流山市の人口急増による学校移転問題

 読売新聞が、流山市における中学移転に関する記事が掲載されて、ネット上で話題になっている。
 記事の趣旨は、人口が急増している流山市は、保育所などの政策ばかりが話題になってきたが、実は、小中学校問題は、深刻な状況になっている。この記事は、急増で教室不足になった南流山中学を、東京に移転して空家になっている東洋学園大学の敷地を活用するが、あまった部分を暁星国際中学を誘致する計画が進行しており、それに対して、住民が格差が生じるとして反対しているという記事だ。そして、ネットでのコメントは、住民のわがままを批判する声で溢れている。私立中学と市立中学が同居するのは、格差問題が起きて反対するという見解に対して、格差が実際にあるのは当たり前だし、市立と私立が隣あわせになっていることなど、他の地域ではいくらでもあるいうわけだ。その批判はさておき、記事自体が、実に不十分なもので、これでは誤解されても仕方ないように思われる。

 
 流山市は、子育てに最善の市というような触れ込みで、若い世代をどんどん呼び込んでいる。ツクバエクスプレスが開通して、駅が3つできて開発が進んだことによる。とにかく、車で移動すると、どこかでマンションや建て売り住宅を建築している。そして、ここ10年ほどで、人口も急増しているのだ。確かに、保育園などの政策が惹きつけるのだが、そのあとの小中学校問題は、まったく別の側面がある。保育園は、義務ではないし、有料であり、かつ、市としての財政的援助としても、それほど大きくはない。しかし、小中学校は義務教育で、かつ無償だから、かかる費用のほとんどを市が負担しなければならない。もちろん国庫補助はあるが、授業料などで、一定部分を回収することはできない。しかも、設備や教職員の配置は、保育園よりはずっと大規模なものになる。流山では学校を新設しても、すぐにいっぱいになり、そのあとプレハブ校舎を建設して、急場をしのいでいるのが実情だ。
 私が住んでいるところから、比較的近くに、大学キャンパスといってもおかしくないほど大規模が小中の併設校があるのだが、そこも満杯になってプレハブが多数建っており、そして、そこから歩いて5分程度のところに、いま新しい小学校の建設が始まっている。また、歩いて15分程度のところには、開校寸前のやはり小中併設校が建設されている。
 こうした建設費を潤沢にだせるほど、流山市は裕福な自治体ではない。大きな借金を抱えているわけだ。上記の地域は、ツクバエクスプレスの別の駅だが、今回話題になっているのは、南流山駅近辺である。南流山は、ツクバエクスプレスが江戸川を超えて最初の駅だ。武蔵野線との乗り換え駅になっているために、多少離れた地域の開発が進んでいる。というのは、武蔵野線の駅がある場所なので、駅周辺は既に小規模な建築物があるから、周囲に拡大しているわけだ。ショッピングモルなども多少離れたところに作られている。
 
 南流山小学校と中学校が溢れてきたので、対策が必要になったが、最初に考えられたのは、近くにある溜め池の上に中学を建築するという案だった。そして、そういうことが可能か調査が行われ、困難ということで結論がでた。隣の松戸や流山は江戸川沿いの低地なので、大雨になると一面が湖のようになってしまう区域があちこちにある。そのために、地上や地下に溜め池がいくつか建設されている。件の溜め池は地上にあるもので、そこを覆って、学校と校庭をつくろうという計画だった。地図で見るとわかるが、かなりの空き地があって一部溜め池というのではなく、まわりも既に建物が建っているので、全体が溜め池の上に建てられることになる。しかも、元の中学校や小学校よりも面積が小さい。建築自体が困難であるし、規模も小さすぎるので、違う場所を探すことになった。
 そこで、武蔵野線の反対側にある東洋学園大学のキャンパスが、検討対象になってきた。私も頻繁に前を通るのだが、まだまだ新しくきれいなキャンパスで、武蔵野線の南流山駅からスクールパスがでていて、それで学生たちが通学していた。おそらく、地方に移転した大学の東京回帰傾向で、東京のキャンパスに統合され、ここが完全に空家になっている。記事によると、そこを市が40億で買い取り、南流山中学の移転先にする計画だが、大学のキャンパスだったわけで、中学としては広いので、残りの部分に私立の誘致をしようというのが市長の思惑なのである。私立学校の誘致は、現在の市長のずっと前からの悲願でもあるようだ。既に暁星国際の小学校は、別の駅前に開校している。
 
 ここで、問題になっているのは、主要には、読売新聞で報道されている「公私」の学校が併設されることよりは、違う問題なのである。
 ひとつは、東洋学園大学の空き地を、計画のように使用しても、間もなく手薄になることがわかっていることである。だから、住民たちは、どうせならすべてを市立中学の敷地として使えば、将来の不安がないではないかという点だ。それに対して、市としては、私立の学校に貸して、少しでも市の財政として還元させたいということだろう。しかし、暁星国際中学に貸与すれば、間もなく、市立の小中学校を別途新設しなければならなくなる可能性が高く、その場合の新校地取得や校舎建設の費用と比較して、どちらが合理的なのかは、私としては判断できないが、近くの住民にとっては、それも知りたいところなのだろう。
 第二は、そこは、本来の南流山中学とはかなり離れており、通学が著しく大変になるということだ。南流山駅の北側に東洋学園大学のキャンパスはあるが、そこから大学生もスクールバスで通学していたのだ。もちろん、自転車通学や徒歩もいたが、徒歩だとかなりの時間がかかる。そして、南流山中学は、駅の反対側にあり、駅から徒歩20分はかかるだろう。従って、住んでいる地域から、東洋学園大学のキャンパスまで徒歩通学は不可能である。自転車通学としても、交通量が多いし、流山線というローカル線の踏み切りもある。スクールバスを運行するという案もあるようだが、それには賛否もある。
 以前の流山市は田舎のような地域だったから、現在でも人口が少ない地域もあり、小規模学校も少なくなかった。さすがに人口流入のために、がらがらの学校は少なくなったが、とにかく、人口移動が激しいので、子どもの増減も激しく、こうした中で、学校を運営していくのは、確かにとても難しい。若い世代を呼び寄せているが、学校政策は後手後手になっているのが実情なのである。まだここまで、急拡大していなかったが、その兆候があったときに、学校選択とスクールバスを併用して、子どもの分散を図るという提案もあったが、スクールバスを活用したら、地域と学校の関係が薄れ、地域に支えられた学校が崩れてしまうという反対が、学校関係者に多かった。しかし、それでも、現時点では、教育委員会筋からスクールバスの活用を提起せざるをえなくなっている。矛盾だらけなのだ。
 第三は、急増する新興住宅地にはよくあることだが、大規模校の荒廃が心配されている。小学校で学年8クラスとか、中学で10クラスあれば、指導が行き届かなくなるのは当然だ。こうした新設校には、当初優秀が教師が配属されるが、彼らが移動になると、秩序が乱れ始めるというのが、これまでよくみられた現象だが、今は、更に教師不足が、そうした事態を生みやすくしているといえる。報道されていないが、実際に荒廃状態が生まれているという。
 
 要するに、子育てによい街などということで、大いに宣伝し、若い世代を呼び寄せていることによって、矛盾がどんどん大きくなっている。日本全体としての人口減少社会で、わざわざ人口急増など政策的に起こす必要などない。もちろん、自然に入ってくるなら対応が必要だろうが、そうではなく、テレビでさかんに宣伝して、呼び込みをしている。やってくるひとたちは都会から来るから、ただ便利さを感じるだろうが、もともと住んでいる側からみると、開発されて、どんどん自然が破壊されている。そして、明らかに生活環境の快適さが低下してきた。
 記事で問題になっていた私立中学の誘致は、住民にとってもそれほど深刻なことではなく、もっと重大なことがあるのだ。子育てのために流入してきた家族は、子育てが済んだら、また別の地域に移動していく場合が多いに違いない。つまり、そのあと、学校が閉鎖される場合がでてくるし、また、移動が激しくなると、やはりなかなか指導が行き渡らないことになる。
 わざわざ、無理にスローガンをつくって、人口増加を図る必要などないのである。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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