最近話題の成田悠輔氏のベストセラーになっている本らしい。羽鳥モーニングショーで、コメンテーターとして出ている成田氏が直接解説する形で、紹介されていた。番組は最後まで見なかったが、すぐに本を電子版で購入し、ざっと読んでみた。アマゾンでのレビュー数が700以上もあった。そんな本は滅多にないので、それだけでも驚きだ。
本の内容は、とにかく、現在の選挙と民主主義の否定的な状況を、打開するための具体的な方策を、まったく自由な感性で提案しているものである。現時点で考えれば、本当にそういうことが可能か、また可能だとして好ましいのか、それは実はディストピアではないのか、という感想は当然おきるが、私がここで、教育制度の改革案について提起する場合でも、実現性はあまり考慮しないままに、とにかく考えられるあり方を書いている立場からすると、そういう自由な発想には共感する。実際に、当たり前になっている機械だけではなく、制度にしても、最初に考えた人がそれを公表したときには、ほとんどは、空想的なことだと思われていたに違いない。そう考えれば、ここで提起されている突飛と思われるアイデアも、やがて実現し、当たり前のことになるのかも知れない。
成田氏は、現在の民主主義の「故障」を明らかにし、次にそれと「闘争」するが、無意味だと感じて「逃走」を試みる。しかし、逃走しても何も生まれないから、「構想」を提示することになる。
「故障」では、民主主義が既に経済的発展力を失っていること、選挙が民主主義を実現していない、様々な事例を具体的、数字を伴って示される。
V-Demというデータからわかったこととして
・政党や政治家によるポピュリスト的言動が増えた
・政党や政治家によるヘイトスピーチが増えた
・政治的思想・イデオロギーの分断(二極化)が拡大した
・保護主義的政策による貿易の自由の制限が強まった
という現実をあげ、民主主義国家ほど貿易の成長が鈍ったと指摘している。
民主主義の劣化の代表例として、ビルゲイツが2015年に、次の世界の戦争は感染症対策の戦争であると予言し、オバマからトランプに引き継がれたが、まったく対策がとられなかったそうだ。トランプは、現実に新型コロナウィルスが流行してからも、軽視し続けたし、自身が感染してかなり危ない症状だったようだ。
「闘争」では、具体的な改革を提示する。現在はシルバー民主主義だと規定するが、
・政治家に対しては、成果報酬にする
・メディアに対しては、無料でつかえるSNSなどに、課税という形での規制を導入
・選挙については、政治家や有権者に対する「定年」や「年齢上限」、ネット投票等
結局、様々なことが、実際に試みられているが、「一括間接代議民主主義」である以上うまくいくはずがないと、次の「逃走」を試みることになる。
教育が必要であると、多くの人は思っているが、アメリカでの調査によると、高学歴の人ほど、他人のいうことに耳をかさず、自分の見解が絶対正しいという姿勢に固執しているという。だから、教育によって変えることも、非現実的だと成田氏は悲観的になる。
「逃走」
ここでは、タックスヘイブンならぬ「デモクラシー・ヘイブン」が提起されるが、あまりよくわからない。何ら他から干渉されてい場所に、民主主義国家をつくるということらしい。海上に自治都市をつくるとか、多数ある地域に移住して、その地域をのっとってしまうとか、実際にあったことも含めて解説されるが、それが現在の民主主義の状態を改善するようには、とうてい思えないから、結局、逃走からは何も生まれないと自覚して、「構想」を示すことになる。
「構想」
成田氏の示す構想は、あらゆるところから収拾したデータを分析して、民意を析出し、それに基づいた行政が行われるということのようだ。そして、選挙は不要になり、政治家もいらなくなる。
データのもつ意味を示すものとして、テレビの視聴率を調べるやり方を紹介している。私自身、そういうものなのかと知ったのだが、視聴率を調べるために、実際にみている人を調べる機械が設置されていて、何人がみているか、どういう人か(年齢、性別等)、みているときの表情分析などが記録されているという。羽鳥モーニングショーは、高齢者が多くみているといわれているのは、そうした作業の結果なのかと知ったわけだが、確かに、最初は若者向けのコマーシャルだが、ある時間帯から高齢者用のコマーシャルにはっきりと転換する。そうしたことも、調査されているわけだ
街頭のカメラ、snsの書き込み等々、あらゆる可能なデータを集め、AIで分析して、国民が実際に何を望んでいるのか、どの政策を支持しているのかを割り出すというわけだ。そうすれば、わざわざ選挙する必要はないし、また、個別のテーマごとにウェブ投票を実施するなどという、不可能なことを考える必要もないという。
若いころにみたSF映画に、政策担当者が、ある政策についてコンピューターに、どうしたらいいか尋ねる場面があった。そして、コンピューターが「こうしなさい」と指示をだすと、それを謹んでうけて、実行に向かうという場面だった。オーウェルの「1984年」も似たような設定だ。
こうした時点では、もはや選挙そのものが必要なくなり、また選挙で選ばれて、代表として政策を決める政治家も不要になる。
しかし、それでは、本当に国民の望んでいることを公正に回答しているか、問題になるから、アルゴリズムは公開しなければならないと、成田氏は付け加えている。公開されたアルゴリズムをどの程度の人間が理解できるかは、心もとないし、アルゴリズムの決定に、利害対立を反映した闘争がおきるのではないかと思うのだが。
提言は、それなりに突飛な感じがあるにせよ、自由な発想で生まれたもので面白いと思った。
しかし、現状認識については、不満もいくつかあった。一番大きなことは、民主主義国家が停滞しており、独裁国家のほうが発展しているというのだが、民主主義国家も多様だし、独裁もそうだ。プーチンのロシア、習近平の中国、金正恩の北朝鮮、いずれも決定的な違いがある。プーチンは、国民の選挙で選ばれた大統領だ。習近平は、共産党で選出されている。金正恩は世襲である。また、軍事クーデターによって独裁的地位を獲得している者も多数いる。経済的発展の度合いもそれぞれである。そういう違いを捨象して、独裁国家のほうが民主主義国家より、経済的に発展しているといっても、あまり意味がないのではないか。
民主主義国家についても、民主主義国家というとき、何が重要な規準なのかが、明示されていない。どうも選挙があることが民主主義の証のように考えられているのかも知れないが、現在では、民主主義の本質は政策決定の透明性であるという考えが支配的になっている。そういう判断規準からすると、成田氏が民主主義国家の代表と思っている国は、民主主義の度合いが低いのだ。そして、透明性が高い民主主義国家は、現在でも、経済的には強力である。(フィンランドなど)
しかし、成田氏としては、当然折り込み済みのことだろうが、構想を示す上では重要でないと考えたと思われる。