安倍晋三の外交成果? 岩田明子「安倍晋三秘録 シンゾーには負けた」

 国葬をめぐって、安倍晋三の功績がさかんに議論された。国葬賛成派は、氏を偉大な総理で、大きな成果をあげたと評価し、反対派は、なんら見るべき実績がなかったと評価している。そういうなかで、現在安倍心酔のジャーナリストである岩田明子氏の連載が『文藝春秋』で続いており、第二回が掲載された。「安倍晋三秘録 シンゾーには負けた」である。
 全編安倍外交のスタイルの説明と、その結果として功績が書かれているのだが、私には、それをもってしても、実績があがっていたとは到底思えないのである。判断は各人に委ねるとして、紹介しつつ検討していこう。
 
 まずウクライナ侵攻への認識だ。「冷徹で強かな米国という印象を改めて抱いた」というのだが、その理由が以下のように説明されている。
 当初は米国はウクライナに冷淡で、ゼレンスキーに退避を勧めたが、拒絶され、国際世論がウクライナ支援に急変したのをみて、対応を変えたのが実態だろうと岩田は書いている。

 「そう言って、安倍は米国の変わり身の早さを指摘した。また、米国はロシアに対して厳しい制裁を科すとしながらも、軍事介入による抑止の意向は示さなかった。そのため安倍は、ウクライナ侵攻によりロシアが消耗することさえも米国は見越している、と考えている節があった。」
 しかし、この認識はかなり間違っている。まず、2014年の政変とロシアによるクリミア奪取以降、アメリカはかなりウクライナに軍事指導をしている。ウクライナは、簡単にクリミア半島をロシアに取られてしまったし、ドンバス地方での闘いを通じて、アメリカ等の援助を受けながら、軍備の強化に邁進してきた。もちろん、いくつかの不手際がありながら、ロシアの侵攻に備えてきたのである。確かに、ロシアの侵攻が始まったときに、ゼレンスキーに退去を勧めたようだが、しかし、他方既に、特殊部隊を配置するなと、アメリカは、ロシアへの対抗措置をとっていたのである。それがなければ、ゼレンスキーは捕縛されるか、殺害されていただろう。アメリカは、変わり身の早さを示したのではなく、一貫したロシア弱体化の戦術をとっていたのである。「ウクライナ侵攻によりロシアが消耗することさえも米国は見越していた」と安倍が本当に考えていたとしたら、おめでたいとしかいいようがない。アメリカは、ロシアを消耗させるために、ロシアに戦争を起こさせ、はじめは、小さな武器をウクライナに与え、ロシア軍を少しずつ消耗させながら、次第に強力な武器を与え、ロシアの戦力を少しずつ、しかし徹底的に削いでいく戦術をとっているのである。しかも、アメリカ人の生命は犠牲にせず、アメリカの古い武器から順次消費しながら、新しい武器を試していく。その過程で、旧東欧圏のソ連製武器をアメリカ製に置き換えていく。アメリカは、死の商人としての利益追求と、ロシアの弱体化を両立しながら追求、実現しつつあるのだ。安倍が、アメリカは軍事介入による抑止の意向を示さなかったと、本当に考えているとしたら、まったく事実をみていないのだろう。アメリカは、ウクライナにかなり早い段階から軍事支援をしてきたし、また、現在ウクライナがロシアと対等以上に闘っているのは、アメリカを中心とする武器供与と技術指導のおかげである。提供していないのは、直接戦闘行為に参加する軍人だけだ。十分すぎるほどアメリカは軍事介入しているのである。しかし、アメリカの狡いやり方に関しては、批判されるべきなのだ。
 
 安倍は、G7などの協調勢力との間や、更にロシアや北朝鮮に関しても、実績をあげたと岩田は評価しており、それは「テタテの最大活用」にあったというのだ。「テタテ」とは、要するに一対一での会談のことらしい。首脳との一対一の話し合いで、あのにこやかな笑顔を振りまきながら、相手の心を掴んでいったという。しかし、そこに書かれている事例で、成功したといえる事例はない。
 トランプと金正恩の会談では、かなりトランプに助言をしたことになっており、それは拉致問題の解決のためだったそうだが、結局、ハノイでの決裂の際には、トランプは金正恩に、安倍との対談をするように促したことになっていにもかかわらず、安倍がいくら連絡をとろうとしても、結局金正恩にはつながらなかった。
 日米貿易交渉では、トランプの怒りを、安倍が丁寧な説明をして、合意をとりつけたというのだが、結局は、日本がいかにアメリカ製品を過大に買わされているかという事実が示されているだけだ。貿易赤字だと怒るトランプに対して、日本が買っている品物を示したというに過ぎない。
 TPPやパリ協定から、アメリカは脱退したわけだが、G7で、パリ協定を前提とした共同声明に、当初アメリカ(トランプ)が反対し、共同声明成立そのものが危うくなったという。しかし、アメリカは外れて、他の道を探るというような断りをいれることで、共同声明そのものには、アメリカも了承したのだという。このことが大きな成果とされるが、アメリカは結局パリ協定を脱退しているのだから、別途協定を結ぶと書いても、アメリカの脱退を防ぐことはできなかったわけだ。TPPも同様である。つまり、こうした協調国との間でも、安倍氏が努力したのに、その対立を結果的には克服していないのである。
 
 更に、プーチンとの関係だ。安倍氏は、プーチンと20回以上も会談し、「同じ未来をみている」などとプーチンとの共同記者会見で述べて、さすがにプーチンが苦笑いしている映像は有名になっている。北方領土に関して、プーチンは森元首相とプーチンの合意点を、日本側の怠慢で最終段階に進めなかったことを怒っていたので、安倍氏は、違うアプローチをとったという。つまり、歴史認識は脇において、経済協力を進めるという方式である。危険な点もあったが、安倍が新しいやり方として進めたというのである。しかし、ロシア国内での領土返還反対運動が起きたために、プーチンが急速に硬化してしまったと、安倍氏および岩田氏は認識しているようだ。
 しかし、これは安倍の認識の誤りであるか、あるいは知ってて、実現性のないやり方をとり、結局、利益をさらわれてしまったというのが事実であろう。
 世間では、森首相は、退陣したために北方領土問題の解決が、不可能になったと考えられているが、私は、返還された北方領土に米軍基地が置かれることはないと言明したことから、アメリカの同意をえられなかったため、首相を退陣せざるをえなくなったと考えている。実際に、北方領土に、特に返還が想定されている2島に軍事基地が置かれる可能性はないわけだが、それを約束することは、アメリカとしては首肯できないのだろう。逆に安倍が長年交渉しながら前進しなかったのは、そうした状況を知っていて、アメリカの基地の可能性を否定することができなかったからであろう。これは、交渉の経過をみれば、だいたい了解できると思うが、以下の詳しい対談では、小泉悠氏がその可能性を指摘しているだけだ。
 結局、北方領土の解決には、アメリカの合意が必要だということだ。そもそも、北方領土の取得を、ソ連に対して認めたヤルタ会談は、イギリスとアメリカが、日本とソ連の対立を恒常化させるために設定した楔であり、この楔を取り除く、つまり、アメリカの合意をえないことには、進まない課題なのである。結局、その点での壁を除けなかったのだから、安倍政権が続いても、うまくいくはずがないのである。結局、結果的には、経済協力の名の下に、ロシアに日本の資金を提供することになっただけという可能性もある。ウクライナ戦争の結果によっては。
 
 こうしてみれば、岩田氏が、首脳同士の潤滑油となったことを指摘しているだけで、実際の果実としての結果を残すことはできなかったことが、明確になる。外交の安倍というのは、虚像といわざるをえないのである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です