世の中にはいろいろと不思議なことがあるものだ。
最近急に話題が大きくなったエプスタイン問題だが、私が非常に不思議に思っているのは、彼の「死」である。表向きには、刑務所での自殺ということになっているが、いくらなんでも不思議すぎる状況が重なっている。二人部屋だったらしいが、丁度その時間帯には、同部屋の囚人が不在にしていた。見回りの監視役がしばらく見回っていなかった、監視カメラが作動していなかった、その間隙に自ら死んだというのだ。あまりに都合がよすぎるのか、悪すぎるのか。この不自然さに、当然自殺ではなかったという説が強く信じられている。ところが、その説といっても真逆の2説がある。
ひとつは、自殺ではなく殺人であるという説。エプスタインが生きていたら何をいうかわからない、言われたら困ることがある、世界の有力者たちが多数存在しているわけだから、口封じのために殺した、というのは、いかにもありそうなことだ。権力者や莫大な資産家たちがそろっているのだから、なんらかの工作をすることは可能だろう。少なくとも自殺説よりは、ずっとありそうな話だ。
逆の説は、逃亡させたというもので、極論は現在でも密かに生きているという説だ。エプスタイン自身が莫大な資産家だから、いろいろと買収して、あるいは、助けてくれたら、情報を開示しないでおくが、そうでなければ、刑務所からでも情報を発信できるぞ、と脅すことも可能だろう。だから、うまく代わりの死体を見つけて、自殺にみせかけ、逃亡させたという説だ。これは、殺人説よりは可能性が低いがありえないことではない。
いずれにせよ、自殺はあまりありそうにないように思うのである。その根拠は、あのような悪人、世界中の要人を相手に、あれだけの悪事をした人物が、刑務所に入っただけで自ら死を選ぶとは思えないのである。なんとしてでも生き残ってふたたび活動するという意思を捨てないのではないだろうか。もし生存説が正しかった場合だけ、今後なにか「変化」があるだろう。
第二の不思議は、日本の右翼・保守政治家の「男系・男子」派たちの感覚だ。なぜ、そのようなおかしな考えを信奉し続けられるか不思議なのである。
まず、事実認識が、少しでも歴史を勉強すれば、間違っていることがわかることだ。「男系・男子」による継承が、日本の伝統であるいうが、これは誰でも知っているように、明治政府が決めたルールにほかならず、実際に女性天皇が存在した。それに厳密にいえば、昔、とくに平安時代などは、父親が厳密にだれであるかなどは、わからない事例もあったはずである。源氏物語に、藤壺と光源氏の間にできた子どもを、桐壺帝は自分の子どもであると信じていたという話がでてくるが、絶対にありえないような話であれば、そうした筋にはしないだろう。当時の結婚形態から考えれば、実はいくらでもあったのではないだろうかと思うのである。つまり、男系で継承したといっても、本当である証拠などはないのである。まして、女性天皇がいた以上、男系「男子」という伝統などなかったことは、子どもでもわかる話だ。Y染色体などという話を、まじめにしているのをみると、薄気味悪くさえなる。
もし、彼らが本当に「男系」であることが大事であると思っているのであれば、現在秋篠宮につきまとっている、上皇の子どもではないのではないか、という世間の噂話にたいして、そして、DNA鑑定の要求にたいして、男系・男子派のひとたちこそ、鑑定の実施を強く要求すべきであると思われるのだが、なぜかそうした要請がなされているようにも思えない。彼らは、まったく素朴に、100%、上皇・秋篠宮の親子関係を信じきっているのだろうか。これこそ、男系・男子以前の「血統」の問題である。確実性がほしくないのか。
次に、男系男子の継承が、なぜ彼らにとって、好都合・有利なことであるのか、ということがよくわからないのである。現在、愛子内親王に天皇になってほしいと願っている国民が90%に達しているというのは、天皇は諸外国との皇室外交の責任者であり、外国との積極的な関係を保持できることが、天皇の能力や資質に大きく影響され、そうした能力・資質を愛子内親王は間違いなく相当なレベルでもち、かつ努力もしているから、日本という国家にとって、不可欠ともいうべき人材であるのにたいして、秋篠宮一家は、外交上数々の失態をして、外国の信頼を損なってきたという事実があり、とくにこれまでの国民の前にあらわれた悠仁親王は、とても皇室外交の担い手になれる人物ではなさそうだ、つまり、「男系・男子」を実施したら、日本にとって、著しく不利な状況が生れるという、強い認識があるわけだ。右翼や保守は通常「愛国者」だと考えられているが、日本の国益に反する人選をすることが、「愛国者」の本意なのだろうかということだ。
高市自民党の圧勝した選挙後の国会で、代表質問で自民党議員が、「男系・男子」の継承が自民党の公約であるから、それを守れという見解をのべ、それに高市首相は、肯定的に答えていた。秋篠宮・悠仁親王という現在の皇位継承は維持すると明言したのだが、それは、当然、愛子天皇を潰すということを意味する。皇室典範の改訂で、内親王が結婚後も皇室に残るというように変えても、それはまったく変わらないのである。日本初の女性総理大臣が、女性天皇を事実上望まないというのも、不思議な話だ。
さらに、ここは明確にしておくべきだろうし、情報開示が必要なことだと思うが、悠仁親王は天皇にはなれないと主張するひとたちがいる。その根拠は、彼が完全な健康体ではないということにある。ずっと、悠仁親王が極めて優秀な人物であることが広報されてきており、何かのニュースでも常にそのことが強調されるが、しかし、そうした優秀さを明確に示す場面の映像は、これまで公開されたことが一切ない。本当に優秀であれば、どんどんそうした映像を流すのではないだろうか。実像を示さないことは、示せない事実があるということだろう。それはネット上ではさまざまに憶測されているが、状況から考えて、神経的な問題と、聴覚の問題があるのではないかと強く思わせる。皇室典範の規定によって、そうした疾患を抱えている者は天皇にはなれないのである。
実際に、高市首相がどのように今後政策を打ち出していくのかは、今回の国会答弁だけではわからないが、もし秋篠宮家に皇統が移るのならば、彼らに天皇という激務をこなす力はないし、また国民、そして国際的な信用がないから、天皇というシステムは維持できなくなるに違いない。天皇制自体が崩壊する可能性が高い。それを望むひとたちもいるだろう。そのことは、ほぼ確実なことである。