岸田内閣は統一協会を解散させるか 本当の問題は

 統一協会の解散について、正反対の記事がでている。ひとつは、文科省が、秋に解散のための手続にはいるというもの。すると、裁判になるわけだ。それにたいして、それは間違いないが、既に解散命令の判断を裁判所はださないことで、手打ちができている、というものだ。実際のところは、まだ手続にはいっていない段階なのだから、文科省が本当にそうするかどうかもわからないし、また、裁判所に判断が委ねられた段階で、本当に、予め「手打ち」などが可能なのか。そういうことが可能であるとすれば、日本は、法治国家とはいえない。木原事件をみれば、既に法治国家など、とうに死んでいるともいえるのかも知れないが。
 統一協会の解散は、当然のことだろう。もっとも、解散といっても、日本における宗教法人としての法人格を失うだけで、宗教団体としてなくなるわけではない。オウムは、殺人事件などを多数おこしていたから、宗教団体としても解散し、別団体に分裂したが、統一協会は、本部が外国にあり、宗教団体として、どうどうとこれまでとおりの活動をするのではなかろうか。しかし、税金を収めなければならないから、活動内容が、これまでよりはずっと国家機関によって把握されることになる。また、統一教会は、韓国に対する、日本における資金収奪の機関だったが、その機能は若干低下すると思われる。それにしても、あれほど批判されたにもかかわらず、集団結婚式が行われ、日本からも多数参加したというのは、不可思議なことだ。

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高校生が裁判員に?

 最近続けて高校生が裁判員になる可能性にかんする記事がでた。
「高校生も裁判員になるかも!? 熊本地裁で体験イベント」
「「死刑か無罪か」高校生も裁く時代に 法教育と受験は両立できるのか」
 
 主に、裁判員になることを前提に、どのように法教育をするかというようなテーマの記事だが、そもそも、裁判員になるとはどういうことなのか、どのような人生経験が必要なのか、というような基本的な議論が必要なのではないだろうか。アメリカの陪審員制度は、有罪か無罪か、民事であれば、原告と被告のどちらが正当かだけを決めるのだが、日本の裁判員裁判は、基本的に凶悪犯罪の刑事訴訟が対象で、多くが死刑を含む判断が要求され、そして、量刑も議論の対象になる。受験勉強を続けている高校生や、受験勉強から解放されたばかりの大学生、そして、まだ働き始めたばかりの労働者が、そうした人の人生を決定するような判断をまかせられるのか、私は大いに疑問である。

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ジャニーズ再発防止特別チームの報告から考える

 29日に特別チームの記者会見があり、個人的にはかなり驚いた。この特別チームは、ジャニーズ事務所がメンバーを選んで、再発防止策等の検討を依託したものだ。メンバーに林元検事総長がはいっていたことに、まず驚いた。この人は、ミスター検察といわれた気骨のひとで、安倍政権で、圧迫されていた人だ。そういう人を選んだことに、事務所もかなりまじめに取り組もうとしているのかと思ったのだが、予想をこえて、厳しい見解が示された。長期間の性加害があったこと、そして、現在の主張のジュリー氏が、認識していたことを認定し、さらに辞任を勧告したわけである。事務所が依託したチームが、これほど依託元に厳しい評定をしたというのは、かなり珍しいように思う。
 安倍元首相が、林氏の検事総長就任を阻止すべく、黒川氏の定年延長を画策したことが、なるほど、安倍氏にとっては、いやな存在だったのだろうと、改めて納得したものだ。

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木原問題と文春の思惑のずれ?

 最近の動きをみると、『週刊文春』が当初目論んだことと、展開が変ってきて、文春としても今後の展開をどうするか、迷っているのではないかと思われるのである。当初の目論見とは、当然木原氏のスキャンダルの追求であり、それは、おそらく、自民党内の反岸田勢力と結びついていたと考えられる。当時の捜査状況を正確に把握していた杉田氏と二階、菅氏が、岸田政権への打撃をあたえるために、捜査資料を文春に提供し、文春が裏付け取材をへて、報道に踏み切った。そして、それはかなりの効果をあげ、おそらく木原氏は文春の攻撃に耐えられず、辞任の意思をかなり強くしたところまで追い詰められた。
 しかし、事態は文春が想定した部分以外に波及し、文春は、岸田政権より協力が敵対勢力をうみ出してしまったのが現状なのではないだろうか。端的にいってそれは警察である。

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処理水海洋放出 最終的には「人間」に対する信頼だ

 ついに、政府は、福島原発における処理水の海洋放出に踏み切った。もちろん、大きな論議を呼んでおり、とくに福島の漁業関係者の反対は強い。政府や東電がいくら、トリチウムはそれほど危険ではない、そして、規準の40分の1まで希釈している、だから、安全だ、国際規準のうえで問題ないといっても、原発は安全だという安全神話を振りまいてきたひとたちの後継者がいっているのだから、最終的な信頼がないわけである。だから、結局、水掛け論になって、落ち着きどころがない。「結局金だろう」といって、非難をあびた大臣がかつていたが、そんな大臣のいうことを信頼するはずもない。
 結局は、相手を信頼できるという問題に帰着するのではないだろうか。
 
 私自身は、これだけ大量の処理水がたまり、たしかに、規準という観点からみれば、危険とはいえないまでに(ほんとうにそのように処理されているならば)処理されているならば、いつかは放出せざるをえないことは、認めざるをえないし、それは結局海洋放出になるだろう。国際機関もそれを許容しているわけだ。

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文春と警察の全面対決

 一週間間があいた(前号はお盆のための二週間分合併号だった)『週刊文春』の最新号を早速読んだ。前回は、木原氏のデリヘル問題だったので、この事件の軸である警察官による犯罪の、警察機構あげての隠蔽という側面から、軌道修正を図ったのか、と訝しく思った点もあったのだが、やはり、真っ向から警察と対決するという記事構成をしてきた。あくまでも、一週刊誌の記事だから、絶対に正しいと受けとっているわけではないが、ただ、私自身、文春記者の取材をうけたことがある経験から、『週刊文春』の取材の徹底度については、充分に認めているので、いいかげんなことを書いているとは思わない。私がうけた取材というのは、私のかつての職場(定年退職間近だったのだが)で、ある事件をおこした教授がおり、すぐに、我が家に記者が取材にやってきたのだ。職場が、この件について取材に応じないように、という指示がでていたので、特段話しはしなかったのだが、とにかく、すぐに自宅までやってくるその取材の徹底度に感心したことは確かだ。「すごいですね、なぜ、ここがわかってのですか?」と聞いたら、「われわれもプロですから」と答えていたものだ。そして、職場から、話さないようにという指示が出ているのだ、と説明したら、了解してくれた。だから、無理な取材をして、取材源が応じていないのに、無理矢理こじつけで書いているとは、思えないのである。そして、文春の記事と、警察の発表していることとを比較検討すれば、警察の発表の「真実味のないこと」は歴然としている。

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インドと日本の男尊女卑の形

 「“女児が生まれる前に殺される”インドで、家父長制と闘う父親が社会を変える」という記事がヤフーニュースに掲載されている。元の記事COURRiER掲載で、ニューヨーク・タイムズがさらに元記事になっている。
https://courrier.jp/cj/335533/?utm_source=yahoonews&utm_medium=related&utm_campaign=335533&utm_content=society

 インド社会では、男尊女卑の風習がいまでも強く残っており、妊娠中の胎児が女の子だとわかると、中絶してしまう場合が少なくないという。そういうなかで、ある男性の子どもが誕生したとき、子どもをとりあげた看護婦が、非常に申し訳なさそうに、暗い表情で「女の子です」と父親に告げたのだそうだ。その言葉をきいて、男性は切れたと書いてある。そして、そのとき「ご自身のことも、恥だと思うのですか?」と聞いたそうだ。 “インドと日本の男尊女卑の形” の続きを読む

終戦の日に思う

 今日8月15日は、第二次世界大戦が一応終わった日ということになっている。既にドイツやイタリアは降伏しており、日本だけが連合国と戦争状態にあったが、ついに、1945年の8月15日に天皇が、ラジオ放送で終戦を告げたわけである。このときの総理大臣であった鈴木貫太郎の記念館を一度見学したことがあるのだが、そこに、終戦の詔勅というSPレコードが展示されていた。これが、実際にラジオ放送されたものなのか、聞きたかったのだが、実に小さな家の一間を展示室にしているようなところで、説明の人がいるわけでもなく、質問することができなかった。このレコード原盤を盗もうとして、終戦反対派の軍人たちが、策謀を巡らせたことは、有名な歴史的な逸話である。残念ながら、この鈴木貫太郎記念館は、現在はやっていない。
 ちなみに、ポツダム宣言の受諾は14日である。そして、実際に降伏文書に署名をしたのは、9月2日であった。そして、ポツダム宣言が発表されたのは7月26日であり、そのときの主体はアメリカ、イギリス、中国だった。つまり、ソ連はまだ参戦していなかったから、はいっていなかったのである。そして、日本政府は28日に宣言を無視するという見解をとり、実際には敗戦は確定的であったにもかかわらず、受け入れを拒んだ。その結果、8月6日に広島原爆投下、8日にソ連の参戦、9日に長崎への原爆投下という悲惨な状況を重ねてしまった。もし、7月26日に公表された宣言を、真剣に討議し、結局、そうせざるをえなかった決断をより早く、7月中に受諾していれば、原爆投下はなかったし、また、ソ連の参戦もなく、したがって、北方領土がソ連にとられることもなかったのである。

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日大アメフト部員問題での理事長会見をみて あまりに大げさな報道

 テレビが放映していた部分だけだが、日大の理事長、学長、副学長の記者会見をみた。最近のメディアがとりあげている大きな話題であり、テレビのワイドショーでも大きくとりあげている。理事長が林真理子という有名作家であることも話題性を高めているのかもしれないし、また、数年前に問題になったアメフト部で起きた不祥事であるということも、大きく取り上げられている要因なのだろうが、かなり広い記者会見場に、相当数の記者が押しかけたというのことに、私はむしろ異常を感じた。そもそも、そんなに大きな問題だろうか。
 
 たしかに、前回のアメフト問題は、メディアが取り上げる意味があったとおもう。あきらかな意図的な不当タックルが試合中に行われ、しかも、それが監督の指示だったことがわかったこと、しかも、監督・コーチなどが、大学運営にかかわっている人物だったことから、一部活の問題ではなく、大学の運営体質が問題とされねばならなかったから、メディアも大きく取り上げた。しかも、スポーツだから相手もあった。

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マイナンバー・カードと保険証(つづき)

 昨日、マイナンバー・カードと健康保険証を一体化させることについて、原則的には賛成であると書いたが、あくまでも原則的にということであって、政府が強引にやろうとしていることも含めて賛成なわけではない。保険証の廃止が1年というのは、あまりに短いといわざるをえない。マイナンバー・カードの交付が一年で済むはずがないし、医療現場でマイナンバー・カードによる事務処理が、その時点までにスムーズに進むようになるとも思えない。だから、もっと、じっくりと、問題をクリアしながら進める必要があることは、当然であろう。そして、なんといって、マイナンバー・カードにつきまとっている利権を排除することだ。
 
 日刊ゲンダイが「保団連会長が警鐘「保険証廃止を強行すれば閉院ラッシュ、地域医療は崩壊します」」という記事を掲載している。
 要するに、このままいけば、現場が大混乱し、地方のマイナンバー・カードをもたない人が多い地域では、病院が成り立たなくなり、閉鎖するところが続出する。すると、地域医療が崩壊するところがたくさん出てくるというわけだ。実際に、現在で、マイナンバー・カードによる保険証は、事務手続がうまくいかず、行列ができてしまうケースが多数でているというわけだ。現在のようなやり方では、マイナンバー・カードと保険証の一体化がうまくいくとは思えないことも否定しようがない。

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