ベストセラーだという評判だったし、題名から考えても、読まざるをえまいと思って読んでみた。ベリー西村という人は、まったく知らなかった。元パイロットだったというが、現在はスピリチュアル系の人のようで、内容もそんな感じである。端的にいって、トンデモ本の一種に思われた。最初に、安倍元首相暗殺に関する疑問がだされていて、それはそれで筋の通ったものだった。疑問は10あげられている。
・SPが何故安倍氏から3メートルも離れていたところにいたのか。あまりに杜撰な警備。
・事件のニュースが2日前に作成されていた。
・山上が誰かの指示を確認している様子が頻繁に見られた。指示者がいることを示している。
・統一教会の分派のサンクチュアリ教会の教祖が6月から来日している。
・安倍氏が暗殺された場所。(ここは陰陽道などで説明されているが、正直まともにとるのも馬鹿げている。)
・直前の場所変更。ケネディ暗殺と同じ手口。
・銃弾の弾道。山上が撃ったとしても、弾道があわない。上から狙ったものだ。
・搬送先病院が10分で行ける総合医療センターではなく50分もかかる県立医大であること。情報隠匿確実なところを選択した。司法解剖しないために、病院で死んだことにした。
・CIAと山上の接点は何か。サンクチュアリ教会が関与したのではないか。
・何故殺害される必要があったのか。
これについて、氏はふたつの推測をしている。
第一は、日銀がフリーメーソンによるファンドとの仕手戦で全勝しているので、安倍殺害によって日銀の方針転換をさせようとした。
第二は、世界統一政府樹立を推進しているイルミナティが、ロシア、中国、そして韓国の排除を決定したが、韓国に協調的な安倍が邪魔になった。
以上が、西村氏がいだいた疑問と、安倍殺害の本当の実行犯の推測である。この本と合わせて「ファイナルⅢ」も読んでみたが、率直にいって、誇大妄想と感じざるをえなかった。
こうした本の特質として、もっともらしい部分はたくさんあるが、肝心の部分になると、前後矛盾していることが多いし、実に壮大な創作という感じが否めない。なんといっても、イルミナティとフリーメーソンを話の軸にしていることである。
ファイナルⅢには、もう少し詳しくイルミナティとフリーメーソンについて書かれているが、この「元首相暗殺の黒幕」のほうでは、「イルミナティの実行部隊フリーメーソンを管理するCIA」という叙述がある。つまり、イルミナティという組織が最高組織で、その実行部隊としてフリーメーソンがあり、さらにCIAがあるという位置付けになっている。
しかし、ファイナルⅢでは、イルミナティは人間性を重んじる組織であるが、フリーメーソンは経済的利害で動く組織で、イルミナティはアングロサクソンであるが、フリーメーソンは中心がフランスとドイツとしている。ふたつの本でまったく矛盾することを書いている。しかも、イルミナティなどという、数百年前にヨーロッパに存在したらしい組織を、現在、世界統一政府を実現するために、要人の暗殺までする団体として君臨しているという前提自体が、荒唐無稽といわざるをえない。しかも、人間性を重んじるなら、なぜ、重要人物の暗殺などをするのか。
統一教会、安倍晋三、CIAの関係も、納得できるものではない。西村氏によると、統一教会は、フリーメーソン極東支部としてCIAが作った組織であるという。統一教会の設立にCIAが深く関与していたことは、歴史的事実らしい。佐藤章氏もそのように説明していた。日本では、岸信介氏が同様の任務を、CIAから与えられていたし、それが安倍晋三氏に引き継がれてきたことは、多くの人に指摘されているが、では、なぜ韓国潰しに向かったのならば、現在の教祖の除去に向かわなかったのか。トランプと民主党(CIA)の内部抗争であるとするなら、なぜ安倍晋三が殺害されることになるのか。ここらは納得のいく説明はない。トランプが再選されると、ウクライナ戦争をやめさせ、中国とも折り合いをつけるので、ロシア、中国を消滅させることを意図しているイルミナティにとっては、都合が悪いのだ、というなら、ケネディすら暗殺したのだから、トランプを葬りさることは簡単にできるだろうし、安倍殺害など、非常に効果が小さいのではないだろうか。なお、バイデンは、耄碌した老人で、単に与えられたメモを読み上げることが許されているだけだそうだ。もし、失言をすると、すぐに訂正されてしまう。
ロシア・中国を消滅させるという点を、仮定として認めたとしたも、安倍晋三氏が中国・ロシア寄りであったため、というなら、まだ理解できるが、韓国排除路線に反していたからというのは、安倍氏の政治姿勢としては、やはり違和感が強い。
ということで、疑問だらけであるが、特にファイナルⅢのほうで、アメリカが中国を本気で潰そうとして、つまり戦争をしかけようとして、さかんに挑発していることについては、納得できる。しかし、そこから導かれる結論は、だから、アメリカの挑発に乗るべきではないし、挑発をやめさせるように、日本としては働きかけることが重要だということでなければならない。西村氏がいうように、中国は戦争をしかけるつもりなどは、ほとんどないと思われる。台湾も武力奪取ではなく、総選挙で親中派を勝たせるべく工作するほうが、より現実的であるし、可能性がずっと高い。戦争をしたいのはアメリカなのである。ウクライナ戦争でもそうだった。
ただ、本書を読んで、考えねばならないと感じた点がひとつある。それは、内閣府が民営化されたということだ。私自身、ほとんど知らなかったのだが、最近何かで読んで、なぜ?と疑問に思っていた。イルミナティの乗っ取りかどうかはわからないが、内閣府という組織が、株式会社になるということを、自然に思う人は、ほとんどいないと思われる。その内、内閣そのものも株式会社になるのだろうか。これは、今後調べていきたいことだ。
本書については、思考のトレーニングとしては有効かも知れないが、安倍元首相銃撃事件の解明のためには、たとえ結果的に事実に合致している点があるにせよ、単なる妄想に近いものといわざるをえない。