モーツァルトP協23番聴き比べ

 まだ大学に勤めていた頃、同僚と音楽の話をしていたところ、(彼は学生時代大学オケでバイオリンを弾いていた)モーツァルトのピアノ協奏曲23番の話になり、彼は一番好きな曲でバレンボイムの演奏が気に入っていると話していた。私も23番は、モーツァルトのピアノ協奏曲のなかで、最高傑作だと思っていたのだが、私が普段聴いているのはポリーニとベームの共演のCDとDVDであり、バレンボイムはもっていなかったので、あまり深く掘りさげた話にはならなかった。
 その頃、まだ私はバレンボイムに対するある種の偏見というか、どうしても好きになれないところがあった。それは、別にバレンボイムに責任があることではないのだが、チェロをやっている私にとっては、アイドルそのものであるデュ・プレが、20代で難病を罹患して、早くなくなったのは、バレンボイムと結婚したからだと思っていたし、いまでも思っている。というのは、バレンボイムはいわばナポレオン的天才で、常人が日常生活をともにすることは、難しいのである。ナポレオン的というのは、彼らは一日3時間の睡眠で充分という点にある。バレンボイムはピアニストとしても一流で、指揮者としても一流だ。指揮者の多くはピアノも上手だが、そういうレベルではなく、完全にトップクラスのピアニストとして活動している上に、指揮者としても、複数のトップオーケストラや歌劇場の音楽監督を同時にこなすという、まさしく超人的な活躍をしていた人である。3時間の睡眠で足りるということが、この二刀流を可能にしていたのだろう。そこで、デュ・プレは結婚生活を始めたわけだが、同業者であったし、共演も頻繁に行っていたから、バレンボイムの生活スタイルに当然影響され、極度の睡眠不足に陥ったのではないかと、私は想像している。そして、あの難病にかかってのではないか。だから、彼と結婚しなければ、もっと健康でいられたのではないかと、私は確信している。
 しかし、そのうち、やはり、バレンボイムの人並はずれた才能は認めざるをえないし、いろいろとCDも購入して、いろいろと聴くようになった。そして、評判のモーツァルトのピアノ協奏曲全集を買って聴いてみたわけだ。
 せっかくなので、所有しているアシュケナージ、ブレンデル、ポリーニの23番で聴き比べをしてみた。いずれも文字通りの名演奏であり、優劣をつけがたいものだ。
 まずバレンボイムを聴いた。指揮も当然自分で行っている。オケはイギリス室内オーケストラだ。初めて聴く演奏だったが、非常に個性的なモーツァルトだと思った。味付けの濃い演奏で、極端なピアノで演奏したかと思うと、2楽章で、モーツァルトらしくないアタックがある。もっとも、最近古楽演奏ではフォルテの強調などはめずらしくはないが、ただ、バレンボイムは古楽スタイルとは、いまでももっとも遠いところにいる指揮者だ。
 つぎにブレンデル。指揮はネヴィル・マリナーで、アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールド。モーツァルト全集にあるものだ。ともにモーツァルトの大家であり、極めて安心して聴ける、いい意味で標準的な、あるいは模範的な演奏だ。とくに個性的味をだそうという意識はなく、ただただモーツァルトの音楽に奉仕することだけを意図しているような演奏と感じる。ただ、この中では、それ以上の魅力はあまり感じなかった。
 そしてポリーニ。唯一鬼籍にはいってしまった。だが、この演奏は、まだ若い、全盛時代の演奏で、当時ベームはピアノ協奏曲は、ポリーニとのみ演奏していたと思う。ベートーヴェンの全集は、ベームが亡くなってしまったので、ヨッフムが引き継いで完成されたから、ベーム最晩年のレコードである。まずは、オーケストラの重々しくはないが、重厚で充実した音楽で始まる。ポリーニのピアノは、ベームの支えにのって、安心して音楽に浸っているという感じである。超絶技巧の曲ではないので、前後に発売されたポリーニのレコードに比較して、何か物足りなさを感じる人も少なくない演奏だが、充実した演奏だ。実は、たしかザルツブルグ音楽祭での実演をラジオで聴いたことがあるのだが、これは、非常に面白い経験をした演奏だった。当時ベームは相当な高齢だったから、演奏中うとうとすることが珍しくなかったらしく、この曲の途中で、すごくオーケストラがだれた感じになって、テンポが緩み始めたのだ。そのとき、ポリーニが楽譜にはない大きなフォルテを一括するように弾いたのだ。おそらく、そこでベームはうとうとから目がさめ、ペースを取り戻したようだった。
 最後にアシュケナージだ。オケはフィルハーモニア・オーケストラでアシュケナージが指揮もやっている。この演奏、あまり評価が高くないようだが、私は、もっとも気に入った演奏だ。まずオーケストラが、ベームのようなりっぱなものではないが、非常に美しく鳴っている。さすがに室内オーケストラとは、響きの質が違う。そして、ピアノの音もさすがにアシュケナージで、とても美しい。デッカなので、録音も優れているからかも知れない。2楽章などは、本当に美しい演奏だ。
 結論は、モーツァルトの名曲中の名曲であり、4人は時代を代表するピアニストなので、どれもすばらしい演奏であり、曲自体が演奏スタイルを形成しているから、各人の演奏にそれほど違いがあるわけではない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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