伊藤詩織氏が自らの性被害の経験を映画として制作し、日本以外の数十カ国で上映されているにもかかわらず、日本での上映が困難となっていることについての議論がなされている。私自身は、この映画をみていないし、また、詳細を追いかけているわけでもないが、極めて重大な論点があるので、考えてみたいとおもった。
事態がジャーナリスティックに大きな話題となったのは、以前から問題になっていた、この映画における「情報許諾」について、許諾を受けていないという批判記事を書いた望月氏を、伊藤氏が名誉毀損で提訴すると公表したことがきっかけとなったように、私には思われる。私自身が、それ以前の状況について、ほとんど知らなかったということもあるかもしれない。
そして、伊藤氏の性加害訴訟で弁護団を組んでいた弁護士たちが、この映画の許諾問題で、伊藤氏と袂を分かち、批判の側になっており、記者会見を開いた。時間差で伊藤氏側も同じ場所で記者会見を開くはずだったが、体調不良を理由に欠席し、伊藤氏側に不利な状況になっているように感じる。
しかし、双方の主張をみなければわかならないし、また、この元になった事件をどのように解釈するかで、この件の考え方に相異がでるようにも思った。
まず確認しておくべきは、情報提供者への許諾は、主に3つの内容があるようだ。
・伊藤氏がホテルに連れて行かれる防犯映像を、ホテルが裁判のみ使用という理由で提供したものを、映画に組みこんでいる。
・伊藤氏と加害者が乗ったタクシーの運転手からの提供データ(ドライブレコーダーだろう)
・捜査状況を説明した警察との対話を録音したデータ(伊藤氏は、事件後、自分の訴えが認められないことのないように、常に録音・録画をしていたという)
この許諾及び使用状況については、双方に食い違いがある。
さて、本来の事件の本質は何かという点だが、これは、単なる伊藤氏がうけた性被害事件ではなく、加害者が安倍晋三首相(当時)の熱烈な支持者であったために、当時の警察が加害者を逮捕寸前のところで、ある警視庁幹部が逮捕をやめさせ、事件のもみ消しをはかったという点がある。
伊藤氏を批判する側は、この事件を性被害事件として捉え、訴訟で伊藤氏の主張が認められたのだから、それを更に、許諾のないデータを使用してまで、映画を作成する必要はないではないか、という趣旨が強く感じられる。しかし、警察のもみ消し工作を重大視する立場からみると、裁判で認められたから充分であるとはとうていいえない。
ホテル提供の映像は、そういう意味では、これほど明確な証拠があるにもかかわらず、警察はもみ消しをはかったのだ、という、かなり決定的な証拠を提示することになり、おそらく伊藤氏側としては、絶対に不可欠な要素だったのだと考えられる。
それに対して、ホテル側や元弁護団は、こうした公表をされてしまうと、今後、犯人を特定するような映像があったとしても、提供できなくなる、と主張しているが、それはどうなのだろうか。ホテル側には、ホテル側としての立場があるだろうから、最大限、相互の同意をえるべく努力をすべきであったろうが、そもそも、こういう防犯カメラは何のためにあるのか、といえば、当然、犯罪の抑止のためであり、また、実際に犯罪がおこなわれてしまった場合には、犯人逮捕に活用するためである。だから、防犯カメラの映像は、犯罪がおこなわれた場合には、テレビなどでも頻繁に放映されている。つまり、公表される場合があることは、前提となって設置されているのであろう。その場合でも警察のチェックで速やかに犯人が逮捕されるならばよいだろうが、犯人が逃走した場合には、一般市民の協力をえるために、テレビ等で公表されるわけである。
したがって、この事例のために、今後防犯カメラ映像の提出が困難になるというのは、あまり納得できる議論ではない。
警官の電話録音については、伊藤氏代理人は、伊藤氏に逮捕状が執行されなかったので諦めるように、という電話だったのであり、もみ消しのためのものだったということで、社会に示すほうが公益であるという主張をしている。この点については、私は納得できる。
タクシードライバーについては、とくに伊藤氏代理人はコメントがなく、ホテル映像もふくめて、必要な修正(モザイク等)をしてあるし、また、今後追加的におこなうとしていることにふくまれているのだろう。
以上、事件の本質という点から、伊藤氏代理人の主張は、概ね受け入れられるものだったと、私には思われた。
ただし、本来、強い味方であるはずの望月氏のような人を提訴するというのは、ジャーナリストとしては、批判されるべきだろう。ジャーナリストは、弁論の場をもっている人たちなのだから、名誉毀損などを根拠とした訴訟は、よほどのことがない限りすべきではない。これは、私の時論でもある。
なお伊藤氏代理人の説明はhttps://d4p.world/30737/
元弁護団の主張の紹介は、多数の大手メディアにあるので、適宜参照してほしい。