日本の法体系では「私立学校設立の自由」が認められており、それによって、学校を作って独自の教育をしたい者は、そのことが可能になっている。形式的にはそうである。しかし、実質的には自由ではない。私立学校を設立するためには、多くの認可事項をクリアしなければならないし、設置者負担主義原則があるから、学校の設立・維持にかかる費用をすべて負担しなければならない。かつて、不登校になった子どもたちのための学校を設立しようと運動したひとたちがいた。そして、寄付を募り、私のところにも依頼状が来たが、過疎地域の土地代の安いところにつくる計画でも、なかなか資金は集まらなかった。何十億もかかる。まして、市街地に学校をつくろうと思ったら、よほど大きな組織でない限り、不可能である。こうした現状は、形式的権利はあるが、実質的権利はないに等しいというべきなのである。そして、国民の教育権論の立場からすると、公立学校が主戦場だから、私立学校設立の実質的な自由などは、ほとんど議論されていない。
さて、独自の理念に基づく学校をつくることが、容易に行われることがよいのか、あるいは日本のように、かなり高い基準を満たさなければならないほうがいいのか、それは人によって考えかたが違う。日本のような厳しい認可主義であれば、存在する私立学校の水準は保障されている。