外国人への規制を強める雰囲気の一環として出てきたかどうかは不明だが、国が特定の自然科学系の大学院博士課程の院生に対して行っている補助金を、外国人の留学生にはださないという方針がだされ、外国人留学生が当然のように抗議をしている。この問題はとても難しく、簡単には解答がだせないのだが、いくつかの点で考えてみたい。
まず、外国人留学生の大学教育の授業料について、三つのパターンがある。
第一は、当該国民と外国人を平等に扱うタイプ、第二は、外国人留学生を優遇するタイプ、そして第三は、外国人に余分の負担を課すタイプである。 “理系博士課程院生への支援の外国人廃除は疑問” の続きを読む
月別: 2025年12月
NATOは死んだのか
前にも書いたのだが、EUの問題だ。
プーチンはヨーロッパと戦争する容易があると語っているそうだ。もちろん、そんな余裕があるはずがなく、単なる脅しの類だろう。ウクライナ一国にあれだけ苦労しているし、経済制裁とウクライナによるエネルギー施設への爆撃で経済的に行き詰まっているのに、さらにヨーロッパと戦争できるとは思えない。もちろん、プーチンのことだから、やるかも知れないが、それはロシア連邦の解体への第一歩である。 “NATOは死んだのか” の続きを読む
チェロ乾燥のために絃が外れた
昨日は私の所属する市民オーケストラが、毎年12月に行う、合唱付きの演奏会の、合唱団とあわせる練習だった。2回目のあわせなのだが、前回は風邪気味だったので休み、今回が私にとっては今回の演奏会用には初めてだった。曲はベルディのレクイエムだ。前回がワーグナーとマーラーだったので、それと比較すると難易度が低いのだが、それでも長丁場であり、難しいところがたくさんある。
最近は非常に寒い日が続き、昨日も寒く、しかも、練習会場では大ホールで人気歌手のコンサートが行われていたので、いつもの地下駐車場がとれず、外の駐車場になり、寒さのなかでチェロを運ぶことになった。 “チェロ乾燥のために絃が外れた” の続きを読む
アマゾン離れ
アマゾン離れが進んでいるという話がある。
アマゾンの商品に偽物が少なからずある、対応がいいかげんだ、配達されないことがある等々。私自身は、アマゾンの偽物をつかまされたことはないのだが、今回、「理想のトマト」の定期便を注文したところ、2度目が配達されなかったというのが、初めての経験だった。品薄だという連絡はあったのだが、大分経過したが、いまだに配達はされていない。たしかに、コストコでも別の形態のしか販売されていないし、アマゾンでも同じタイプのものはほとんどみかけないから、品薄なのだろう。 “アマゾン離れ” の続きを読む
ブラームスとオペラ
ブラームスはなぜオペラを書かなかったのか、という点について 論じている文章があった 。 その文章によると、フランス革命と 産業革命 によってブルジョア階級が 勢いを増し、彼らが貴族的な教養を得たいと考えて、ブラームスのような作曲家を歓迎した というのである 。そうして ブルジョワジーの財力によって、ウィーンに楽友協会ホール を建設した 。しかし、ブラームスが貴族などではなく 新興のブルジョワジー 市民のために作曲をした というのであれば、当然オペラの方が 効果的であったはずだ 。というのは、オペラこそたくさんの観衆を抱えており、その管理は 貴族であったとしても、聴衆たちは市民やブルジョアジーだったのである。そういう点で考えても、ブラームスが新しい聴衆のために作曲をするというのであれば、交響曲や室内楽 などのような古典的な音楽ではなく、オペラこそ 聴衆の要求に適うものであったはずだ。 “ブラームスとオペラ” の続きを読む
音声入力ソフト進化したのだが
パソコンの音声入力が大分進歩して、ほぼ使える水準になっている、これからはキーボード入力ではなく、音声入力が主流になるし、腕の腱鞘炎を防ぐ意味でも音声入力が適している、という情報がyoutubeに大分流れていたので、使ってみた。
使ってみたのは、マイクロソフトの音声入力で、エディターを立ち上げたあと、ウィンドーズマークとHを押すと、音声入力になる。それで思いつくままに、文章を入力し、ワードでだいたい一ページくらいの分量を入力した。
その変換効率は驚くべきもので、間違いは一カ所もなかった。だから、通常ではりっぱに使えるレベルだと思った。
しかし、それでは今後これでいこうと思ったかというと、私は、まだしばらくはキーボードを使うつもりだ。理由はふたつある。 “音声入力ソフト進化したのだが” の続きを読む
五十嵐顕は知識人か3
「攪乱者」という面については、単純ではないといえる。
学生時代から軍隊、そして、教育研修所時代の五十嵐は、攪乱者とはまったく正反対の協調型の人間であった。四高に入ったときからつけ始めた読書ノートには、高校で学ぶべきものは倫理、道徳、哲学、歴史などであって、社会科学は大学で学べばよいと書いていたが、大学に入っても社会科学を学ぼうとはしなかった。学連事件によって、高等学校(旧制)での社会科学研究会が禁止されていたのだが、そうした禁止に忠実だったといえる。 “五十嵐顕は知識人か3” の続きを読む
五十嵐顕は知識人か2
つぎにアマチュアということでみてみよう。
五十嵐は、まさしく「アマチュア」であったということができる。それはもちろん悪い意味ではないが、専門家としては弱点であることも否定できない。
五十嵐は、最初の職が教育研修所の所員であり、そこで、アメリカの教育委員会の調査という課題を与えられていた。アメリカの教育委員会の多くは、財政権をもっており、したがって、教育委員会の研究をすれば必然的に教育財政の分野に踏み込むことになる。そして、研修所の主任であり、五十嵐を採用した宗像誠也が東大に移り、そして、五十嵐を呼んだわけである。このとき、五十嵐は、宗像の申し出を断ったという。教育研修所にこのままいたいというわけだ。結局、説得に応じて東大の助教授となるわけだが、私は五十嵐は本心で断りたかったのだと思う。五十嵐は、地位を求めることにはあまり関心がないような生活感覚を示していたが、東大のポストがさして魅力的でもなかったのではないだろうか。 “五十嵐顕は知識人か2” の続きを読む