリーランス記者の多くの質問は、レベルが低く、むしろ適格、かつ相手にきちんと答えさせるような質問をしていたのは、大手メディアの記者たちが多かったようにおもわれた。もちろん、だからといって、大手メディアに制限するような会見がよいといっているわけではないが、フリーランスの人たちの水準が低いことは、自身自覚すべきであろうとおもう。
 
 さて、長時間の拷問のような質問攻めにはよく堪えたと感心したが、答弁の内容については、酷いものだったといえる。それは、とうてい事実とは思えない「物語」が作成されていて、その「物語」を強固に固持し、それが事実によって破られそうになると、「プライバシー侵害の恐れ」などという理由で、質問がストップされるという形で、「物語」が最後まで維持された、そして、そのことによって事実が隠蔽されたということだ。おそらく、記者たちはみなそのことが気づいていただろう。
 その「物語」とは何か。
 その前に、「文春」やその他の報道によって、現在までに明らかにされている「ほぼ事実」と考えられることは、以下のようなものである。
1 フジのプロディーサーAが、他の局員を交えて行われる予定だった中居宅での食事会に、Aやその他局員が全員直前にドタキャンし、結局アナウンサーのXのみが中居宅にでかけ、食事のあと、トラブルになった。2023年6月のこと。
2 その翌日Xはフジテレビの幹部に事実を報告し、佐々木恭子アナウンサー部長を交えた幹部3人と、フジと契約の産業医とXが話し合いをしたが、佐々木アナが「たいへんだったね、少し休もう」といったのみで、Xがみずからの医師に診断を受けようとするのも阻んだし、その後、Aには何もいわなかったと告げたのみであった。(AからXが報復されないように黙っていたとの解釈もある。)
3 何もしてくれないと考えたXは、その後症状が悪化し、PTSDのみならず、多くの疾患をかかえ、長期の入院を余儀なくされた。そして、快方にむかったので、フジを退社することになったが、その前に、元気になるためもあって、パリ五輪を見学した。
4 いつの時点か不明だが、中居は当初、入院中のXに謝罪するためにAを見舞いにいかせ、その際20万を渡そうとしたが、Xは断り、その後双方の弁護士による協議の結果示談が成立、9000万の支払と守秘義務の約束がなされた。
5 会社の認識としては、当時フジテレビの専務であり、現在関西テレビの社長である太田氏が。彼が記者会見でのべたことは、事件後すぐに自分にトラブルの件が報告され、(ということは、上記2の3人のフジ幹部職員のだれかが、すぐに専務に報告したのだろう。)太田専務は深刻な事態だと認識したために、すぐに社長に報告したと語った。
 以上が、100%確実ではないかもしれないが、おおよそ明らかになっている事実だろうとおもわれる。しかし、会見当日、港社長によって、かたくなに維持された「物語」は以下のようになっていた。
6 事件後、Xの様子がおかしいと感じた同僚社員が、おそらく上役に伝え、それが港社長にあがってきたのは、8月だった。
7 深刻に受けとった港社長は、被害女性の気持に寄り添うことを最大限重視し、噂が拡散しないように、ごくわずかのメンバーで対応をとった。そして、すぐに中居を番組からおろしたりすると、Xを刺激し、情態を悪化させることを危惧して、中居をおろす機会を探っていた。
8 しかし、Xの情態が改善しないので、番組改編期にも、中居をおろす決断ができず、結局、昨年11月に中居降板をきめて、その後中居に伝えた。
 中居氏にもXにも、港社長みずからが接したわけではなく、担当が接していたようだ。したがって、このような物語を語りながら、いつ、どんな人物が、どのような内容で、中居氏やXと話し合ったのかは、具体的には何も提示されなかった。
 どちらのストーリーが、より真実に近いだろうか。少なくとも、文春等が伝えているものは、無理がないのに対して、港社長の「物語」は、綻びだらけである。
・大田専務が、6月にすぐに報告をうけ、それをただちに社長に報告した、と語っており、文春は、事件の翌日に、上司に報告したと語っているのに、港社長は、報告をうけたのが8月だったといっているのは、あまりに違いが大きすぎるだろう。それを港社長は、専務から、私に情報が届くまでに、中間の人がたくさんいたために、遅れたのだろう、などと語っていたが、誰がそんなことを信じるだろうか。専務が社長に、「直ちに報告した」といっているのに、「中間」が2ヶ月も遅らせるわけがない。常識的に、専務が公の場でのべたのだから、直ちに社長に報告したことは間違いないのだろうし、常識的に考えて、それは「直接に」伝えたと受けとられるものだろう。
 これまでこの事件を冷静に受け止めてきた者からみれば、直ちに報告うけた社長は、Aとともにどうやって隠蔽するかを考え、とりあえず無視することにした。そして、積極的にはなんら対策をとらず、中居の温存をはかったが、事態が発覚して、どのように説明するかを考えて、「報告をうけたときには、XがPTSDで入院していたために、彼女を刺激しないようにと考えた」という「逃げ口上」の物語を考えだしたのであろう。
・中居を止めさせると、Xの精神に負担をあたえるなどと弁明しているが、常識的には、それは逆である。中居がテレビに出続けているのを見ることのほうが、中居が止めさせられるよりも、圧倒的に精神的に苦痛なはずである。食事会にでた食事と同じものを見るだけで、苦痛なのだから、当人のテレビ出演をみたら、それこそ、苦痛だけではなく、怒りが頂点に達するに違いない。そんなことは、誰にだってわかる。それをしゃーしゃーと逆のとこを発言するのだから、驚いてしまう。しかし、記者たちもおかしいと思っているから、何人もがそれを問いただそうとするのだが、肝心の部分になると、直ちに、司会者の広報担当が、「プライバシー侵害になるので」と強引にそれをとめてしまうのである。だから、あきらかにおかしな港社長の「物語」だが、それをただそうとすると、その質問そのものを遮ることによって、「物語」を守っているという構造になっていた。だから、事件後、直ちに、Xが上司に報告したなどという話も、発言しようとするとその前に「停止」をさせられてしまう。
 
 広報局長の司会の介入によって、事態が紛糾した最大の場面は、中居氏とXの認識が違いが問題になったときだった。開始の比較的に前の段階で、港社長が、Xから聞いていた話と、中居氏からの話とで、食い違いがあったと発言していたのだが、それをある記者が、食い違いの内容を正したところ、遠藤副会長が、同意と不同意(一致と不一致という表現もあった)の違いだと説明して、それを記者が更に、突っ込んでいたとき(中居氏は同意があったと主張しているのか、等の質問をしていたと記憶する)司会から紙片が遠藤氏に渡され、発言そのものを取り消してしまったのである。そのことに回答すること自体が、プライバシー侵害であるというのが「会社の認識」であるとして、遠藤氏も回答を拒否してしまう。それに怒った記者が、何度もここは最も重要なことだ、と食い下がり、野次も激しくなり、けっこうな時間議事そのものがストップしてしまった。結局、ついに、遠藤氏は、答える事を拒否したまま、司会が次の質問者を指名することで、流れが次のところにいってしまったということだ。
 これも、聞いている人には、実に不可解におもわれただろう。中居氏もX氏もトラブルがあったことを認めており、9000万円(額について疑問もでているが)の示談金が支払われたのだから、両者の主張が対立しており、常識的に中居氏が同意があったと説明し、Xは同意はなかったとしているというのは、ごく当たり前の解釈であり、そのことは、世間に知れ渡っているのだから、プライバシーの侵害になるなどとはいえない。つまり、その回答を拒否するのは、中居氏が事実をまげているという「事実」を隠したいという以外の理由は見つからない。
 この司会による介入は、実にフジ側の不都合をあぶり出していたひとつだった。中居氏の番組継続は、すべて港社長によって、上記「物語」で押し切られ、それ以上突っ込もうとすると、プライバシー侵害ということで、司会者に遮られる。また、答えにくい点は、ほとんどが第三者委員会の調査を待つ、などと逃げてしまう姿勢では、「信頼を取り戻す」どころか、「信頼をますます失う」結果にならざるをえない。
 このようなことが、ほかにもたくさんあったので、この会見によって、スポンサーの信頼が回復したということは、おそらくないだろう。とくに港社長の回答は、「物語」に固執するために、方々で無理があり、嘘をついている感が濃厚であるし、それを権力的に守ろうとする司会も、フジへの不信感を増大させるに充分なものだった。みていた視聴者も、フジテレビは回復しつつあるなどとも、おもわれていないだろう。
 しかし、やはり、記者会見のやり方については、だれもが改善の必要を強く感じただろう。完全クローズドでもなく、完全オープン時間無制限でもない、記者会見のあり方が、工夫される必要がある。記者クラブの問題も明らかだが、単に自由にフリーランスの記者に語らせることを保障するだけでは、みのり多い記者会見にはならないということだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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