オランダ留学記92 学校選択システム

いじめ自殺からオランダに関心
 私がオランダに興味をもったのは、日本で当時(1980年代)いじめによる自殺が大きな社会問題になっていたことがきっかけだった。自殺してしまった例を見ると、実は、学校が充分に対応してくれないから転校してしまった、別のいじめの被害者がいたということが少なくない。ならば、自殺する前に転校してしまえばよかったのにと思い、自由に学校を変えられる国がないかと探していたところ、オランダがそうだとわかったのが、最初のきっかけだった。
 その後、オランダのことをいろいろと調べていく内に、オランダのユニークな魅力にすっかり虜になってしまったが、それはおいおい述べることにする。 “オランダ留学記92 学校選択システム” の続きを読む

オランダ留学記92 1到着と学校入学

(これまで書きためたり、発表してきた文章をまとめて公刊していくことにしました。Kindleを考えています。そこで、ここに登校しながら、原稿の整理をしていくつもりです。まず第一に二度オランダに留学したときの、日本への送信(ニフティ)を材料にして、書いていく予定です。なお太字の部分が、当時日本に送った文章です。)

はじめての外国

 香港、パリの空港を経由して、アムステルダムのスキポール空港についたのは、1992年8月12日だった。26時間の長旅だった。真夏だったが、朝8時に到着したからか、ずいぶんとひんやりしていた。ライデン大学日本学科の?さんが車で迎えにきてくれて、そのまま予約したホテルに直行した。本当はこんな朝早い到着の客などないのだが、そこは快く受け入れてくれて、部屋に。普通のホテルのイメージとは全くちがって、かつての裕福な家をホテル用に改装したもので、ライデンから、これから住むことになるウーフストヘーストあたりには豪邸が並んでいる。しかし、家族が住んでいる家はほとんどなく、税金が高いので手放してしまい、企業の事務所や分割した住居になっているのがほとんどだそうだ。だからこのホテルも昔風の家の作りで、落ち着いてはいるが、床がみしみし音がして、ちょっとタイムスリップしたような感じだ。
 まず初めにやらなければならないことは、大使館と市役所にいって手続きすることだ。市役所の手続きはよくわからないので、引っ越してからということにして、早速ハーグの日本大使館にでかけた。大使館といっても、ちょっと大きめの一軒家という感じで、お金持ちの友人宅を訪ねるような雰囲気だったし、非常に態度が悪いと脅されていた大使館員の人も、まあ親切で、特に面倒なこともなく手続きが終了した。
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