韓国人の金メダルに自国民が非難?

 韓国人が、ミラノのオリンピックのスノーボードで金メダルをとり、雪上種目での初の金メダルということで、歓喜に包まれたが、金持ちだからとれたという非難もあったということで、話題になっているそうだ。以下の記事に書かれている。「韓国社会に映る「出自重視の構造」…スノボ金メダリストを巡る家柄論争と称賛の行方」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e2406403436ab1f9f66188de9760d7d1178e923
 もっともこの記事では、金持ちといってもどの程度なのか、また、指導環境などがどうだったのか、などということは、ほとんど触れられておらず、金持ちとされる理由は、どうやら高額なマンションに住んでいるということらしい。金メダルをとったが、「金持ちだからだろう」という非難めいた言論がおきるというのは、日本ではほとんどみられない現象なので、少々驚いた。アメリカ大リーグのドジャースが、金満球団だから勝てると非難があるのと似ているのかも知れない。もちろん、お金があるから勝てるわけではない、お金があっても勝てない球団があるではないか、というのが、ドジャース支持からの反論だが、この記事でも、そういう反論を紹介している。
 スポーツとクラショック音楽の奏者は、極めて高い本物の能力・技術をもっていなければ、栄光を勝ち取ることはできないし、さらに、最大限の努力も必要だ。そして、多くの場合、支える環境・条件も必要とされるだろう。才能や努力は、誰も否定しないだろうし、それが絶対不可欠である条件であることも明らかだが、支える環境・条件は、種目や領域によって、微妙に異なる。スポーツの場合、金持ちの子どもであることが有利になるスポーツばかりではない。
 ハングリー・スポーツといわれるものがあるが、これはむしろ貧しい人のほうが、トップにいく人が多い。代表的なものはボクシングだろう。私は詳しくはないが、富豪の子どもが、ボクシングチャンピョンになるというのは、ほとんどないのではなかろうか。富豪の子どもで、趣味でボクシングをやる人はいるかも知れないが、プロになって王者になろうとはしないだろう。お金があれば、もっと高価な道具などを使うスポーツを好みそうだ。
 このように、極めてハードな努力が必要であり、かつ技術の高さが可視化されるスポーツや演奏家は、親が同じ領域の優秀な人であれば、ある程度の有利な条件となる。しかし、親子二代でトップクラスという人は、極めて少ない。それほど「努力」の要素が強いからだろう。だから、金メダルをとった人には、その努力をたたえるのが、素直な反応だろう。金持ちだから、という反応は、私には理解しがたい。日本のプロ野球でいえば、長嶋と野村の息子は、プロ野球に挑戦したが、ふたりとも、レギュラーすら確保できなかったのである。彼らは、野球が上達する条件はこの上なく有利なものだったのに。
 他方、親が指導者であることが、絶対的に有利なものもある。それは、バイリオンだ。世界のトップバイオリニストは、ほぼ例外なく親のどちらかがバイオリニストである。日本で、世界のトップといえるのは、Midori とHimari だろうが、ともに母親がバイオリニストである。世界のトップ奏者になるためには、幼少のころから激しい練習が必要だが、子どもにとって、(大人でもそうだが)バイリオンを弾くという行為は、身体的に非常に無理があるし、小さな子どもにとって、バイオリンの音は貧弱で惹かれるものではない。間違った姿勢にならないように、常に正しく指導し、かつチェックできる人が必要なのである。だから、親が指導できる状況が、極めて重要になる。だが、バイオリンは例外的な楽器だと思う。ほかのひとたちと一緒にやっているうちに上達していくというもののほうが多いだろう。
 やはり決定的なのは、本人の努力である。どんなに才能があっても、何度も壁にぶつかるし、それを乗り越えるためには、本人の強い意思が必要だ。弦楽器やピアノであれば、かなり高額な楽器が必要となるが、スポーツの場合には、スポーツ自体に莫大な費用がかかるものは、極めて少ないに違いないし、スノーボードがそうであるとも思えない。
 日本のテレビは、不当なことに、外国人の優れた演技をほとんど紹介しないから、スノーボードの日本人の演技はみたが、その韓国人の演技はみていない。しかし、みれば、率直に、その演技に感心するだろうし、そこに至る努力に敬意を払うだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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