昨日(1月23日)、東京都交響楽団の定期演奏会を聴いてきた。指揮者は、4月から首席客演指揮者になるというダニエーレ・ルスティオーニという人で、私はもちろん初めて聴いた指揮者で、名前も初めて知った。曲目は、このようなプロオーケストラでは、滅多にないようなものだった。前半はベルディの序曲(運命の力・シチリア島の夕べの祈り)とバレー音楽(マクベスとオテロ)、そして後半はすべて序曲・前奏曲(リエンツィ、タンホイザー、ローエングリン、ニュルンベルクのマイスタージンガー)だった。こういう曲目は、通常名曲コンサートのようなところで演奏されると思うから、率直に驚いた。
ルスティオーニは、イタリア・ミラノの生れというのだから、当然オペラには子どものころから親しんでいただろうし、事実、各地のオペラ劇場で指揮をしているそうだ。そのことを考えると、このプログラムは、自信をもって自分の実力を示したいということだったかも知れない。
演奏は全体として、きりっと締まった、速めのテンポを維持し、強調したいところにくると、身体全体で曲想を示すような指揮ぶりで、とてもわかりやすかった。ベルディ特有の激情と慰安の交代がとても自然で、オーケストラを完全に統率していた。ワーグナーも似たようなアプローチで、巨匠風のゆったりした、巨大なワーグナー像とはまったく違う、きびきびした進行で、引き込まれる感じだった。
「運命の力」は、とくに主部にはいって、弦楽器が主題を奏でるのだが、細かい強弱がつけられ、それが非常に説得力があった。強烈なクレッシェンドのとき、指揮者がそれを引きだす動作が的確すぎて、少々笑ってしまったくらいだ。「シチリア島の夕べの祈り」は、チェロが活躍する曲だが、演奏終了後チェロパート全員を立たせて拍手を受けていたのは、これも珍しい光景だった。
中間のバレエは、初めてきいた。「マクベス」や「オテロ」は、ずいぶんたくさんのCDやDVD、録画で視聴してきたし、ライブでも経験したが、このバレエ音楽をきちんと演奏していたのには、接したことがなかった。そういう音楽があることは知っていたが、初めて聴いてみた限りでは、省略もやむなしという感想が正直なところだ。あまり魅力的な音楽とは思えなかったのだ。繰り返し聴けばまた別かも知れないが。
「リエンツィ」は特別の注目点があった。バレエ音楽以外は、すべて所属の市民オーケストラで演奏経験があるのだが、「リエンツィ」のときには演奏事故があったのだ。この出だしが、トランペットソロの弱音からクレッシェンドする持続音なのだが、私たちのときには、練習時に、指揮者がトランペット奏者に、タンギングをしないで吹けと要求したのだ。新入りの若い奏者だったので、それを素直にきいたわけだ。しかし、案の定、演奏会の開始のときであり、一人で吹く、しかもタンギングしないで弱音を出すなどという、プロだって難しいことを要求されて、音がでなかったのである。スムーズに音がでないのだから、それにあわせて他の楽器がついていくわけだが、タイミングがとれない。しかも、このパターンは3回繰り返されるのだが、3回ともそうした事故になってしまい、オーケストラ全体が完全に乱れてしまった。私が20年以上そのオーケストラで演奏しているが、最大の演奏事故だったといえる。そして、新人のトランペット奏者が気の毒だった。まもなく辞めてしまったのも仕方ない。
それで、今回都響のトップのはずだが、どう吹くだろうかと楽しみにしていた。私たちの指揮者が聴いたら、怒りだすかも知れない吹き方をした。タンギングをしっかりしていたし、最弱音での発音ではなく、むしろメゾピアノくらいから発音していた。3回とも。やはり、プロだって、ここをタンギングなしに、無から出るような発音、というような演奏法は困難なのだ。練習中にどういうやりとりがあったのかはわからないか、少なくとも、オーケストラ全体としての乱れは当然まったくなかった。
ワーグナーは自分が演奏したときを思い出しながら聴いていたが、ワーグナーはとにかく技術的に難しい上にそれを速めのテンポをとっているので、乱れず演奏しているのは、さすがだと、まったく素人的な感心をしながら聴いていた。
ただ、ワーグナーをこれだけやるのならば、やはり、「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」をいれてほしかったというのが、唯一残念だった。