著作集のために、入稿前のファイル作成、つまり、本として印刷されたものをOCRにかけて、テキスト化する作業をずっと続けているが、生前刊行された著作(すべて論文集)は終えた。死後刊行されたものは残っているが、少なくとも生前本の形でまとめられたなかに入っている論文は、すべて一文字一文字確認しながら読んだことになる。
その過程で、あることに気づいた。それは、教育財政学者としての五十嵐教授に、もっとも鋭い分析をしてほしいと、私は考えるテーマについての論文が存在しないことだった。それは教科書無償化に関するものである。現在義務教育学校で使われる教科書(検定教科書)は、すべて無償で配布されている。しかし、私が義務教育を受けていたときには、有料だった。無償になったのは、1962年と1963年に成立した法律によって、1963年に入学した小学校1年生から、順次1年ずつ上級学年に適用されていったものである。
この時期は、1960年安保闘争の勢いがまだ残っていて、おそらくそうしたエネルギーが教科書無償化を求める運動になっていたと思われる。日本国憲法には、義務教育は無償であると規定されているが、教育基本法には、義務教育では授業料を徴集しないという限定的な規定になっている。これは、戦後ずっと変らない。そこで様々な議論が行われてきた。現在、義務教育といえども、かなり多額の徴集がなされていることは、誰でも知っている。毎月3、4万円が集められているのが通常だろう。
ちなみに、私が1年間オランダで子ども二人をオランダの小学校にいれていたときには、学校から徴集されるお金は、日本でいえば父母会のような組織の会費だけであり、それも強制ではなかった。教科書、ノート等の学用品、遠足代など、すべて公費で賄われていた。おそろいの体操着や鞄などもなく、ふさわしい服装であればなんでもよかった。もちろん、日本のように、かなりお金をあちこちかけているような教育とはちがって、実に質素だったが、きちんと教育は行われており、PISAの点数などは、オランダは上位である。つまり、文字通り「義務教育は無償」だったのである。
ところが、日本では、授業料こそとらないが、それ以外の個人が使用するものは、ほとんどが本人負担である。しかも、無用と思われるものなども、購入させることが少なくない。さすがに最近は少なくなっているようだが、以前は算数セットなどを、兄姉のお下がりは認めず、かならず新規を購入させていたものだ。
こうしたことからみられるように、日本の政府は一貫して、授業料以外の教育については、自己負担原則、いいかえれば受益者負担原則に固執してきたし、いまでもそれは変らない。貧しくて支払うことができない家庭への補助をしてきただけだ。
唯一の例外が検定教科書なのである。何故、教科書だけは、無償措置をとったのだろうか。それは、一面では、国民の大きな運動が行われたからだ。それは間違いない。だから、運動してきた人びとにとっては、大きな成果であり、大きな喜びだったろう。
しかし、この無償化措置は、別の面で「劇薬」が混入されていた。毒薬といってもよい。もし、政府が国民の教育を受ける権利の保障として、憲法で定められた義務教育無償という規定を、部分的にせよ、もっとも重要な教科書について無償にしたのならば、それまでの教科書制度をそのままにして、教科書代の無償化措置をとればよかった。実際には、無償化をしただけではなく、教科書作成、採択の仕組みを大きく変更したのである。しかも、その理由が、国が払うのだから、国が決めるのが当然だという理屈だった。それまでは、教科書は、学校が使う教師たちが、実際に展示会にだされている教科書を検討して決めていたのである。いわゆる学校採択が行われていた。だから、学校ごとに使っている教科書はちがっていたのだ。
無償化以後、複数の市町村が集まって採択区を構成して、そこに教師の代表が集まって協議を行い、その採択区としての採用教科書を決めるようになった。だから、採択区内では、どの学校も同じ教科書を使うようになった。
それだけではない。教科書を作成できる教科書会社に、条件を設定したのである。端的にいえば、資本金の大きさである。つまり、大きな出版社でなければ、教科書を作成することが認められないことになったのである。以前は、多数の出版社が、独創的な教科書を作成していたが、現在では、一教科あたり4~5社の教科書しか存在しないし、その出版社同士の協定によって、こまかい条件が決められて、どれも同じような教科書になっている。そして、これ以降検定が強化されて、教科書訴訟が起こされたことも、よく知られている。確かに、民間の教科書会社が作成するものだが、実態は「国定教科書」に極めて近いものになっているのである。それをもたらしたのが、教科書の無償化措置を利用した政策であることは、否定できないのである。
つまり、教育費の無償という政策そのものが、国家管理に活用される、そういう事実(五十嵐流にいえば「矛盾」)は、五十嵐氏が、もっとも中心的に告発してきた命題だった。もちろん、どこかで書いているのに、私自身がその論文をみていないという可能性があるので、今探索中なのだが、五十嵐氏にかわって、この問題をどのように解いたらよいのかを考えてみようと思う。
公費支出するのだから、公的機関、つまり国家組織がその使い道を決める必要がある。そういう論理がある。これをどう考えるか。
もうひとつは、そもそも教科書は、誰が決めるのが、教育的に妥当なのか、という問題がある。この点を次回論ずる。