給特法改正案が成立 これで教師の過剰労働が解決するとは思えない

 教師の過剰労働の深刻さは、待ったなしである。というと、必ず「いや、まじめな教師は大変だが、教師はさぼろうと思えばかなり楽な仕事で、楽している教師もたくさんいる」という議論が出てくる。確かに、それは間違いではない。授業は毎年同じようにやれは、それほど準備をしなくても、なんとかこなせる。係などもできるだけ引き受けない。義務ではない仕事も引き受けない。そうすれば、楽な仕事だ。実際に、勤務終了時間になるとさっさと帰ってしまう教師もいる。また、生徒間のトラブルや保護者対応なども、真剣に取り組まないと決めこんで、関与しなければ、ストレスもたまらないに違いない。
 教師には超過勤務手当がないかわりに、超過勤務を命令できる項目は、「生徒の実習関連業務・学校行事関連業務・職員会議・災害等での緊急措置など」と定められており、厳密にいえば、これ以外は拒否できる。もちろん、部活の顧問なども断ることができるので、最近はなり手が減ってこまっているわけだ。
 楽をしようと思えばできることがわかる。しかし、多くの教師は教職に対する誇りと情熱をもって取り組んでいると思う。そうすると、限りなく大変になる。授業準備は、いくらやっても足りない。子どもたちは、いくらでもトラブルを起こすから、対応にもきりがない。保護者のなかには、小さなことに拘って、クレームや問い合わせを頻繁に行う人がいる。そうしたことに、対応していれば、かなりの時間がとられ、かつストレスが蓄積していく。
 そして、結局やらざるをえない業務(アンケート、報告書、委員会、給食・掃除指導等々)がある。例えば、法律によって、年3回いじめに関するアンケートを実施することが、学校に義務づけられている。もちろん、法律的には、教師がそれをしなければならないことはないとしても、実際には、教師はアンケートをしなければならないだろう。アンケートそのものは勤務時間内に行うとしても、集計は、残業にならざるをえないのである。
 このようなことを考えれば、今の状況を続けていけば、誠実な教師が倒れ、熱意のない教師が生き残っていくということにならざるをえない。その結果が、学校教育にどのような影響を与えるかは、自明のことだろう。

 さて、成立した給特法改正とはどのようなものなのか。
 最も変わるように見えるのは、教師の年間の長時間労働を解消するために、夏休みなどにまとめて休暇をとれるようにするという点である。文科省の説明をみよう。

○ 夏休み等児童生徒の長期休業期間の教師の業務の時間は、学期中よりも短くなる傾向。
○ 学期中の業務の縮減に加え、かつて行われていた夏休み中の休日のまとめ取りのように集 中して休日を確保すること等が可能となるよう、公立学校の教師については、地方公共団体 の判断により、一年単位の変形労働時間制の適用を可能とす
 
 この内容を初めて知ったとき、我が耳を疑った。夏休み中の業務が学期中より短くなるのは当然だ。そのときに、集中して休日を確保することを可能にするというのが、改革なのだそうだが、そもそも、そんなことは教師が個人的にやっていることである。教師にだって、当然有給休暇の権利がある。しかし、学期中に有給休暇をとって休むことは、かなり厳しい。だから、多くの教師は、有給休暇をとらないか、あるいは夏休みなどにとっている。改革でもなんでもない。むしろ、長期休暇中に休日を確保することによって、忙しい時期には、もっとたくさん働かせてもよいような解釈がなされている。文科省の説明にはでてこないが、産経新聞は次のように説明している。

 「教員の変形労働時間制には、多忙な学期中の勤務時間を引き上げる代わりに、夏休み中の長期休暇を取りやすくするなどの狙いがある。」

 要するに、多忙な時期には、合法的に長時間労働をさせられるということだ。
 現在の教師の過剰労働を解決するものではないことは、ほとんど誰の目にも明らかではないだろうか。このように、文科省の教師政策は、過剰労働を解決するためとして、いろいろな案をだしてくるが、ほとんど逆効果なのである。しかも、それは事前に指摘されてさえいる。
 実は、文科省は、10年ほど前に、やはり給特法の改正を内部で審議している。そこでは、かなり抜本的な議論をしたようだ。ふたつの解決の方法があるとして、案が提示されている。

【案の1】
 支給率にメリハリを付けて支給
勤務時間の内外を通じてそれぞれの教員にかかる職務負荷を評価して支給する新たな手当(教職特別手当(仮称))を創設する。
→ 給料のパーセント支給を標準とし、職務負荷に応じて支給率を増減。
※ 引き続き、教員への時間外勤務命令は超勤4項目に限定。
課題
・客観的な評価基準をどう定めるか。
・勤務実態調査の結果を踏まえた支給率の見直しが必要。
【案の2】
 時間外勤務手当を支給
 一般の公務員と同様に、時間外勤務の時間数に応じて時間外勤務手当を支給する。
※ 超勤4項目を廃止。一般の公務員と同様に、公務のために臨時の必要がある場合に時間外勤務を命じることができるようにする。
(ただし、超勤4項目を改正し、教員に対して時間外勤務を命じることができる事項を拡大する方法も考えられる。)

 ここでは、超勤4項目の廃止案も検討されているし、あるいは、現在の一律の特別手当を、働きに応じて支給する案などが検討されている。しかし、いずれも採用されず、結局は今回の改正となった。今回の改正が、いかに表面的なものであるかわかる。

 さて、では、こうした問題はどうするべきなのか。基本的な点に関して私見を述べる。
1 まず、教職が超過勤務手当になじまないという点についは、私は原則賛成である。だから、義務的な残業を限定的に規定する方式になることも同意できる。教師にとって、最も時間をかけるべきなのは、授業準備であるが、まだ未熟な教師が学校に残って、いろいろな調べながら教材研究をしていると、多くの残業手当をもらえ、ベテラン教師が効率よく準備したり、あるいは既にさまざまな書籍を購入しているので、家に帰って準備をする。すると、同じ時間教材研究しているのに、残業手当がでない、こういう矛盾した状況になる。従って、授業をするということに対して、正当な報酬を設定し、その準備は個人の責任においてするというのが、教職には適している。
2 そのためには、教師に義務とされる仕事内容、あるいは学校教育として行う内容を、ずっと少なくしなければならない。ヨーロッパの学校と比較すれば、日本の学校が、いかに多くの内容を抱えているかが、よく理解できるが、それは、日本では、多くのことが学校で引き受けているが、ヨーロッパでは、学校外の組織が引き受けている部分が多数あるという違いである。学校の教師が疲弊してしまうやり方が、いいはずがないではないか。原則的には、狭い意味での教育活動に限定されるべきである。しかし、生活指導などの担当者は必要だろうから、その手当は必要である。
3 学校での業務が過大になるのは、行政だけに原因があるわけではない。むしろ、社会、あるいは保護者からの要求も無視できないほど多い。学校に要求することで、学校教師が疲弊してしまうことは、保護者にとってもマイナスである。ただ、この点の解決には、多くのことを考えねばならないので、別の機会に書こうと思う。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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