ジャニーズと旧ソ連の人材育成システムの類似性を考える

 芸能界にはまったく興味のない私だが、ジャニーズ問題は、まったく別の観点で非常に興味がある。そのなかでも、ジャニーズでは、所属タレントが取り分が25%だということに驚いた人が多い。出演料として受けとった分の半分を、経費として事務所がとり、残りを折半するというのだから、驚いてしまう。もちろん、さまざまな支援があるとしても、実際に仕事をして報酬を得るのは、タレント自身であるし、また、タレントに価値を認めるから採用した企業は高いお金を払うのだろう。

 もっとも、これほど極端ではないにしても、日本の芸能事務所の多くは、所属タレントにわたす割合が少なく、かつ、仕事がある限り、限界近くまで仕事をさせるといわれている。なぜ、こういうことがおきるのか、タレント自身がそれを認めてしまうのか。それは、多くの事務所が養成機関を兼ねているからだろうといわれている。まだまったく無名であったり、あるいは小さい頃から抱え込み、歌や踊りのレッスンをさせる。そうして、育ってくると売り出すという仕組みをとっている事務所が多い。そして、重要なことは、レッスンがほぼ無料あるいはそれに近い料金で提供されていることだ。もちろん、誰でもというわけにはいかないだろう。事務所なりの基準にしたがって選抜が行われ、才能があると思われる者にたいしてレッスンをして、育てていく。だから、実際に開花して仕事ができるようになっても、事務所のいいなりにならざるをえないわけであろう。
 
 これは、私などの世代にとっては、ソ連などの旧社会主義国家のとっていた、ある種の分野の人材育成を思い出させるのである。
 旧ソ連では、音楽家やバレリーナ、そしてスポーツ選手で秀でた人材が次から次へと育っていた。それは、小さいころに才能を見出し、ほとんど無料で優秀な教師たちが教えていたからである。有名なバレエ学校であったレニングラードのバレエ学校(現在はペテルスブルグ)では、子ども自身の身体能力や身体的特徴だけではなく、祖母にまでさかのぼって徹底した調査が行われ、そこで選抜された子どもたちが、全生活をバレエ中心に送る。そういう中で訓練されるわけである。才能ある者が厳格に選ばれて、優れた教師が教えるのだから、育つ確率が高いことは当然であろう。しかし、その後のダンサーとしての活動は、国家によって決められる。自由に海外で公演できるわけではなく、海外公演には、国家から監視する者がついていく。もちろん、そうした体制に順応していく人たちも多いだろうが、海外での活動をして、より自由に活躍したいと思う者は、当然不満がたまることになり、そのなかから、亡命するひともでてくるわけだ。
 そうした典型的な人物が、現在は指揮者として活動しているが、元来はピアニストだったアシュケナージである。アシュケナージは、小さいころからピアノの才能を発揮し、当然優秀な指導者につく。自身の回想として、先生からいわれたことで、できなかったことはなかったというから、稀にみる才能だったわけだ。
 奇妙なことに、18歳で出場したショパン・コンクールで、多くのひとが、優勝するのは彼だと思われていたのに、2位になる。このとき、世界的なピアニストで審査員だったミケランジェリが抗議のために審査員をやめたと記憶している。そのとき優勝したのが、ポーランド人のハラシェビッチだった。ところが、これには裏があって、当時のショパン・コンクールは、主な入賞者はあらかじめ決められていたというのである。決めていたのは、ソ連のピアノの重鎮たちの団体ということだ。おそらく、ポーランドの意向で、ハラシェビッチを優勝させてあげることが、政治的に必要だと判断したために、ここは、ゆずって、その代わり、創設が予定されていたソ連のチャイコフスキー・コンクールでアシュケナージを優勝させるという筋書きが決められていたという。事実アシュケナージはチャイコフスキーコンクールで優勝する。
 かなり前のことだが、アシュケナージの本を読んだことがある。手もとにないので詳細は忘れてしまった。自分で書いたものか、他人が書いたものかもあやふやだが、鮮明に覚えているのは、亡命したときのことだ。とにかく、アシュケナージは、まだ若かったにもかかわらず、海外でも有名になっているから、欧米からの招待も多かった。ところが、かならず2名のKGBの要員が監視役としてついてくるわけだ。それだけでも、非常な不快だろうが、それはまた、彼の活動に関する国家そのものの干渉の結果なのである。つまり、海外での活動を認められているとしても、国内でのさまざまな義務的な演奏をしなければならないわけである。さらに、非常に真摯で勉強家だった彼には、ソ連で育った音楽家としての感覚が、ベートーヴェン等の西欧の音楽を正しく演奏することについては、かなり不充分な点があることも自覚したようだ。それで、亡命に踏み切るわけだが、それは決死の覚悟が必要な、冒険なわけである。常にKGBの身辺警護(監視)がついているのだから、綿密な計画をたてて、一瞬の隙をついて、他国の大使館に逃げこむわけだ。そういう緊迫した実行の様子が、詳細に描かれていたように思う。
 似たような亡命劇は、バレエダンサーのバリシニコフの回想録にもある。
 このことがあらわしているのは、どういうことか。才能を開花させるシステムと、才能が活躍するシステムは、なかなか予定調和にはならないということだ。才能ある者が優れた指導者によって訓練されることが必要である。才能ある子どもは、選抜し、さらに訓練のなかで淘汰されていくことになるが、優れた指導者は、極めて少ない。したがって、かなり生徒をしぼる必要がある。もちろん、優れた指導者は、それにふさわしい待遇をうけることが必要だ。しかし、才能ある子どもの家庭が資力があるとは限らない。才能を発掘するためには、訓練の経済的負担がないことがベストである。ただし、そうして育てた才能を、活用することは、負担をした者が行うというのは、避けられないことだろう。
 こういうシステムが、才能を必要とする分野で、ソ連で行われていた。最近のロシアで弱くなっているかもしれないが、中国もそうだった。しかし、ソ連では、亡命という代償を避けられなかったのである。
 子どもからのときトレーニングをはじめ、ジャニー氏が才能を見極め、そして、認めたものを売り出し、こき使う。だが、なかには、耐えられなくなって、完全に干されることを覚悟で辞めていく者もいる。ジャニーズは、小型ソ連の才能育成、活用システムともいえるのではないか。
 
 それにたいして、アメリカ型の才能訓練のシステムは、かなり違う。アメリカは、国家が無料で才能ある者を訓練して、売り出すようなことはまったくない。だから、育成にかなりの費用がかかる分野では、やはり、ある程度裕福な家庭の出身であるか、たまたま援助団体の支援を受けられるか、という条件の下で、才能が開花していく。育成に経済力が必要な分野ほど、マイノリティ出身者が少ない。音楽の世界では、弦楽器などは、非常な高額な楽器を必要とするから、黒人の世界的なバイオリニストは、ほとんどいない。しかし、楽器を必要としない歌手は、これまで多数の世界的なオペラ歌手を生んでいる。民間の援助システムが発達しているから、まずしいから絶対に才能を開花させることが不可能だというわけではないが、ハンディがあることは疑いようがない。
 
 では、どちらのシステムがよりよいのだろうか。
 私は、基本的にソ連型、そしてジャニーズ型の人材育成は、大きな問題があり、必ずトラブルをひき起こすものだと考える。才能の開花に権力的要素が絡むのは、よいシステムではない。ジャニーズは国家権力ではないが、権力を行使する団体であったことは、周知のことだ。
 現在の問題を考えてみる。
 ジャニーズの事務所問題として、マネージメント契約とエイジェント契約があり、大多数の日本の芸能事務所はマネージメント契約であるが、エイジェント契約に移行すべきであり、再生されるはずのジャニーズ事務所もエイジェント契約と形をとるとされている。しかし、肝心の、つまり、ジャニーズのタレントが一種の奴隷状態に近いことを強要された源泉である養成機関の問題は、ほとんど議論されていないように思われる。ジャニーズ系の養成機関であるジャニーズ・アイランドの問題である。あまり詳しくないので、断定することはできないが、マネージメント方式の契約をしているより、事務所自身でタレントの養成をしていることのほうが、タレントの状況を悪くしているように思われる。名前の変更が問題になっているが(現時点で変更なし)もし無料でレッスンをするとしたら、当然デビューしたときには、そのときの資金を回収することは当然のことだからである。それはソ連が、大成した芸術家を国家の目的にそって演奏会を組織したことと、基本的には同じである。また、ジャニーズ・アイランドを卒業すると、自動的にジャニーズ事務所に採用されるという筋道があるとしたら、そういうシステムも問題をひき起こすに違いないと思われる。もっとも、ジャニーズの新会社がエイジェット契約をする組織になるというのだから、その関係は変っていくのだろうとは思われるが。
 学校教育のように義務化されている場合は別として、固有な領域の教育は、基本的には自己負担をすることが、自身の才能の活用にも必要だということだろう。才能をみこんで資金や指導をあたえるものがあっても、その後はまったく拘束しないということは、極めて稀なことではないだろうか。そういう意味では、多くの場合、自由=自律であろう。
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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