オランダ留学記1992~93 3 ドイツにおけるトルコ人襲撃

 大分前に書き始め継続して書くつもりだったが、頓挫していたこの連載をまた書くことにした。今度こそは、最後までいきたいと考えている。
 前回までは、とりあえず住居に落ち着き、子どもたち二人を公立の小学校にいれつつ、オランダに留学した当初の目的である「学校選択」についての通信をだしたところまで書いた。そうして、やっと落ち着いて、学校生活の様子などを知るようになった矢先に、大きな事件がとなりのドイツで起こった。
 1989年11月10日にベルリンの壁が崩壊し、翌1990年10月3日に東西ドイツが統一された。そして、1992年の秋は、翌1993年1月1日のEU発足の直前であった。このように書くと、当時のヨーロッパが、非常に発展的で好ましい状況だったと考えがちであるが、そういう一面があると同時に、かなり緊張した事件も多発していた。東西ドイツが統一されたことは、東ドイツから大量に西に人口移動が生じたことになるし、とにかく、東ドイツは西に比較して、非常に貧しかったから、統一といっても、極めて困難な事業だったのである。そうしたことを背景に、ネオナチの勢力が増大し、各地で暴力事件を起こしていた。

 更に、1991年からユーゴ紛争が起きて、大量の難民が西ヨーロッパに押し寄せていたのである。オランダも小国であるにもかかわらず、かなり大量のユーゴ難民を受け入れていた。私の娘のバレエの先生の夫がユーゴ難民だった。もっとも、有名なバレエ教師だったので、紛争が激しくなってからの難民というわけではなかったようだが。私の近所のひとが、密かに語ってくれたことだが、オランダは小さな国なのに、難民を受け入れすぎる。大きな声ではいえないが、もっと自分たちの払った税金は、自分たちのために使ってほしいというようなことをいっていた。もちろん、当時は、そうした意見を表立っていうひとは、少なく、オランダは移民・難民受け入れの優等生と評価されていたから、難民受け入れを誇っていたのだが、10年後、再度オランダを訪れたときには、空気はすっかり変わっていたのである。
 西ドイツは、1960年代からトルコからの移民を受け入れるようになって、経済発展をとげたわけだが、当初10年の期限付きの労働者受け入れだったのが、多くが定住するようになった。やがて、西ドイツとトルコの間の協定は終了したが、ドイツ国内におけるトルコ人が多くなるにしたがって、反移民感情をもつものが、ネオナチなどに結集するようになって、各地で暴力ざたを起こすようになっていたのである。その象徴的事件が、1992年11月23日に、メルンという北部の都市で、トルコ人家族が住んでいる家に放火して、3名が焼死する事件だった。以下の写真は、その検査をする消防隊員の様子である。

https://www.ndr.de/geschichte/chronologie/Moelln-1992-Neonazis-ermorden-drei-Menschen,moelln157.html より
 オランダでは、直ちに大ニュースになり、連日テレビや新聞で報道された。一挙に反独感情が吹き出たような感じだった。オランダは、ナチスによって占領され、圧迫された歴史があり、まだ記憶に新しい。当時のベアトリクス女王の夫は、ドイツ人だったために、国民からさまざまな反感感情をもたれ、精神的な疾患にかかっていたことも、国民には周知のことだった。そして、ナチス占領下で隠れ家に数年間隠れ住み、ついに発見されて収容所にいれられ、そこで死んだアンネ・フランクは、オランダの人権擁護の闘いの象徴になっている。そのため、ドイツで起きた明らかな反人権、民族差別的な殺害事件に対して、オランダでは強烈なドイツ批判が起こったわけである。
 私は、できるだけ各国の論調を知るために、いろいろな新聞を買いあさり、毎日読みふけった。
 オランダは、ドイツ批判がほとんどであり、ドイツでは、やはり反省の色調が濃厚で、そうした民族差別を乗り越えなければならない、という運動を各地で盛り上がり、そうした報道も盛んに行われた。そして、ニフティの会議室に、報告を送ったのだが、直接引用すると、極めて長いため、リンクを貼っておくので、ぜひそちらで読んでいただきたい。
 
 今、考えると、この事件は、大きな分岐点となったような気がする。いわゆるポピュリズムが政治の表舞台に大きく登場するのは21世紀になってからであるが、1990年代は、その下地が形成されていった時期であると考えられるのである。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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