未来の教育研究7 ナショナル・カリキュラム3 イギリス

 サッチャーは、初めて入学したときには文相であったが、1979年に首相となり、存分教育改革を行うことになる。彼女によって行われた改革は、ヨーロッパ全体に大きな影響を与えたといえる。ただ、サッチャー、レーガン、中曽根と日本ではセットのように新自由主義政策を進めた人物としていわれるが、サッチャーの教育改革は、レーガンや中曽根の政策に影響したとはいえない。レーガンは、連邦教育省を設置したが、教育政策そのものあまり関心があったようには思えないし、日本では、サッチャーがやろうとしたことは、既に定着しており、中曽根改革はさらにその先を行おうとしたといえるからである。
 サッチャーは、就任してしばらくは、極めて不人気だった。インフレが進み、失業率も上昇した。そうした不人気を一気に振り払ったのが、フォークランド紛争である。そこで「鉄の女」ぶりを発揮したあと、サッチャーの人気は高まり、意図した政策をどんどん押し進めるようになった。教育面では、1988年の教育法がその集大成ともいえる。骨子は以下の通りである。

① ナショナル・カリキュラムとナショナル・テストの設定
② ガバナー制度(学校理事会制度)
③ 地方財政経営による財政権限の学校への委譲
④ グランド・メインテインド・スクール(GMS)の創設(地方(労働党)から切り離した国家による学校運営)
⑤ CTC(シティー・テクノロジー・カレッジ)の設立(学校民営化の実験)
⑥ 学校へのオープン・エンロールメント・システムの導入(学校選択の自由)
⑦ 大学システムの改革
⑧ インナーロンドン教育当局の廃止(労働党との権力争い絡み)
 
 教育の全般にわたる改革をしようとしたことがわかる。もっとも、このすべてが順調に進んだわけではない。
 イギリスは、オランダと同様に、サッチャーがナショナル・カリキュラムを制定するまでは、義務教育学校で教える国家的な基準が存在しなかった。それを制定しようという政策は、決してサッチャーが始めたものではなく、むしろ、以前の労働党でも模索されていたことは、忘れるべきではない。1988年法の国会議論は、かなり揉めたとされるが、ナショナル・カリキュラムは当然その激論の対象であった。そして、運用について、サッチャーの意図はかなり義務的なものにするものだったが、ある程度強制度が緩和されたとされる。もっとも、教科書検定制度などは存在しないので、ナショナル・カリキュラムを守って授業をすることを100%に近く強要することは、不可能でもある。それは、テストの実施によって補完されるものだった。(別稿で考察)

 小学校5年生にあたる算数のナショナル・カリキュラムをみてみよう。Statutory guidance National curriculum in England: mathematics programmes of study Updated 16 July 2014
数字
・6,7,9,25,1000の掛け算を計算する
・与えられた数字よりも大きい、あるいは小さい1000を見つける
・0を通って、マイナスの数字に向かってカウントする
・4桁までの桁を理解する。
・1000以上の数字を順序づけたり、比較する。
・異なった表現を使って、数字を確認、表現、評価する。
・10, 100, 1000に最も近いところで四捨五入する
・次第に大きな正の数を使う数や実際的な問題を解決する
・100までのローマ数字を読む(I to C)、そして、数字システムは、0の概念と桁を含むように変化してきたことを知る。
(注釈略)
数字、足し算と引き算
・4桁までの足し算、引き算を、可能なときには、円柱加算、減算などの筆算を使って計算する
・計算の答をチェックするために、評価したり、逆算を使う
・どの計算と方法を、何故使うのかを決めながら、二段階の問題を足し算、引き算して解決する
(注釈略)
数字, 掛け算と割り算
・12×12までの掛け算表を記憶する
・桁、既知の、導かれる事実を使って、掛け算と割り算を暗算で行う。0と1の掛け算、そして3つの数字を一緒に掛け算することを含む。
・暗算における要素の組み合わせや交換可能性を認識し、使用する
・公式の筆算のやり方を使って、1桁による、2桁、3桁の掛け算をする
・掛け算と足し算をすくむ問題を解決する、1桁数字、整数記数法問題、あるいは、n 対象物が、m 対象物に結合しているというような、より難しい相関的な問題の掛け算をするために、分配法則を使うことを含む。
数字 分数(少数を含む)
・図を使って、共通で等価の分数を認識し、示す
・1/100までの計算をする。対象を100で割ることと、1/10を10で割ると1/100になることを理解する。
・量を測るために、より複雑になる分数と量を分割するための分数に関する問題を解く。単位分数ではないが、整数となるようなものも含む
・共通の分母の分数の足し算、引き算
・1/10や1/100の分数と等価の少数を認識し、書く。
・1/4, 1/2, 3/4 等しい少数を認識し、書く
・1桁、2桁の数を10あるいは100で割ることの効果を発見する。その答を、1/10, 1/100のような数と、桁の値を確認する。
・小数点以下1桁の少数を最も近い整数に四捨五入する。
・小数点以下2桁までの小数点以下の桁数が同じ数値を比較する
・分数と小数点以下2桁の少数を含む計測、金銭問題を単純に解く
計測
・異なった計測単位を転換する。(例 キロメーターをメーターに、時間を分に)
・直線で囲まれた形の周囲をメーター、センチメーターで計測し、計算する。
・直線で囲まれた形の角を数えることで形を発見する
・異なった基準で、評価し、比較し、計算する。お金はポンドとペンスを含む。
・12時間制と24時間制で、アナログとデジタルの時間を読み、書き、転換する。
・時間から分、分から秒、年から月、週から日という、転換を含む問題解決をする
幾何 形の性質
・幾何的形を、性質や大きさに基づいて、比較し、分類する。四辺形や三角形を含む。
・鋭角、鈍角を確認し、角を2つの直角まで比較し、順序づける。
・ 異なる向きで示された2次元の対称線を確認する。
・対称の特別な線に関連して、単純な対称形を完成する
幾何 位置と方向
・2次元のグリッド上の位置を、第一象限の座標として記述する
・与えられた単位を左右、上下に変換するように、位置の間の移動を記述する
・特化された点を結び、横に描いて、与えられた多角形を完成させる
統計
・棒グラフや時間グラフなどの適切なグラフィック手法を使用して、離散データおよび連続データを解釈して表示する
・棒グラフ、ピクトグラム、表、その他のグラフに現われた情報を使って、比較や合計、そして多様な問題を解く
 
 日本の学習指導要領ほどには詳しくないが、それでも、他のヨーロッパ諸国と比較するとかなり詳細である。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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