ノート『天災から日本史を読みなおす-先人に学ぶ防災』磯田道史(中公新書)

 イタリアの歴史哲学者クローチェの有名な言葉に「あらゆる歴史は現代史である」というのがある。本書は、歴史書でありながら、現代史、あるいは未来史ですらあると感じさせる書物である。著者である磯田氏自身が、将来起きるかも知れない自然災害に、どう対処したらよいのか、それを今から準備するために必要なことを、歴史から学ぶという視点を貫いている。しかも、歴史的文書を丁寧に調査し、吟味しながら、当時の災害の起こり方、人々の対処のよかったこと、まずかったことを整理している。そして、ある災害には、こうしたことが必要だという教訓を、説得的に引き出している。最近、これほど役に立った感じを受けた本はなかった。

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読書ノート『江戸雑記帳』村上元三 史実と創作

 歴史小説には、歴史の中心舞台を素材するものと、表舞台には出てこない市井のできごとを中心にするものとがある。司馬遼太郎の小説は、前者の典型で、有名な歴史的事実を扱うので、重要な筋として、自由な創作をすることはできない。しかし、後者は、むしろ創作部分が主体となる。もちろん、一方のみの作品を書き続ける作家は、おそらくほとんどなく、両方を扱っているひとがほとんどだろう。
 史実と創作をどのようにバランスさせるかについては、森鴎外の「歴史其儘と歴史離れ」で扱われて以来、様々な作家が自分の場合を扱っているが、村上元三氏のこの本は、創作への読者の意外な反応も書かれていて、興味深く読めた。

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読書ノート『平蔵の首』逢坂剛

 題名でわかるように、長谷川平蔵を主人公にした小説である。県立図書館で、何か面白そうな本はないかと探しているときに、大活字本シリーズがあり、この本を見つけた。大きな活字で印刷されているので、私には非常に読みやすくて、一気に上下2冊を読んでしまった。巻末に佐々木譲氏との対談か掲載されており、それによると、長谷川平蔵を主人公にする小説を依頼され、引き受けるにはかなりの決意が必要で、しかも、書き始めてからも、苦労が多かった。池波正太郎の『鬼平犯科帳』が絶対的人気を誇っており、そこで長谷川平蔵のイメージが形成されている。しかも、人気ドラマシリーズもある。その池波版長谷川平蔵とは違うように書かねばならないということで、苦労があったということだ。
 長谷川平蔵は実在の人物であり、記録をそれなりにある。そうした歴史的事実をまげることは許されない。実は池波氏は、いくつか細かい点で、歴史的事実をまげて書いている。それを事実に戻すことで、池波版とは違う平蔵を描くことはできる。

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読書ノート『ペンギンの憂鬱』アンドレイ・クルコフ(沼野恭子訳)新潮社

 昨年、この本を手にとって読み始めたとしても、直ぐにやめてしまったに違いない。尤も、今だからこそ、この本の存在を知り、読みたいと思ったのであり、昨年なら手にとることもなかった。実際に、昨年はこの本はおろか、著者すらまったく知らなかった。
 『ウクライナ日記』の作者であり、現在でもキエフで作家活動をしているクルコフの、最初に有名になった小説がこの『ペンギンの憂鬱』である。
 
 舞台は1990年代のソ連崩壊後のウクライナ首都キエフである。
 主人公は売れない小説家のヴィクトルで、動物園からもらったペンギンと一緒に住んでいる。同居者がペンギンというのが、とにかくユニークだ。そして、ヴィクトルと関係をもつ人間が、少しずつ入れ代わったいくのだが、彼らは何か背景があることを感じさせる。
 まず、「首都報知」の編集長から、死亡記事を専門に書くように依頼される。しかも、すべて予定原稿であり、資料を渡されて、死後掲載する原稿を執筆するという、不可思議な仕事である。新聞社というか、おそらく編集長の都合で、時折中断はあるが、最後までこの仕事を続けている。

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読書ノート『ウクライナ日記』(アンドレイ・クルコフ)集英社

 アンドレイ・クルコフは、レニングラード(現サンクト・プテルブルク)で生まれ、幼少のころにウクライナのキエフに移住して、ずっとキエフに住んでいるウクライナの作家である。そして、この『ウクライナ日記』は2013年から2014年にかけて起きたマイダン革命から、ロシアによるクリミア併合に至る時期の日記である。ジャーナリストや研究者による記録や研究書ではなく、あくまでも作家がみたり、考えたりしたことが綴られている。だから、裏で起きていることは、ほとんど語られていない。メディアで報道されていたような事実も、クルコフが伝聞で聞いたこととして書かれている。社会が非常に緊迫して、暴力沙汰があちこちで起きている時期でも、劇場にいって芝居をみたり、あるいは旅行に出たりしている。そして、そのときの家族生活が詳しく描写されていたりする。
 しかし、だからこそ、市民が遭遇した緊迫した政治の変化が、実感をもって迫ってくるのである。

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安倍晋三の外交成果? 岩田明子「安倍晋三秘録 シンゾーには負けた」

 国葬をめぐって、安倍晋三の功績がさかんに議論された。国葬賛成派は、氏を偉大な総理で、大きな成果をあげたと評価し、反対派は、なんら見るべき実績がなかったと評価している。そういうなかで、現在安倍心酔のジャーナリストである岩田明子氏の連載が『文藝春秋』で続いており、第二回が掲載された。「安倍晋三秘録 シンゾーには負けた」である。
 全編安倍外交のスタイルの説明と、その結果として功績が書かれているのだが、私には、それをもってしても、実績があがっていたとは到底思えないのである。判断は各人に委ねるとして、紹介しつつ検討していこう。
 
 まずウクライナ侵攻への認識だ。「冷徹で強かな米国という印象を改めて抱いた」というのだが、その理由が以下のように説明されている。
 当初は米国はウクライナに冷淡で、ゼレンスキーに退避を勧めたが、拒絶され、国際世論がウクライナ支援に急変したのをみて、対応を変えたのが実態だろうと岩田は書いている。

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読書ノート『21世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムに、政治家はネコになる』成田悠輔 SBクリエイティブ

 最近話題の成田悠輔氏のベストセラーになっている本らしい。羽鳥モーニングショーで、コメンテーターとして出ている成田氏が直接解説する形で、紹介されていた。番組は最後まで見なかったが、すぐに本を電子版で購入し、ざっと読んでみた。アマゾンでのレビュー数が700以上もあった。そんな本は滅多にないので、それだけでも驚きだ。
 本の内容は、とにかく、現在の選挙と民主主義の否定的な状況を、打開するための具体的な方策を、まったく自由な感性で提案しているものである。現時点で考えれば、本当にそういうことが可能か、また可能だとして好ましいのか、それは実はディストピアではないのか、という感想は当然おきるが、私がここで、教育制度の改革案について提起する場合でも、実現性はあまり考慮しないままに、とにかく考えられるあり方を書いている立場からすると、そういう自由な発想には共感する。実際に、当たり前になっている機械だけではなく、制度にしても、最初に考えた人がそれを公表したときには、ほとんどは、空想的なことだと思われていたに違いない。そう考えれば、ここで提起されている突飛と思われるアイデアも、やがて実現し、当たり前のことになるのかも知れない。

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読書ノート「元首相暗殺の黒幕」ベリー西村

  ベストセラーだという評判だったし、題名から考えても、読まざるをえまいと思って読んでみた。ベリー西村という人は、まったく知らなかった。元パイロットだったというが、現在はスピリチュアル系の人のようで、内容もそんな感じである。端的にいって、トンデモ本の一種に思われた。最初に、安倍元首相暗殺に関する疑問がだされていて、それはそれで筋の通ったものだった。疑問は10あげられている。
・SPが何故安倍氏から3メートルも離れていたところにいたのか。あまりに杜撰な警備。
・事件のニュースが2日前に作成されていた。
・山上が誰かの指示を確認している様子が頻繁に見られた。指示者がいることを示している。
・統一教会の分派のサンクチュアリ教会の教祖が6月から来日している。

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読書ノート『北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実』有田芳生(集英社)

 まさか安倍元首相の暗殺を予期したわけではないだろうが、時期的に見てもタイムリーな出版だった。書籍が2022年6月22日で、私が読んだ電子書籍の発行が6月30日である。この約1週間後に安倍氏は殺害された。安倍氏といえば、「外交の安倍」と称され、そのトップの課題が常に「北朝鮮による拉致問題の解決」だった。しかし、実は安倍首相は、ほとんど何もせず、ただお題目のように、拉致問題の解決を唱えていたに過ぎないことが、具体的な事例で明らかにされている。
 「極秘文書」とは、小泉訪朝によって実現した拉致被害者5人と、その後の8人の家族の帰国後、彼らに、北朝鮮での生活、拉致の模様などを聞きとった文書である。もちろん、まだ残っていると考えられる拉致被害者の救出のために、役立てようと考えて行ったインタビューだった。しかし、その記録文書は、その後極秘扱いにされ、正式にはいまだに公表されておらず、国会議員だったために閲覧可能だった有田氏が、その内容を一部紹介したのが、本書である。そうした内容については、これまでも帰国した拉致被害者から語られてきたこともあり、私にとっては特別に目新しいとは感じられなかったが、こうした内容が極秘にされたこと自体が、やはり注目すべきことだろう。北朝鮮での生活や、拉致がどのように行われたのかについては、興味のある人はぜひ本書を読んでほしいと思う “読書ノート『北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実』有田芳生(集英社)” の続きを読む

読書ノート『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるか』遠藤誉

 遠藤氏は、若い頃中国で苦難の生活を経験し、日本では筑波大学教授を勤めるとともに、中国政治の専門家でもある。そして、ウクライナ侵攻について、一気呵成に書かれたのが本書で、出版は今年の4月である。ウクライナ戦争について、漠然と感じていたいくつかのことが、ここでは、具体的な事実や資料を通して、説得力をもって書かれており、漠然とした意識が、かなり明確になった点がいくもある。
 中国がロシアを軍事的に支援しないのは、いつくも理由があるだろうが、そのひとつとして著書は、中国とウクライナの密接な関係をあげている。中国の軍事技術の多くはウクライナからえているというわけだ。ウクライナはソ連時代には、むしろ軍需産業の中心だったのであり、それは、現在でも小さくなったとはいえ、継続しているウクライナ産業の中核のひとつである。原発もウクライナには多数あり、現時点で、ヨーロッパに電力を輸出可能だとしているほどだ。一帯一路政策を習近平が諦めない限り、ウクライナを敗北させるべく、ロシアに軍事的肩入れをすることはできないわけだ。

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