大学・研究期間の雇い止め問題 解決策の模索

 今日(8月23日)の西日本新聞に、雇い止め問題の記事が掲載されている。「「もう終わりだから」期待裏切られ…“駆け込み”雇い止め、研究職で続出」という記事だ。
 私自身が勤めていた大学でも、これは大きな問題と意識されており、有能な事務職員が、何人も雇い止めで辞めていった。全国で起きている現象だ。「同じ職場で有期雇用が一定期間を超えた場合、無期雇用を申請できるようにした。正当な理由がなければ雇わなければならない。」という規定が、2013年に施行されて以来のことだ。

 法の意図は、雇用安定であり、任期付きではなく、無期の雇用にすることを促進することだということになっている。しかし、おそらく、この法によって、任期付きから無期に変わった人は、極めて少ないと思われる。というのは、大学にしても、人を雇う組織として当然であるが、雇う人数(定員)が決まっている。大学の場合には、教員の数は、文科省によって、分野毎に最低人数が決まっているのだ。多くの大学は、最低人数に近いところで、定数を決めているはずである。もちろん、文科省の規準は最低規準だから、それ以上採用しても構わない。しかし、教員をひとり雇う場合、無期であれば、給与として支払われる額の倍が必要であるとされている。手当て、社会保険、研究費等々。教員の場合、正規雇用のノルマと同等の授業数をこなしても、私の大学での非常勤講師の給与で計算すると、年間約150万しかかからない。15%だ。これを常勤にすれば、年齢にもよるが、たちまち850万余分に必要になる。しかも、定員は充足されているのだから、常勤として採用する必要はない。とすれば、期間がくる前に、雇い止めせざるをえなくなるのが、雇用側の事情になる。現状のような規定であれば、こうなることは当初からわかっていたはずであり、逆に非正規雇用のひとたちに不利に働くことは目に見えていた。しかし、際限もなく非正規で、一年ごとの契約で、昇給もボーナスもなし、という、明らかに同じ仕事をしているのに、あまりに待遇の差があることは、改善しなければならないことも確かだ。
 
 どうすればいいのだろうか。この新聞記事でも、改善案は示されていない。日本学術会議の声明でも、雇い止めに反対するというだけのようだ。学術会議のメンバーは、大学で運営に関係している人が多いから、自分で雇い止めをしている可能性だったある。文科省は、「適切に対応するよう」大学にお願いしているそうだ。何が適切かは示されていない。それだけ難しい問題ということだろう。しかし、頭を絞って案を考えてみよう。
 
1 非正規雇用にも昇給制度を設定し、ボーナスを支給する。そして、期限を設定しない。研究者の場合には、随時常勤に応募して、非常勤から抜け出すように努力する必要がある。事務職員の場合には、空き定員が出たときには、非正規職員を優先的に採用するというルールを設けてもいい。仕事に習熟しているから、雇う側でも安心である。
 実際に採用しても、昇給の傾きはごく小さく、ボーナスなども雀の涙になりそうだ。
2 より抜本的には、正規雇用と非正規雇用の差を根本的になくすことだ。
 オランダが1982年に政府・企業・労働組合の間で合意したワセナール協定というのがある。経済的な危機にあえいでいたオランダで、この三者が話し合いをして、結んだ協定だが、このあと、オランダ経済が復活したとされるものだ。それぞれが痛み分けをするものだが、もっとも中心的な内容は、正規雇用と非正規雇用の間の雇用条件の差を一切無くすというものだ。ワークシェアリングの実施としても有名だ。
 日本で、正規雇用と非正規雇用の差は何だろうか。
・昇給・ボーナス、社会保険の適用の有無
・任期の有無
・基本的な仕事以外の役割の有無(大学などでは、**委員等)
 これらをすべて解消し、完全な同一労働同一賃金、公正な社会保障のシステムが実現すれば、問題は解決する。しかし、かなり困難であることも間違いない。
 まず最大の問題は、給与システムの相違がある。単純化すれば、職務給と年齢給の違いで、職務給でなければ、このシステムは実現が難しい。逆にいえば、この点に限らず、年齢給は、社会的にみればマイナス要因が多いから、できる限り早期に、日本も職務給システムに移行すべきなのである。職務給になれば、昇給やボーナスの差は解消できる。基本的な仕事以外の役割についても、それぞれの人と個別に契約し、手当てを決めればよい。そして、社会保険は、オランダでは基本的に公的な保険になっていることで、正規と非正規の差をなくしている。民間の保険については、個人が自分の意思と負担で参加するが、公的な社会保険は、個人の税金、雇用主の負担、政府の負担で成り立っている。
 職務給なので、任期というシステムは、あまり意味がなくなる。雇用側としては、誰を雇おうと、負担は同じだが、仕事に習熟しているという点では、長く働いてもらったほうがよい。だから、任期を決める必要もないわけだ。
 以上のことから、このシステムのほうが全体として、雇用主にも被雇用者にとってもよい環境だと思うが、日本がここに移行するためには、社会保険のシステムを大幅に変える必要があることと、年齢給を職務給に変更しなければならないことに、難しさがある。
 
 このシステムでは、フルタイムとパートタイムの差もなくなるということだ。
 私は1992年にオランダに一年間海外研修にでかけた。家主は、私たちと入れ代わりにアメリカに研修にでかけたために、家を借りたのだが、週何日かがライデン大学医学部の助教授で、他の何日かが、別の大学の教授だといっていた。日本流にいえば、非常勤をふたつやっている感じだが、いずれも正規の助教授であり、また教授だった。隣近所の人にきいても、週何日か限定して働いている人がけっこういた。小さい子どもをもっている夫婦は、それぞれ労働日が重ならないように調節して、どちらかが子どもの育児に携われるようにしていることが多かった。子どもかごく小さいうちは、保育園にいれるより、親が育てるほうがよい、という感覚が、オランダ社会で強いことも影響していたようだ。もちろん、双方がフルタイムであるより、収入は減るのだが、生活設計があきらかにしやすくなる。小さな子どもがいる場合の育児もそうだが、休みを夫婦で共通してとれるので、仕事以外のことに楽しみをもつことが、容易になるようだ。余暇の活動が増えることによって、それが労働需要を喚起し、経済状況が好転したことにもなったらしい。
 
 さて個別の改善ではなく、社会全体のシステムに関わっているから、大きな改革が必要であると考えざるをえない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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