五輪マラソン・競歩会場問題で露呈して問題

 突然知らされた、来年のオリンピックにおけるマラソンと競歩の会場変更。ワイドショーの格好の話題となっていた。既に一年をきっている段階で、本当かどうかわからないが、主催都市の首長が変更協議が進んでいることを知らなかったらしいことは、やはり多くの人が驚いたことだろう。最近行われたドーハでのマラソンで、完走率が58%だったということで、IOCが危機感をもったということのようだ。こうしたニュースを追いかけていないので知らなかったが、ドーハでは、夜中の12時ころにスタートしたらしい。もちろん、暑さを避けるためだが、それでも完走した人が6割に満たなかったわけだ。日本では、これまで段々スタート時間を早めて、現在では朝6時ということになっているが、更に5時に早めようという検討がなされていたらしい。
 ドーハのマラソンに参加した選手の談話が印象に残る。選手はこうやって悪環境のなか競技をしているのに、偉い役員たちは、ホテルの快適な部屋でテレビをみているのだろう、というようなことだった。 “五輪マラソン・競歩会場問題で露呈して問題” の続きを読む

名大女子学生による殺人事件、最高裁判決で無期確定

  2014年12月、名大の女子学生が、77歳の女性を自分のアパートの自室で、斧で殴り殺害した事件の、最高裁判決が出て、無期懲役が確定した。この事件が起きたときには、本当に驚いたが、その後、一橋文哉氏の『人を殺してみたかった』というルボが出された。また、逮捕当時には、犯人のウェブサイトがブログ(だったと思う)が残っており、読めるだけ読んでみて、なるほど、彼女は、常に人を殺害することを考えていたのだと感じたものだ。一橋氏の著作は、彼女の生育歴が比較的詳しく書かれており、考えさせられた。そして、親と高校の担任、あるいは理科の教師たちが、何故、彼女の行動を、よりまっとうな方向に導くことができなかったのか、あるいはしようともしなかったのか、もし、自分が担任だったらどうしたろう、あるいはどうできたろうかと考えたし、また学生たちにも問いかけてみた。
 とにかく、成長の過程をみれば、殺害に至るまで、ほとんど一直線に進んでいった感じなのである。今手元に一橋氏の著作がないので、記憶で重要な点を整理しておこう。
1.祖父が非常に有名な東北大学の教授だった人で、しかもかなりのお金持ちであった。
2.父親も優秀で研究者を目指していたが、常勤ポストを得ることができず、自宅で研究をしていたが、経済力はなかった。
3.母親が働いて生活を支えていたが、豊かではなかった。
4.近所の祖母の家で過ごすことが多く、ピアノを習っていて(ピアノは祖母の家にあった)、かなり優秀で、コンクールにもでたが、入賞しなかった。そのとき優勝した男の子の腕前に感心し、密かに好きになったが、失恋して、その後一切男に興味をもたなくなった。
5.成績は小さいころから極めて優秀だったが、いつもかなり粗末な服装で、そのアンバランスが周りに奇異な感じを与えていた。
6.両親からは、ほぼ放置されており、祖母に可愛がられていた。
7.祖父、父とも化学者で、比較的小さいころから、薬品に興味をもち、通常入手できない薬品なども、家庭環境故入手でき、最初動物に投与していたが、高校になると、人に対して使ってみたいと考えるようになり、隣の席の男子に密かに薬物を彼のポットに混ぜ、変化を観察していた。薬物などへの興味を、隠すこともなく、高校内で広言していた。
8.体に変調をきたしたその男子は、警察に届けを出したが、警察も学校もきちんとした対応をしなかった。
9.現役で名古屋大学の理学部に合格したが、少年による殺人事件に異常な興味をもち、ウェブで詳細に調べていた。特別な検索テクニックをもっていたらしい。とくに、リタニンを母親に飲ませて殺害した静岡の女子高校生には特別な関心をもっていた。大学では唯一の応援団に所属する女子で、詰め襟の学生服をきて、自分を「俺」といっていた。
10.たまたま話しかけられた布教活動をしている女性と親しくなり、その本部までいって女性を自分のアパートに誘い出して、殺害した。死体をバスタブにいれたまま、冬休みの間帰省していたが、既に彼女の犯行を確信していた警察に、再度名古屋に戻ったときに逮捕された。殺害を隠すこともなく、ひとを殺してみたかったと自供した。
 以上のような生育歴だったと思う。裁判の途中で、かなり人当たりが変化して、ある意味全うな人間になりつつあったと報道されたと思う。裁判長が、「もしまた社会に出てくることができたら、しっかり、まっとうに生きなさい」と諭したところ、素直に頷いたという。
 裁判では、弁護側が、心神喪失を主張したというが、どう考えても、それは無理というものだ。とにかく、彼女のブログを読めば、いつも殺人のことを考えており、実行したあと「ついにやった!」と書き込んでいる。はっきりと自覚的な行動だったことは明瞭である。弁護士は、この方針以外闘えないと思ったのだろうが、そうした間違った事実認定では、ますます勝つことはできないので、もっと彼女の生育歴や内面などを明らかにするような闘い方をしてほしかったと思う。
 上の成長の過程を読めば、多くの人は、彼女が恵まれていながら、ある面貧困に苦しんでおり、立派な親がいながら放置されている、学校の成績が抜群にいいのに、奇妙な行動を公然ととっている、極めてアンバランスな人間を想像するだろう。そして、私が何よりも感じるのは、とくに高校の教師が、親身に彼女のことを思い、指導しようとすれば、興味関心を捨てなくても、まっとうな生き方を可能にすることができたのではないかという点である。
 考えてみれば、人を殺すことを主たる仕事のひとつとしている職業がある。(軍人)人に薬物を投与する職業もある。(医師、薬剤師)人体を切り刻む職業もある。(外科医)そして、臨床中心ではなく、観察中心で、同様なことを実践している人たちもいる。(研究者)
 もし、高校時代の被害者が警察に通報したとしたら、学校に連絡がいったはずである。しかし、結局は、警察も学校も、彼女の行動を問題にして、処分するなり、指導するということがなかったようだ。有数の進学校であった彼女の高校は、校内で不祥事が起こることを嫌い、見て見ぬふりをしていたのだろうか。彼女が高校時代やっていたことは、もちろん犯罪であるが、通報がある以前に、彼女の行動は知られていたようなのである。深刻になる前に、ルールに基づきコントロールされた形で行う、具体的な職業を教え、長く、彼女のやりたいことを続けたいのならば、犯罪としてではなく、認められた職業のなかで行うことが必要であること、そして、そのためには、現時点でどのような勉強が必要であり、それが将来仕事していくなかで、どのような役割を果たすのか、納得のいくように説得すれば、彼女ほどの優秀な生徒であれば、きちんと理解し、かつ実行できたのではないだろうかと、残念に思うのである。
 結局、進学実績を重視し、個々の生徒の意識や課題に丁寧に指導するのではなく、そうしたことは排除しつつ、科目の成績の向上に専念する。そういう学校の姿勢が、彼女のなかの悪魔を増長させていったに違いない。

国際社会論ノート 『従軍慰安婦』吉見義明、『ひと目でわかる慰安婦問題の真実』本間政憲を読んで

 「国際社会論」で、国際人権を考える例として、慰安婦問題を扱うことにしたので、いろいろと読み直したり、まだ読んでいない本を読んだりしている。「国際人権」を一回取り上げることにしているが、毎年具体的対象を変えて考えており、今年度が最後なので、「主戦場」をみたこともあり、史上最悪の日韓関係と言われる要因のひとつである「慰安婦」を取り上げようと思った。しかし、調べれば調べるほど、また考えれば考えるほど、難しい問題だ。単なる「歴史」問題、人権問題ではなく、政治、情報戦争でもある。そして、完全に対立し、冷静な議論ができない状況でもある。対立の双方の意見を丁寧にインタビューして、交互の見解を提示する形の映画を作成したら、一方から提訴がなされてしまう。下手に意見表明もできないような雰囲気もある。
 このふたつの本は、慰安婦問題の双方の立場を代表するもののひとつであろう。そして、それぞれが、重要だと位置づけている「一次資料」を豊富に使って書いているのだが、その一次資料が全く異なる。 “国際社会論ノート 『従軍慰安婦』吉見義明、『ひと目でわかる慰安婦問題の真実』本間政憲を読んで” の続きを読む

大学の授業で出欠をとることは

 10月15日のAERAdotに「他人の得が許せない人々が増加中、心に潜む苦しみを読み解く」という文章が出ている。文字通り「他人の得」に対する怒りの感情の事例がいくつか出ている。
(1)定食で飯のおかわり自由にクレームが出た。おかわりしない客からみると「不公平だ」という。
(2)れいわ新撰組で当選した車椅子議員のために国会が改修されたことに、「自己負担でやるべき」という意見がネットで流れた。
(3)出席せずに単位をとるのはずるいから、出席をとってくれと要求する学生
(4)レッドカーペットを歩くアンジェリーナ・ジョリーのサインをもらうために、子どもを近づけた女性に反感を抱く女性
(5)早く結婚したのに子どもが生まれない女性が、自分より早く出産した女性を許せないと感じる
(6)若い人はどこでも就職できるけど、40代の自分はどこにも転職できない、と若い職場の同僚をいじめる女性
 この事例の間に、心理学者や宗教家のコメントが入るのだが、それはこの際取り上げないでおく。正直常識的なコメントに過ぎない。この文章を読んで、ブログを書いてみようと思ったのは、(3)に関してである。私にもこうした経験があるが、いくつか気になった。 “大学の授業で出欠をとることは” の続きを読む

ベートーヴェンはオーケストレーションが下手?

 もうひとつのベートーヴェンへの疑問が、オーケストレーションが下手だというものだ。あまり詳しく書かれていなかったので推測にすぎないが、この方は、ラベルとかマーラーなどを念頭において、ベートーヴェンのオーケストラ曲が、色彩感が乏しいと思っているのではないだろうか。しかし、ラベルやマーラーを基準にべートーヴェンを批判するのは、いかにも当時の状況を無視している。ラベルの時代には、楽器改良がほぼ完成し、更に奏者の技量もあがった。音楽学校が整備されてきたことも影響している。オーケストラの編成も大きくなり、華麗な響きだけではなく、さまざまな多様な音色を高い技巧で表現できるようになっていた。更にマーラーは、優れた指揮者だったから、自分のオケで試しの演奏をして、そのあとで修正することが充分に可能だった。
 では、ベートーヴェン時代の考慮すべき事情とは何か。
 第一に、ベートーヴェンの時代には、貴族のお抱えオーケストラ以外には、プロの常設コンサートオーケストラは存在しなかった。 “ベートーヴェンはオーケストレーションが下手?” の続きを読む

名曲って何? 「運命」は名曲じゃない?

 私は、CDや本の視聴者・読者のレビューを読むのが好きなのだが、ときに、かなり驚く文章にぶつかることがある。そのなかで、私にとっては最も強烈だったのが、ベートーヴェンの「運命は名曲じゃない」というのと、ベートーヴェンはオーケストレーションが下手だったというのがある。これには、心底びっくりした。来年はベートーヴェンのアニバーサル・イヤーということもあり、私のオケでも「田園」をやることになっており、また、ベートーヴェンの全集なども早速でている。
 ベートーヴェンのみならず、クラシック音楽のなかで、最も「名曲」と親しまれているのが、「運命」第五交響曲だと思っているので、「名曲じゃない」と言われると、あなたにとって「名曲は何?」と聞き返したいところだ。 “名曲って何? 「運命」は名曲じゃない?” の続きを読む

台風通過中

 一昨日くらいから台風19号のニュースをずっとやっていて、昨日からは、土曜日(今日)は外出するなというアナウンスを繰り返していた。幸い、外出しなければならない用事はないので、ずっと家にいる。そして、ずっとNHKの台風情報をみながら、仕事をしている。
 狩野川台風以来とさかんにいっているが、私が小学生のときに狩野川台風があった。東京に住んでいたので、今でもよく憶えている。約1200人が亡くなったわけだから、本当に酷い台風だった。小学生だったので、自治体や国がどのような対策をとっていたかとか、テレビがどのように注意を呼びかけていたか、というようなことは、まったくわからないし、記憶にない。記憶にあるのは、台風がくるというので、窓を守るために、木材を買ってきて、窓枠を守るために木材を打ちつける作業を、家族でやったことだ。当時はアルミサッシではなかったので、多くの家でそうした作業をしていたように思う。私は、世田谷区に住んでいて、まわりで大きな被害はなかったと思うが、いろいろな場所で川が氾濫して大きな被害になった。
 今回の台風19号も、まだまだ被害が起きるだろうし、通過後数日間も要注意だが、それでも、狩野川台風のときと比較すると、日本の防災対策もずいぶん進んだのだという実感がある。 “台風通過中” の続きを読む

神戸の教師いじめ事件 独自の人事制度が影響?

 10月9日の毎日新聞に、「独自の人事制度影響か 神戸教諭いじめ 児童認識、同僚は黙認」という記事がでている。まずいじめが子どもや教師に認識されていたという事例が書かれている。「先生が蹴られるのをみた」「加害側の女性教員が被害教諭を学校の廊下で蹴るのをみた」、この教員は被害教員について子どもたちの前で「私のワンコ(犬)みたいな存在や」と言い放った、そして、被害教諭から、いじめを聞かされたこともあったというのである。
 なぜとめられなかったのかという問いに対して、本人の希望を踏まえて、最長9年間同じ学校に在籍できる、神戸の市立小学校独特の制度が原因ではないか、というある市議の指摘を紹介している。そして、市教委は、「ベテランから若手まで最適な移動を返済できるよう改革する」という方針だそうだ。
 しかし、問題をそらしているのではないかという疑問がわく。 “神戸の教師いじめ事件 独自の人事制度が影響?” の続きを読む

愛知トリエンナーレ問題4 内容への口出し

 奥村氏の「支援するが内容に口出ししない」という問題をどう考えるかという点が残った。これまで、主に毎日新聞の記事を参考にしていたので、バランスをとるという意味ではないが、産経新聞の「表現の不自由展その後」に関する記事をまとめて読んでみた。奥村氏の見解と正反対なのが、八木秀次氏の「表現の不自由展 公的空間での展示の線引き必要」(産経新聞2019.10.8)という記事である。
 八木氏は、そもそもこの企画そのものが問題だ、という立場であり、更に以下のように述べる。

 「芸術については、たとえ主催自治体のトップであっても『中身についての議論はしてはいけない』『金だけは出せ』というような風潮が一部にあるようだが、多額の公金を使ったイベントで、芸術といえども表現の自由において特権的な地位はない。」

 奥村氏と八木氏とでは、どちらが正しいのだろうか。 “愛知トリエンナーレ問題4 内容への口出し” の続きを読む

透析中止の福生病院を家族が提訴

 昨年8月に大分話題になった福生病院での透析患者の死に関して、遺族が病院を提訴すると報道されている。この問題については、何度か、このブログで意見を書いたが、新しい段階になったので、再度この提訴について考えてみる。
 起きたことを整理すると、透析治療をしていた40代の女性患者が、腕の血管のシャント(分路)がつまったために、それまでの透析が不可能になり、かかりつけの病院から、福生病院に相談にきた。そこで、病院は、首から管をいれて透析を続けるか、透析をやめて治療中止するかというふたつの選択を示した。女性はシャントが詰まったら、透析を継続しないという気持ちをもっていたために、中止を申し入れ、病院は文書で確認をした。これが8月9日。そして、中止をしたので、帰宅をした。しかし、そのうち苦痛が甚だしくなったので、やはり透析を再開したいと考えて、福生病院にいったところ、文書があるということで、病院側は、透析再開をしなかった。女性は夫にも訴えたが、夫がたまたま仕事で遅くなり、病院に駆けつけたときには、亡くなっていたということだった。再度の入院が14日、死亡が16日である。 “透析中止の福生病院を家族が提訴” の続きを読む