長野県で起きた殺人事件は、警察官2人をふくむ4人も殺害したという、稀に見る事件であった。これまでの判例から判断すれば、死刑になる可能性が極めて高い。しかし、犯人の成育歴をみると、なんらかの精神疾患を患っていた可能性を感じる。とすると、刑法39条の「精神疾患心神喪失者の行為は、罰しない。 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」に関する議論が再燃する可能性が高い。日本の司法では、責任能力がないことが認定されて、殺人犯が罰せられない結果になることは、極めて稀であるが、それでも、精神疾患の患者が大きな犯罪をした場合、この規定の適応をめぐって、たくさんの議論がなされてきた。刑法は、法律学のなかで最も理論的側面が強いといわれているが、逆に、理論的であるが故に、素人でも見解をもつことができる、あるいはもたねばならない。私自身、法律学の専門家ではないが、これを機に、この問題を考えておきたい。
犯罪とは、自由意思をもった人間が、意図して、犯罪とされる行為を実行することとされる。逆にいえば、「自由意思」をもっていない、あるいはもてない状況で、あるいは意図的に行ったわけではなく、不可避の行為だった、というときには、犯罪と認定されないわけである。だから、犯罪とされる行為を行ったとしても、自由意思や意図がなければ、罰せられないことになり、それが刑法39条になっている。
しかし、犯罪を何故罰するのか、という根拠で考えると、この犯罪構成論とは、少々矛盾するところがでてくる。
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