読書ノート『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるか』遠藤誉

 遠藤氏は、若い頃中国で苦難の生活を経験し、日本では筑波大学教授を勤めるとともに、中国政治の専門家でもある。そして、ウクライナ侵攻について、一気呵成に書かれたのが本書で、出版は今年の4月である。ウクライナ戦争について、漠然と感じていたいくつかのことが、ここでは、具体的な事実や資料を通して、説得力をもって書かれており、漠然とした意識が、かなり明確になった点がいくもある。
 中国がロシアを軍事的に支援しないのは、いつくも理由があるだろうが、そのひとつとして著書は、中国とウクライナの密接な関係をあげている。中国の軍事技術の多くはウクライナからえているというわけだ。ウクライナはソ連時代には、むしろ軍需産業の中心だったのであり、それは、現在でも小さくなったとはいえ、継続しているウクライナ産業の中核のひとつである。原発もウクライナには多数あり、現時点で、ヨーロッパに電力を輸出可能だとしているほどだ。一帯一路政策を習近平が諦めない限り、ウクライナを敗北させるべく、ロシアに軍事的肩入れをすることはできないわけだ。

 更に、絶対に習近平がウクライナ侵攻を支持できない理由が、そもそも侵攻の理由となっている、ドンバス地方の2つの自称独立国の扱いだ。ロシアの介入でできた共和国であり、ほとんど承認されていない。そして、そこからの支援を要請されたために、軍事介入するというのが、ロシアの国際社会に向けての介入理由である。これは、中国にとっては、ウィグル自治区と重なり、そうした独立を承認するのであれば、ウィグル自治区の独立に他国が干渉して実現させたりした場合、それを認めない論理が崩れてしまうというわけだ。国家領域内の一部が、その国全体のコンセンサスを得ずに、勝手に独立することは、中国ならずとも、一般的に認められない。プーチンを支持したくても、これが理由では、習近平としては、自らにブーメランが返ってくる危険性を冒すことになるわけだ。
 日本では、中国が台湾侵攻して、香港のように、自立的条件を排除するのではないか、それが近々に迫っている、だから、日本も有事を想定して軍備増強しなければならない、という論調がにわかに高まっている。しかし、著者は、それはないと、いくつもの例証をあげて、中国が台湾に軍事侵攻する可能性を否定している。その理由を次のようにあげている。
・中国は経済的競争に国家戦略をあげており、軍事的に制圧することを主眼としていない。
・現時点ではアメリカの軍事力に勝てない。
・台湾の半導体産業を破壊するわけにはいかない。
 要するに、軍事的にではなく、経済的に台湾経済を中国に取り込んでいく路線というわけだ。現在でも、台湾の半導体産業にかなり多くを依存しているから、戦争でそれを台無しにするのはデメリットのほうが大きいのと著者は説明している。
 
 さて、ウクライナ侵攻の最大の問題は、そこに至る力学の解明であろう。
 もちろん、最終的には、プーチンの決断だったのだが、一国を侵略するには、一人の決断でできるわけではない。著者は、バイデンの狡猾な誘導を批判的に分析している。そういう意味では、プーチンもゼレンスキーも、バイデンに唆され、梯子を外されたわけだ。第五章の題は「バイデンに利用され捨てられたウクライナの悲痛」というつけかたで、著者の考えがわかるだろう。
 著者自身が作成した、2008年から2022年までのウクライナ親欧米派・ウクライナ親ロシア派・ロシア・欧米側にわけた年表は、非常に興味深い。
・2008年の段階では、ウクライナ人の50%がNATO加盟に反対しており、賛成は24.3%だった。それを変えたのは、2009年のバイデンのウクライナ訪問で、ウクライナのNATO加盟をアメリカは強く支持すると演説したことだった。
・オバマ政権におけるバイデン副大統領は、ウクライナ担当となって、ウクライナに入れ込んだだけではなく、息子のハンターが、ウクライナのガス会社の重役になって高給をえていた。(トランプがこれを執拗に追求していた。)
・オバマが、2014年のヤヌコヴィッチ大統領追放クーデターに、アメリカが関与していたことを認めている。
・ゼレンスキー大統領は、NATO加盟に積極的になったが、フランスやドイツなどの反対もあり、実現可能性は極めて低かった。ゼレンスキーが、NATO加盟の可能性がほとんどないことを認識したのは、プーチンのウクライナ侵攻の10日前だった。
・バイデンが大統領になると、ウクライナに対するアメリカの軍事援助が強化される。しかし、2021年12月に、バイデンは、プーチンに対して、ロシアとウクライナが軍事衝突しても、アメリカがウクライナに軍隊を送ることはないと示した。
 
 以上のような状況を踏まえて、著者は、バイデンにはウクライナにロシアが侵攻することに対して、以下のような利点があったとする。
・息子ハンターのスキャンダルをもみ消すことができる
・アフガニスタン撤退でNATO諸国から失った信用を取り戻すことができる。
・液化天然ガス輸出を増やし、ロシアを上まわることかできる。
 最後の部分は、液化天然ガスだけの話ではなく、経済・軍事全体のロシアの力を削ぐことが目的となっているだろう。そして、ここにはあげられていないが、やはり、武器の在庫処分と、性能確認が戦争によって可能になるし、NATOといっても、旧東欧諸国はいまでもソ連製の軍備だから、それを一掃させて、西欧側の軍備に一新させることも狙っただろう。アメリカ軍産複合体との協力で、衰えつつあったアメリカの力を、再興させることもできると、バイデンは考えたのだろう。
 
 いずれにせよ、ゼレンスキーは、NATOに入れるという幻想を吹き込まれ、プーチンは、アメリカは参戦しないから、とウクライナ侵攻を唆された。現時点で、アメリカの一人勝ちのように見える。
 プーチン、ロシアは、確実に没落の過程にあり、ゼレンスキーは、薄氷の勝利をえても、ウクライナ再建という困難な事業がまっている。そして、バイデンは、結局支持率を下げている。中間選挙は危ないし、次の大統領選挙で民主党が勝てるかどうかわからなくなっている。
 元寇は、結局、元、高麗、鎌倉幕府、当事者3国いずれも滅亡の引き金となった。似たような国際社会の大転換が起きることは間違いないだろう。
 結局、中国、習近平が漁夫の利をえるのだろうか。
 どうなるのか。智恵を絞って考察していきたい。
 
 イギリスのジョンソンが辞任するというニュースがはいってきた。ウクライナ支援にもっとも熱心だったジョンソンが辞任すると、ウクライナにとっては、深刻な事態になるかも知れない。事態を注視する必要がある。
 
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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