「鬼平犯科帳」には、たくさんの密偵が登場する。実際に長谷川平蔵は、多くの密偵を使っていたとされている。ただ、よく時代劇に出てくる岡っ引きとは違う。岡っ引きも、平蔵の密偵と同じように、どちらかというと反社会的な人物が多かったようだが、岡っ引きは、十手を預かっていて、表向き彼らが岡っ引きであることが知られていた。しかし、「鬼平犯科帳」に出てくる密偵は、そうしたアイテムはまったくもっておらず、外見はまったくの町民である。ただ、事件そのものは、実際にあったものもあるが、個々の密偵は、まったくの作者による創作であると思われる。(もっとも、ある人が密偵になったが、密偵の名簿にその名はない、というような記述があるので、そうした名簿が実際にあるのか、あるいは名簿自体が池波の創作なのかはわからない。)
小説のなかで、密偵は3類型に分類できる。常時平蔵の命令を受けて活躍している密偵。「密偵たちの宴」に登場する6人である。(彦十、粂八、おまさ、五郎蔵、伊三次、宗平)常時登場するわけではないが、何度か重要な役割でもって登場する密偵。そして、単発的にわずかに登場する密偵である。興味深いことに、理由は多様だが、殺されてしまう、あるいは自害して死んでしまう密偵は、第二グループに多く、第一グループでは一人だけである。そして、第三グループには見当たらない。