ジョージ・セル 二度と現れない指揮者・おっかないオーケストラ・ビルダー

 以前は躊躇していたが、ジョージ・セルのコンプリートが再入荷したというので、またまた無くなると入手できなくなる恐れがあると思い、購入した。セルのCDはあまりもっておらず、ベートーヴェンの交響曲全集、フライシャーとのコンチェルト集くらいだった。LPでは、フルニエとの共演のドボルザークのチェロ協奏曲とスラブ舞曲集があった。もちろん、セルは優れた指揮者であることはわかっていたが、ワルターやカラヤンを優先していた。残念ながら、コンプリートのなかにオペラはまったく入っていない。EMI系でもいれてないから、オペラの全曲録音はしていないのだろう。戦前ヨーロッパで育った指揮者だから、オペラをやらないはずはない。オペラの録音があれば、もっと買い集めていたかも知れない。
 
 さて、セルは20世紀後半を代表する指揮者のひとりだと思うが、極めて個性的な指揮者だったと思う。それは、音楽が独特という意味ではない。セルの指揮は、これまで接してきた限りでは、いわゆるオーソドックスな解釈で、後任のマゼールのような突飛な解釈をすることは、ほとんどなかったと思う。あるべき形で演奏され、それが最高の効果を発揮していたといっていいだろう。だから、どんな曲でも、安心して聴ける。だから、指揮者セルの特徴というと、音楽よりは、まず付随的なことが語られてきた。

 その第一が、「おっかない」ということだ。フルニエとのドボルザークのジャケットの解説に、ベルリンフィル団員の言葉が紹介されていて、「今第三帝国はセルのところに生きている」というのだ。カラヤンによって徹底的にしごかれていたのに、ベルリンフィルのメンバーが、セルの厳しさをこのように譬えていたわけだ。コンプリートにはたくさんの写真がブックレットに掲載されているが、笑っている顔もあるが、多くは厳しい表情をしている。
 しかし、リハーサルをいくつか聴いてみたが、実に和やかに進んでいる。マーラーの交響曲6番のリハーサルはほんのわずかだが、何度もオケのメンバーの爆笑が起こっている。自分の解釈を徹底させることに厳しいのは、優れた指揮者にとって当たり前のことだから、そのことでおっかない指揮者と言われるわけではないだろう。
 おっかなさの最大の理由は、セルがクリーブランド・オーケストラの常任になってから、レベルの低い団員をどんどん解雇して、数年間で3分の1ほどが入れ代わってしまったという。正確な数字ではないかも知れないが、大幅に入れ換えをしたことは事実だろう。アメリカの常任指揮者には、そうした権限が与えられることがあった。短期間で、オーケストラの水準を引き上げたという逸話は、アメリカの場合よくあるが、こうした人事権があることが大きい。いくら指導力があっても、指揮者は楽器を演奏するわけではないし、すべての楽器の性能を知り尽くしているわけでもない。いくら指揮者の要求に合わなくても、楽器については、奏者のほうがよく知っている。だから、指揮者の力量が、あまり上手ではないオーケストラが、数年間で優れた技術をもったオーケストラに生まれ変わることなどありえないのだ。そういう部分がかなりあるとしても、メンバーが入れ代わってこそだ。だから、カラヤンがベルリン・フィルをカラヤン流に水準を引き上げるには、ずいぶん時間がかかっている。1955年に引き継いだベルリン・フィルだが、全盛期と言われるようになったのは1970年代である。カラヤンには団員をやめさせる権限はなかった。だから、技術の高くない団員が定年で辞め、新しく優秀な団員を採用することで、少しずつ入れ代わるのを待つ必要があったのである。
 
 第二の特質につながるが、人事権が背景としてあったとはいえ、セルが稀代のオーケストラ・ビルダーであったことも間違いない。カラヤン、オーマンディ、ライナー、ショルティなどと並ぶといえる。彼らの共通の特質は耳が抜群に優れているということだ。そして、興味深いのは、カラヤン以外の4人がすべてハンガリー人ということだ。ハンガリーの指揮者は耳がいいというのは、多くの人が認めているのだが、その理由は、ハンガリー語にあると思われている。ハンガリー語は母音が14あるそうで、母音が実に微妙な差で区分されており、小さいころから、音の微妙な変化を聞き分け、発音することを訓練される。それが、音楽的な耳につながっていくのだろう。
 オーケストラ・ビルダーということでもう少し考えていくと、最近の指揮者には、そう言われる人がほとんどいないことに気がつく。しかし、上記の人たちに比較して、現在の指揮者たちが、劣っているとはいえない。また、彼らと同世代で、指揮者として優れていても、オーケストラ・ビルダーとは見なされていないひとたちも多い。バーンスタインなどだ。バーンスタインの下で、ニューヨーク・フィルは下手になったという人すらいる。実は、オーケストラ・ビルダーが活躍した時代というのは、20世紀後半の1980年代くらいまでなのだ。それにはいくつかの理由がある。
・その時代、アメリカの音楽監督には、オーケストラ団員の人事権がある場合があった。しかし、オーケストラの組合が強くなり、音楽監督といえども、個人の好みで団員を解雇することはできなくなっている。
・戦後レコードからCDへと録音が盛んになり、生よりも、録音でクラシック音楽を楽しむ場合が多くなった。そして、オーケストラもレコードを販売できるところが高く評価され、そこに優秀な奏者が集まった。録音は、何度もチェックしながら行われるし、また、録音されたものを聴きかえすことなどで、技術水準を向上させるのに有効だった。
・1960年くらいまでは、オーケストラ団員の供給が必ずしも多くなく、高い教育を受けた者ばかりではなかったが、次第に、音大を優秀な成績で卒業するだけではなく、コンクールに上位で入賞するほどでないと採用されないようになっていき、最初から団員の技術が高いものになっていった。現在のプロ・オーケストラは国際的にみても、どこでも高い技術をもっている。だから、指揮者が訓練して鍛える必要がなく、指揮者は、最初から技術的問題を考慮せず、音楽解釈の調整に集中することができる。つまり、ビルドの必要がなくなっているのである。
 逆にいうと、セルが優れたオーケストラ・ビルダーでありえたのは、こうした時代背景があったからなのだ。
 
 セルの音楽的特質についても、集中して聴いて、感じたことがある。
 筋肉質な音楽ということだ。完璧に整えられ、そこに均整のとれた美がつまっている。ミケランジェロのダビデ像のようなイメージだ。
 しかし、均整がとれている表現よりも、揺れや、極端にいえば崩れが必要な音楽には向いていないように感じる。例えば、静かな、ゆっくりした部分から次第に早くなって劇的になるような音楽。ベートーヴェンのエグモント序曲や、全体がきっちり演奏されるとつまらないシューマンのマンフレッド序曲などだ。コンプリートにはマンフレッド序曲があるので、聴いてみたが、やはり、曲の魅力を感じさせない。昔、セルのこの曲のレビューで、「マンフレッド序曲って、曲のよさがさっぱりわからない」という文章があった。セルが曲の魅力を引き出していないのだと思っていたが、やはり、そうなのだ。もっとも、マンフレッド序曲の魅力を引き出しているのは、フルトヴェングラーだけだから、セルの演奏が酷いというわけではない。
 youtubeには、映像もけっこうあるので、しばらくはセル漬けになりそうだ。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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