矢内原忠雄と丸山真男17 矢内原の奇蹟論

 矢内原忠雄が、極めて優れた社会科学者であり、その学問方法はマルクス主義に近いものだったのに対して、敬虔な、というより、熱烈なキリスト教徒であり、その信仰が、軍国主義的な政策を厳しく批判し、東大教授の地位を追われたにもかかわらず、信念を曲げなかったことを可能にしたことは、広く承認されている。
 しかし、これは一見して、不可解であり、また、不思議なことである。完全な唯物論であるマルクス主義を、学問的な方法論として、かなりの部分採用し、かつ、熱心な宗教家であるということは、他に例を見ないからである。矢内原は、学問的方法と価値に関わることは別だとするが、その並立の在り方は、私には興味がある。矢内原には『キリスト教とマルクス主義』という著書や論文があるが、そこでは、キリスト教徒としての立場にたっている。ひとつの手がかりとして、矢内原が、「奇蹟」をどう考えていたかを考察してみよう。 “矢内原忠雄と丸山真男17 矢内原の奇蹟論” の続きを読む

ウィーン国立歌劇場150周年ボックス

 ウィーン国立歌劇場150周年記念CDボックス(22枚組)を、やっと全部聴き終わった。CDやDVDのボックスは多数もっているが、全部聴いたのはあまりない。それだけ魅力的なボックスだ。
 ウィーン国立歌劇場は、第二次大戦時の爆撃でほぼ消失してしまったので、再建に10年かかるという、かなり難事業で再開された。その戦後の主なオペラの全曲と、抜粋によって構成されている。 “ウィーン国立歌劇場150周年ボックス” の続きを読む

池袋暴走事故に思う

 2019年4月に起きた、87歳の高齢者による暴走事故(2人が死亡、8人が重軽傷)の初公判が行われ、被告人は車の異常による事故だという理由で、無罪を主張したと報道されている。そして、無罪の主張に憤りも示されている。おそらく弁護士による作戦であろうし、被告人は自分を弁護する権利があるのだから、そのことについて非難するのもどうかとは思うが、ただし、裁判官の心証が悪くなることは確かだろう。
 この事故をきっかけに、高齢ドライバーの運転を認めるべきではないという意見なども出され、高齢者の運転に関する議論が活発になった。私自身、高齢者であるし、車も運転するので、他人ごとではない。事故が起きた当時にも、書いたが(http://wakei-education.sakura.ne.jp/otazemiblog/?p=715#more-715)、そのときには、道路環境を中心に考えたので、今回は、高齢者の運転そのものについて考えてみる。

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『教育』2020.10号を読む 山本宏樹「インターネットを生きる子どもたち-その保護と教育」

 山本宏樹氏の「インターネットを生きる子たち-その保護と教育」を取り上げたい。
 一読して、正直なところ、憂鬱な気分になった。ここに書かれていることは、間違っていない。子どものネット利用に関して、様々な数値が書かれているが、そういう調査があるのだろう。ネット利用の光と影についても、例が出されている。これも、そういう事実があるのだろう。そして、終りのほうに、優れた実践が書かれている。
 では、何故憂鬱な気分になるのか。
 間違ってはいない「事実」が書かれ、優れた実践が紹介されているからといって、適切な方向性が示されるわけではないという、極めて典型的な文章だからである。私の知人は、こうした文章は、ICT活用に対するラッダイト運動だと評している。私は、そこまで言う気持ちはないが、しかし、いいたくなる気持ちはわかる。 “『教育』2020.10号を読む 山本宏樹「インターネットを生きる子どもたち-その保護と教育」” の続きを読む

ヨーロッパの感染拡大から考える

ヨーロッパでは連日のように、過去最大の感染数が確認されている国がある。イギリス、フランス、スペインなどだ。過去最大に拘らなければ、とにかく、主要な国でどんどん感染拡大が起きている。何故か。それは、まだ検証はされていないが、容易に想像できる。外国人の観光客の受けいれを再開したからである。日本でも、3月に感染が拡大したのは、大学の卒業旅行で、欧米に出かけた人たちが、ウィルスを持ち帰ったことが、大きな要因であったと考えられている。欧米にしても、日本にしても、外国で発生したウィルスが入ってきて流行したのだから、外国人の受け入れを大量に再開すれば、感染が拡大するのは、当然だろう。英仏、スペインだって、そのことはわかっていて、背に腹は代えられないと考えたのだろう。だが、やはり、危惧していた通り、感染は再度の爆発が起きてしまったわけである。ビジネスなどの往来はとめるわけにはいかないだろうが、観光の人々がどっと押し寄せることは、ヨーロッパの事例で、極めて危険であることが示された。 “ヨーロッパの感染拡大から考える” の続きを読む

学術会議会員任命問題(続き)

 学術会議の任命拒否についての議論が盛んだ。菅首相がインタビューに応じているが、肝心の部分には答えていない。いくら形式的に、任命権が首相にあるとか、法律に基づいてやったといっても、何故、この6人が拒否されたのかという理由は、全く別の問題であり、任命権が首相にあるならば、首相が説明しなければならないし、法律に基づいているというのならば、どのように法律的に処理されたのか、具体的に述べる必要があるはずである。今日の羽鳥モーニングショーでは、田崎史郎氏ですら、説明しなければいけないと主張していたくらいである。
 前回は「学問の自由」という観点から、今回の事件を考えたが、今回は組織的な面から考えてみたい。 “学術会議会員任命問題(続き)” の続きを読む

同調圧力を再生させる仕組み2

(前回は、佐藤直樹氏のインタビューで、日本における同調圧力の問題が指摘されており、その指摘は同意できるが、どのような仕組みで同調圧力が再生されているのかが明らかでないとして。)
 常識的に考えて、学校教育とマスコミが、最も大きな力をもって同調圧力を再生しているといえるだろう。
 まずマスコミである。もちろん、日本のマスコミを念頭においている。
 日本の加害者の家族へのバッシングについては、私も前から研究し、学生が卒論で扱うこともあった。私自身の身近に、そうした人がいたこともあったからだが。では、加害者の家族へのバッシングをするのは、だれか。

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何故学問の自由は重要なのか

 日本学術会議の会員選考について、政府に批判的な学者を排除するという動きは、既に2018年にはあったと報道されている。だから、見解突発的に行ったものではなく、おそらく、菅政権が発足して、支持率が高いこともあって、思いきってやってしまおうと考えたのではないだろうか。
 しかし、いかにも、そのやり方はお粗末で、安倍政権そして菅政権の水準の低さに呆れてしまう。法手続的にいえば、どう考えても筋が通らない。「推薦に基づいて任命する」というのは、推薦をそのまま認めることであるのは、内閣総理大臣を天皇が、国会の指名そのままに任命することと同じである。これを曲げて、首相に推薦の拒否権があるというならば、天皇が国会の指名を拒否できるという解釈も成立する。そんなことは、まさか認めないだろう。学術会議の会員も同様ではないか。 “何故学問の自由は重要なのか” の続きを読む

部活動指導員は部活問題を解決するか

 文科省が、部活動について新たな方針を提示して、話題になっている。部活動の在り方が、現在の学校教育の大きな問題であることは、多くの人によって論じられている。しかし、議論の方向性や基本的立場は、相当な違いがある。しかも、根本的な相違を含んでいる。部活動を学校教育のなかに位置づける人と、学校教育から外すべきであるという人の違いは、まったく異なった考え方である。指導者については、外部指導をどうするかという点があった。
 とりあえず、最近の動きを見ておこう。従来、部活は、学校教育の構成要素ではないが、構成要素であるかのように運用されてきた。最近まで、部活の顧問を引き受けるのは、教師の義務であるかのように扱われていたが、現在では、正規の学校教育の構成要素ではないことが確認されており、顧問の引き受けは、教師にとって義務ではないことが、文科省によっても明らかにされている。これについても賛否両論あるが、この確認によって、校長が、顧問を確保することが困難になっていることと、そもそも、顧問としての活動が、教師のブラック的過重労働の大きな要因となっていること、そして、教師の顧問は、必ずしも部活内容の指導能力を備えているわけではないこと等の理由から、外部指導員という制度が導入された。 “部活動指導員は部活問題を解決するか” の続きを読む

菅首相の学術面での暴挙

 これほど露骨な学術機関への介入を、早速菅首相が実施するとは思わなかった。これまでも、安倍内閣の番頭として、メディア支配を強めてきた安倍首相と菅官房長官だったが、会見や対話における、ふたりの対応は、少々違っていた。安倍元首相は、質問に対して、全く的外れな話を延々とすることによって、質問に答えないという姿勢がはっきりしていた。国会討論などで、そうしたはずらかし答弁は何度もあった。それに対して、菅元官房長官は、記者会見が主な場であるが、最初から、答える必要がないとか、そんなことはない、といって、質問そのものを封じてしまう。更に、望月記者に対するように、質問させないというやり方だった。どちらも、一国の政治指導者としてふさわしいとは思わないが、菅氏のほうが、より冷徹で抑圧的であると感じさせるものだった。

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