オランダ留学記92 学校選択システム

いじめ自殺からオランダに関心
 私がオランダに興味をもったのは、日本で当時(1980年代)いじめによる自殺が大きな社会問題になっていたことがきっかけだった。自殺してしまった例を見ると、実は、学校が充分に対応してくれないから転校してしまった、別のいじめの被害者がいたということが少なくない。ならば、自殺する前に転校してしまえばよかったのにと思い、自由に学校を変えられる国がないかと探していたところ、オランダがそうだとわかったのが、最初のきっかけだった。
 その後、オランダのことをいろいろと調べていく内に、オランダのユニークな魅力にすっかり虜になってしまったが、それはおいおい述べることにする。
 当時、私は大学で「国際教育論」という講義を主要な担当科目としていたが、まだ外国に実際に行ったことはなかった。私の学生時代は、まだ1ドル360円の固定相場で、外国にいくには、非常に費用が高かったし、大学紛争時代だったため、外国にいくことは、ほとんど念頭になかった。しかし、国際教育を専門に研究するには、やはり、実際にみておく必要があると考え、大学の海外研修制度を利用して、とうとう、オランダに一年間滞在することが実現した。そして、娘たちを伴っていき、現地校にいれることで、現地の教育を中からみたいと思ったのである。教育を個別の事象として研究するのではなく、生活の一部として、つまり生活しながら学校に通う、そのことを通して学校の実態を知りたいと考えたわけだ。
 学校選択を研究する立場から、最初にそれを実感したのは、朝、子どもたちを学校に送っていくとき、たくさんの子どもたちが登校しているわけだが、向かう方向がまったくばらばらだったことからだ。日本では、いろいろなところから子どもたちがやってきて、一定の方向に歩いていく。しかし、オランダでは、スクランブル交差点で青になると、入り乱れて交差していく、あの感じだ。同じ地域に住んでいるのに、小学校が違うのだと実感した。


            私たちの住んでいた通り

http://wakei-education.sakura.ne.jp/asahi-net/homepage/du-tu02.htm

学校選択システム
 通信に書かれているが、内容を補充しつつ、簡単にオランダの学校選択に関してまとめておこう。
 オランダの義務教育は、5歳から16歳までの全日制義務就学と、成人するまでの定時制義務就学になっている。16歳で学校を離れて、就職する者は、一定の時間通学することと、雇用主はそれを保障しなければならないというシステムである。幼稚園と小学校を統合した基礎学校は、当時は完全に自由に選択できた。(現在では、一定の地域内に限定している場合もある。通学時間の問題だろう。)基礎学校を終了すると、12歳で、6年制(VWO)、5年制(HAVO)、4年制の学校(MAVO、LBO)に分かれて進学するが、成績等考慮するが、基本的には親と本人の意思によって選択可能である。それぞれの学校種の上に上級学校が接続しているが、そこでも同様である。同一学校種の中での途中転校は自由だが、他学校種への変更は条件がある。下位校から上位校への途中転校はかなり成績がよくないと無理だが、卒業すると、一学年下がるがひとつ上位校に編入することができる。上位校から下位校に途中転校するのは、ほとんど落第が続いた場合で、VWOは二度落第が続くと、退学になって下位校に移動せざるをえなくなる。なお4年制のふたつの学校は、現在では、VMBOというひとつの学校種に統合されている。
 全く別の機会に、ドイツのハウプトシューレとオランダのLBOを訪問して、授業を見せてもらったことがあるが、このふたつは、それぞれ一番下位に位置づけられている学校であるが、雰囲気は全く違っていた。ハウプトシューレの生徒は、私たち訪問者にあっても、まったく笑顔などは見せず、授業中も活発さなど微塵もなかった。強いコンプレックスをもっていることが一目瞭然だった。しかし、オランダのLBOの生徒はとてもいきいきとしていた。ドイツでは、本人の意思よりは、成績で分けられる程度が強いために、ハウプトシューレは劣等生の集まりのように見られてしまうし、自分たちもそう感じている。しかし、オランダでは、本人の意思がより強く反映され、また、職業教育が中心のLBOでは、将来の仕事のための教育をしっかりやろうという姿勢が強く、プライドも感じさせた。尤も、そのLBOが園芸科が中心で、専門農家も参加する園芸コンテストで入賞していることや、オランダでは園芸農家は裕福であることも影響していると思われる。


       娘たちの通った公立の小学校(基礎学校)
http://wakei-education.sakura.ne.jp/asahi-net/homepage/du-tu03.htm

教育熱心のあり方
 日本人の教育熱心さについて、この通信は強調しているが、オランダ人が教育熱心ではないという意味ではない。オランダは、PISAの成績も悪くないし、理科と数学の国際テストでも上位をとっていた。ただ、熱心さが違うと思われるのは、日本人は国家が定めた基準にしたがって、学力競争に血眼をあげるのに対して、オランダ人は、自分たちの欲する教育を求めることに熱心だといえるだろう。新自由主義政策のなかで、日本でも学校選択が一部実施されていくが、あくまでも競争的な学校選択システムで、子どもだけが入試競争を強いられていた状況に、教師の競争を加えるものだったといえる。しかし、オランダの学校選択は、「100の学校があれば、100の教育がある」といわれる多様性のなかから、自分の気に入った学校を選択するのであって、そこに競争的意味はあまりない。
 ただ、労働という側面で見ると、オランダ人は怠け者で、日本人は勤勉というように見えてしまう。それは、間違っているわけではない。
 確かに、オランダ人の平均的労働時間は短く、日本人は長い。そこで、M.ウェーバーのいう「資本主義の精神」は、オランダより、日本で生きているのかなどという文章を書いたわけだが、現時点で見れば、オランダは日本よりずっと豊かな国である。わずかな労働時間でも、余裕のある生活をしている人の割合は多いと思われる。それは、短い労働時間でも、勤勉さという点では決して劣っておらず、生産性は高いということでもあるだろうし、また、無駄な部分が少ないということでもある。日本ではコンビニの24時間営業が問題となっているが、私がいた当時、オランダでは店は、ほとんど夕方には閉まっていた。オランダに行った当初は、とても不便に感じたが、慣れれば何も問題がない、むしろ、この方がゆとりができると感じたものだ。24時間あけていても、深夜の客などは、昼間よりはずっと少ないに違いない。そんな営業をしているから、人手不足が深刻になるのだ。「資本主義の精神」は、決して、労働する時間ではなく、その質や、改善精神を含むものだろう。そういう意味では、今考えれば、オランダ的生活・労働様式のほうが、ずっと合理的である。
 もうひとつ、日本では仕方ないことであるが、不動産の耐久年数という問題がある。日本の家屋はだいたい30年程度で建て替えていくが、ヨーロッパの家屋は、数百年もつ。だから、中古の住宅を購入して、20年住んで売ったとしても、ほとんど同じ値段で売れるのである。日本なら、家屋の価値はゼロだ。これは、他の中古市場にも影響して、車なども、中古の車が日本よりも高いが、しかし、それを数年使って売る場合の値段が、日本ほど下がらない。このような相違は、人為的な努力でどうにかなるというものでもないと、あきらめにも似た気持ちにならざるをえなかった。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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