トルストイ「戦争と平和」からウクライナ・イラン戦争を考える1

 一番好きな小説が、トルストイの「戦争と平和」で、今まで何度も読んだし、いまでも時々読む。通読しても面白いし、どこを読んでも退屈しない。歴史上の大事件(ナポレオンのロシア侵略と敗北)をあつかっているので、皇帝・貴族そして農民に至るまで多彩な人物が活躍し、壮大な歴史絵巻を描く一方、小さな事件に絡んだ人間のさまざまな感情が滲み出て、あきることがない。
 しかし、当時からも、また現在でも、強烈な不満がのべられる部分がある。それは、戦争哲学を披瀝している部分である。随所に出てくるが、最後のエピローグ二部は、すべて歴史をどう見るかという考察にあてている。小説ではなく、完全に論文である。そして、結局のところ、トルストイの結論があまりよくわからない。
 考察している内容は、ナポレオンが60万人もの大軍をヨーロッパ中から集め、そして、ロシアに侵入させ、略奪と戦闘を繰り返しながら、モスクワを占領し、しかし、何もすることがなく、冬の到来を恐れて退却し、散々ロシア軍やコサック兵たちに翻弄され、敗退していく、そういうことが何故起きたのか、ナポレオンという英雄が命令したからなのか、アレクサンドル皇帝がナポレオンの勧告を拒否したからなのか、それとも違う理由なのか、という問題、つまり、世界の大事件がおきる究極の原因を論じているのである。そして、多くの歴史家たちが主張するような、英雄の意思によって動くということを否定し、芯の理由を探しているのである。結論めいたものは、英雄たちも含んだ民衆の意思の総体が、連続した事実を作り出して、その連続のなかで、事件が生じるということなのだろう。トルストイは、それを実証するために、「戦争と平和」という1805年のヨーロッパにおける戦争から始まり、1812年のナポレオンのロシア侵略と敗退を、細かくつなげて分析し、民衆の意思に反したナポレオンは破滅し、民衆の意思にそって行動したクトーゾフが勝利したということのようだ。

 さて、では、ウクライナ戦争は、プーチンが命令したからではなく、また、今のイラン戦争はトランプがイランを許さないと意思で命令をしたから起きたのではなく、別の深い理由があるということになるのか。プーチンが命令しなかったら、トランプが命令しなかったら、戦争はおきなかったのか。あるいは、プーチンもトランプも、民衆の意思が連続的に結集したなかで、それ以外の選択がなかったということになるのだろうか。トルストイ流にみると。

 プーチンが、ウクライナへの戦争を始めたのは、プーチンに情報をあげる組織が、1週間程度でウクライナは降参し、ロシアに忠実な政権ができるという報告をあげ、それをプーチンが信じたからだとされている。では、その報告はまったく現実を無視した、いいかげんなものだったのだろうか。
 報道によれば、ウクライナが侵略してきたときに、アメリカ等は、ゼレンスキーに亡命を勧めたとされている。ほとんど勝ち目がなかったから、それは無理もない勧告だったといえなくもない。しかし、アメリカの予想に反して、ゼレンスキーは断固とした抵抗姿勢をとって、あえて建物の外で映像をとり、自分は闘うことを全国民に示した。そこで流れが変わったとされている。
 しかし、1週間で終わるはずの戦闘が、意外にもロシアの重い通りにいかなかったのは、アメリカ特殊部隊が効果的に対応できるように、共同してウクライナ軍と協力したからだとも言われている。アメリカは、ロシアの侵攻を正確に予測していたから、おそらく、さまざまな対応を予め用意していたのだろう。もちろんゼレンスキーが亡命するといえば、その手はずも整えていたにちがいない。また、ロシアには、ゼレンスキーを殺害する戦略はなかったようだ。そうした対応の検討を命令したのは、決して、多人数ではないにちがいない。バイデンの意思が強く反映したはずである。そして、ひとつの方向を強く進める意思とは違うものがあったろう。

 イラン戦争は、当初からアメリカにとっていくつかの選択肢があったと考えられる。しかし、進行している戦争から、どうやってぬけだすのかについて、選択肢はあるのだろうか。プーチンは、戦争をやめる意思がないと言われているが、意思があれば戦争を終わらせることができるのだろうか。(つづく)

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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