ブラームスはなぜオペラを書かなかったのか、という点について 論じている文章があった 。 その文章によると、フランス革命と 産業革命 によってブルジョア階級が 勢いを増し、彼らが貴族的な教養を得たいと考えて、ブラームスのような作曲家を歓迎した というのである 。そうして ブルジョワジーの財力によって、ウィーンに楽友協会ホール を建設した 。しかし、ブラームスが貴族などではなく 新興のブルジョワジー 市民のために作曲をした というのであれば、当然オペラの方が 効果的であったはずだ 。というのは、オペラこそたくさんの観衆を抱えており、その管理は 貴族であったとしても、聴衆たちは市民やブルジョアジーだったのである。そういう点で考えても、ブラームスが新しい聴衆のために作曲をするというのであれば、交響曲や室内楽 などのような古典的な音楽ではなく、オペラこそ 聴衆の要求に適うものであったはずだ。
では、別に、ブラームスがオペラを書かなかった理由がある と考えられる 。 それは端的に言って、ブラームスの音楽は ドラマ性を帯びているというよりは、むしろ形式にのっとって描かれた音楽に向いていたと考えた方がよいだろう 。オペラが得意であったモーツァルトの曲は、それが歌曲だったとしても、それ自体が オペラのアリアとして歌われたとしても不自然ではないような雰囲気をもっている。モーツアルトは音楽によってドラマを描くことがとても得意だったのである 。ところがブラームスの歌曲は 決してドラマチックではない 。ドラマ性をあまり感じさせないのだ 。
普段ブラームスの歌曲など聴かないのだが、ドイツグラモフォンのブラームス集のなかにある歌曲を数曲聴いてみた。その第一曲は、Von ewiger Liebe 永遠の愛という曲だが、どうも愛の歌のようには聞こえないのである。沈潜した、むしろ死を歌ったような曲に聞える。歌手はフィッシャー・ディスカウだから、音楽を的確に捉えた歌唱をしているはずである。歌詞がわからないので、なんともいえないのだが、少なくとも音楽に関するかぎり、とても愛の歌とは感じない。
ブラームスの音楽の特質は、私の独断だが、中声部を充実させて、渋い響きを基本にしたものである。つまり、外交的ではなく、内向的、内面的な音楽である。それはオペラとは正反対の性格の音楽だ。
つまりブラームスの音楽はオペラ向きではなく、結局彼はオペラを書くことが 苦手だった、あるいは得意ではなかった、ブラームスの音楽はドラマチックというよりは むしろ 形式を踏まえた上での 緊迫感 を描くことが得意だったといえる 。ブラームスの音楽が 劇的でないという意味ではない しかしこの劇的という意味はドラマ的な内容を表現するというのではなく、あくまでも 形式の中での高揚感という感じなのである。
「オペラを書くのは結婚するより難しい」とブラームスが言ったとか。何度か婚約はしたが、結局結婚には至らなかった、つまり、結婚する決意をすることが、極めてブラームスには難しかったのだが、それより難しいというのだから、やはり、音楽の質がオペラ向きではなかったということだと思う。