佐渡金山の世界遺産登録への推薦をめぐって、日韓をまたいだ政争になっているようだ。しかし、日本政府が、ユネスコに推薦をするという行為自体が、あまり気持ちのいいものではないし、余計な韓国との軋轢を生むことになり、ますます不快な状況になっていると思われる。
報道によれば、まず、最初に推薦をするための候補にいれる決定をしたのは、民主党の菅直人政権であるという。そして、そのときには、現在韓国との争点になるような、強制労働の有無というようなものはなかった。戦時中の強制労働については、朝鮮人だけではなく、日本人に対しても行われたのだから、それを否定するような前提での候補ではなく、歴史を見据えた形でのものだったとされる。それなら、事実に則しているし、韓国も反対しないわけだ。
しかし、その後安倍内閣になり、これはあまり前面にでなくなった。佐渡金山の推薦ということが、大きく話題になったのは、実は最近であって、岸田内閣になってからだ。ここが、極めて不快なところだ。日韓関係が最悪になっている現在、この問題を持ち出すのは更にこじらせることになるから、韓国の大統領選挙が終わって、韓国との議論が冷静にできるようになってから、調整するという方針でやってきた外務省の立場を、岸田内閣は、踏襲するつもりだった。岸田首相が、以前長く外務大臣をやっていた分けたから、そこらの事情は理解しているのだろう。
それが、なぜ最近にわかにホットになったのか。裏の事情はわからないが、少なくともニュースをみている限りは、安倍晋三、高市早苗という自民党保守勢力が、岸田首相に難題をもちかけるために、強行に主張したからだとみえる。安倍氏のいうとおりにならない岸田首相に対する、いやがらせとでもいえるだろう。岸田首相も、つっぱねればいいと思うのだが、「聴く力」がわざわいになっているかも知れない。少なくとも、岸田政権にとって、この佐渡金山推薦は、プラスになることはほとんどない。韓国が、簡単に引き下がるはずがないし、日本が中国の南京記念館へのクレームによって、近隣諸国との調整が必要だということになって以来、韓国との調整がユネスコから要請されることが、ほぼ明確だからである。韓国との消耗な調整が必要となるし、不調に終わったから外交的失点になる。日本へのブーメランが確実に起きるわけだ。
もちろん、最初の管直人内閣のように、負の歴史も含めた記念という立場であれば、韓国との調整は不要になるだろうが、それは自民党内保守派は絶対に容認しないだろう。
現在の日本におけるこの問題は、明らかに、自民党政権内部の権力闘争が反映したものだが、佐渡金山そのものの世界遺産的価値について考える必要もあるだろう。
世界遺産と認定されるための条件は以下のようなものということだ。
* (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
* (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
* (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
* (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
* (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
* (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
佐渡金山は、このどれに当てはまるのだろうか。いろいろ考えてみるが、私には、あまり当てはまるようにも見えないのである。
日本で認定されている石見銀山の場合には、産出された銀が、世界経済に大きな影響をあたえたことは、よく知られている。戦国時代後期に日本にやってきたスペインやポルトガル人との貿易によって、日本の銀が大量に世界に流出していった。そのことが、当時の重商主義的な世界経済への影響を及ぼしたことが、歴史研究によって認められている。
しかし、佐渡金山はどうだったのだろうか。佐渡金山が活発に金を産出するのは、江戸時代からであって、江戸時代は、幕府の管理貿易が行われ、相手国はオランダと清に限定されていた。だから、佐渡金山が江戸幕府を潤したことは明白だが、世界経済に影響をあたえたことは、少なくとも、もっとも多く金の産出がなされた江戸時代においては、あまりなかったのではないだろうか。尊皇攘夷によって、幕府は多額の賠償金をとられ、金貨によって支払ったはずであるが、それも一時のことであって、とにかく、佐渡金山産出の金が、世界にあたえた影響は小さいというのが、歴史学の認識といってよいだろう。
そして、ごく一般人にとって、佐渡金山のイメージは、江戸時代の犯罪者が、罰として送られる過酷な労働現場であり、死ぬまで働かされるというものだ。もちろん、犯罪者だけが働いていたわけではないが、少なくともイメージ的には、そういうものだとすれば、戦時中に強制労働が行われたというのは、ごくごくありうる話のように思われるのである。そして、実際にそうした記録も存在しているという。https://news.yahoo.co.jp/articles/be8d86db9701e71eeff139200bc456448be9546e?page=3
もちろん、強制性については、ひとの感じ方に相違があるかも知れない。しかし、それを否定するというのは無理があり、否定者の人間性が疑われても仕方ない。否定的な現実も含めて、遺産なのではないだろうか。また、日本人も同様に過酷な労働をさせられたのだから、問題ではないといういい方も、反論にはならない。そういう状況への批判を、日本人もしなければならないのではないか。
現在のこの推薦問題は、自民党内の権力争いであり、国民としては迷惑そのものだ。