ついに、アメリカとイスラエルがイランへの攻撃に踏み切った。そして、イランの最高指導者であるハメネイが殺害されたと、イラン側が認めたようだ。当然イランは報復を行っている。専門家たちの説明では、この戦争は、まず第一に国際法に違犯している、そして、第二にそう簡単にはおさまらないという。アメリカと欧米列強のひとつが、大規模な戦争にかかわるとなると、後世第三次世界大戦の開始とされるかも知れない。
それにしても思うのは、大国の独裁者というのは、戦争が好きなのだということだ。現在大国の独裁者は、プーチン、習近平そしてトランプということになる。プーチンは大統領になる前から、戦争を契機にしてのし上がり、政権を安定させてきた人物だ。習近平は、軍の反対を押し切って台湾侵攻を強く主張し、現在の混乱をひき起こしていると考えられている。そして、トランプだ。トランプは、自分は決して戦争をひき起こすことはない、と公言していたが、一次の政権でも、武力行使をしているし、とくに第二次になって、とくにめだつようになっている。実際に武力行使をベネズエラに対して行い、グリーンランドに対しては、その意思を隠していない。ウクライナ和平の調停のやり方は、完全に、独裁者に肩入れしている。
何故、彼らはこのように戦争に酔うのだろうか。もちろん、大国の独裁者の感情などは、正確にはわからないが、想像はできる。
独裁者にとって、権力を振るうことが、とにかく最大の喜びなのだろう。彼らにとっては、もっとも面白い、興奮させてくれる「ゲーム」といってよい。そして、権力を振るう実感をもっとも感じ取れるのが、戦争なのだろう。
しかし、戦争は多くの人が命を奪われ、悲嘆にくれる。近臣の者が戦死することもあるだろう。そういうときに、普通の人間が味わう悲しみという感情を、まったくもたないという資質があるように感じられてならない。人が死ぬ、ということは、単なる「数値」なのだ。
ウクライナ戦争でなくなった息子をもつ母親たちが、プーチンに面会を求めて訴えたとき、プーチンは、人間は誰でも死ぬものだ、と平然と語ったと伝えられている。彼ら3人は王族や貴族の生れではないが、王族などに生れた人間は、普通の人間的感覚をまったくもっていない人がいる。けっこうよく知られた話だが、秋篠宮が雨で濡れた傘を、そのまま職員にポイと投げるように渡した、ということがあり、その話を読んだとき、秋篠宮という人が、まったく人間的感性をもっていないのだと実感したが、その実際の姿はわからなかった。だが、少し前に、youtubeでそのときの映像がながされて、実際の様子を確認できた。私は、傘をたたんでから渡したのだと思っていたが、実はひろげたまま、しかも当然濡れた傘をそのまま無造作に渡していた。当然、受けとった職員は、かなり濡れたはずである。太平洋戦争末期、日本への空襲が激しくなっていた時期、とくに東京大空襲では、10万ともいわれる人がなくなった。ほとんどは民間人である。東京だから、当然天皇をはじめとして皇族がいた。自分の住んでいるまわりで、10万人もの人がなくなり、さらに多くの人が家を失ったのに、降伏を進めた侍従に、まだ、戦果をあげてからにしよう、と拒んだとされている。そして、その後沖縄戦があり、原爆投下、ソ連の参戦という悲劇が続くのだが、空襲の被害を真剣に考えれば、沖縄戦以降の悲劇は避けられたのである。自分のまわりでそうした悲惨な事態が起り、自分の決意でそれ以上の悲劇を避けることができるにもかかわらず、悲劇を素通りできる感覚。
空想的なことだが、やはり、あまりに大きな大国は、存続しないほうがよい。ロシアは、多くの人が望んでいるようだが、ウクライナ戦争に敗北することで、いくつかの国家に分裂してほしいものだ。これは何度もここで書いてきた。中国はいま混乱が起きているが、詳細はわからない。さまざまな憶測が氾濫しているが、やはり、ひとつの国家として平穏に統治できる規模ではないように思われる。
さすがにアメリカは民主主義国家ということになっているから、分裂の要素はまったくないようにみえるが、カナダは51番目の州になり、グリーンランドが52番目だなどといっているうちに、カリフォルニア独立論などが強くなってくることが、絶対にないとはいえないのではないだろうか。
さて、イランだが、イランは確かに人権抑圧国家であることは間違いない。しかし、古い歴史をもった大国でもある。そういう国家が、たやすく国家が分裂して、他国の支配下にはいるとは思えない。ましても、イラン攻撃が、国際法違犯というのでは、国際的な支持を強固にえられるとも思えない。イランはロシアにミサイルやドローンなどの武器を大量に提供しているから、ウクライナは、アメリカがイランを叩いていることを歓迎しているだろう。しかし、強く支持することはできないはずである。願うのは、3人の独裁者が早期に没落することだ。