2017年におきた栃木県の高校登山部の、雪崩による死亡事故に関連して、当時引率していた教師が起訴されたというニュースが、各新聞に出ている。https://mainichi.jp/articles/20220211/ddm/012/040/096000c
今年の2月に民事訴訟も起こされているが、5年も経過してからの起訴だから、かなり、起訴するかどうか揉めたと想像できる。当時の記事も読めるし、また、県が設置した第三者の雪崩事故検証委員会の報告書も、ウェブで読めるので、ざっと読んでみた。生徒7名と教師1名が亡くなった、痛ましい事故だったが、被害者の家族は、起訴でほっとしたと、新聞に語っているそうだが、起訴については、多少の疑問も感じざるをえない。
事故は、以下のようなものだった。
2017年3月25日(土)から27日(月)まで実施された、栃木県高体連の登山部主催による、主に冬山登山に関する講習会と実技訓練の最終日に、事故は起きた。この講習会は、1958年から行われているもので、被害者がでた事故は起きていなかったという。しかし、この7年前に、雪崩に巻き込まれた事故はあり、雪に埋まってしまった生徒がいたが、無事救出されたので、事故の十分な検証とその継承は行われなかった。登山活動そのものが、雪崩の原因となったと考えられるので、事故の詳細な検討と報告、継承は不可欠だったのではないだろうか。
さて、最終日、登山をする予定だったが、天候が悪く、26日から27日にかけて、大雪注意報、雪崩注意報、着雪注意報が出ていた。そのために、登山の予定を中止し、雪上歩行訓練に切り換えて、7校54名参加者中、46名が、学校単位の班をつくって、準備出発した。しかし、先頭の大田原高校の班に、雪崩が襲いかかり、次の班にも影響をあたえた。事故が起きて、教師たちは、本部に連絡をして対策をとろうとしたが、携帯がうまくつながらず、時間がかかったようだ。特に、最高責任者の部長(校長)は、携帯をもたずに荷物運びをしていたために、事故を知るのが遅れた。それでも、教師たちの対応は、いいかげんなものではなかったといえる。
結局、8名の死亡者以外に、重症4名、中等症3名、軽症33名の大事故となった。
この事故のあと、教育委員会は、専門家による検証委員会を設置して、かなり詳細な報告書が提出されている。報告書によって、気づいた点を紹介しよう。
こうした活動には、事前調査が行われる。3月11日に実施されたが、午後3時20分から、たったの30分行われただけで、大体の場所と積雪の状況を確認したが、歩行訓練を実施した場所の確認はしていなかった。最大の問題は、学校の部活の行事だから、運営や指導は、高校の教師が行っている。しかし、彼らは、登山の専門家ではない。従って、生徒と一緒に講習会にも参加するわけだが、参加教員のレベルとして、報告書は次のようにまとめている。
参加教員のレベル
冬山・春山講習会ともに経験 4
春山講習会のみ 3
冬山のみ 2
ともになし 1
ただし、自己申告であることと、これは講習会の経験であって、実際の登山の経験は、報告書ではわからない。まだ雪が積もっており、雪崩注意報がでている山に、高校生を指導して登っていく指導者が、単に高校で顧問をしている素人であることが、やはり最大の問題だろう。もちろん、実際に登山をしている人もいるかも知れないが、そういう基準で選ばれてはいない可能性が高い。
報告書は5点の問題を指摘している。
ア 事前の計画が不十分(伝統行事であることによる慣れ)
イ 事前の外部審査、チェック体制の不備
ウ 実施体制の問題(統率力を発揮し難い体制、責任の所在の曖昧さ)
エ 講習会終了後の報告、総括等の不実施
オ 指導者(講師等)の問題 十分な認識をもった講師ばかりではなく、数あわせ
この報告書の目的が、責任追及ではなく、あくまでも原因の究明と、それに基づく将来への対応を示すことにあるので、不十分だった点の指摘は、極めて具体的で厳しい。全体として、長年やってきて、大きな事故もなかったので、極めて危険な冬の積雪のある登山に対する準備としては、あまかった点を多々指摘している。
注意報がでているので、登山そのものは中止したが、歩行訓練をすることになって、樹林帯を登っていくコースが設定されたが、それは初めての経験だったとされている。しかも、登山中止をしたあと、更に歩行訓練をする上での天候確認がなされなかった。危険な地域には行かないよう確認をしたとされるが、どこが危険地域であるのかは、正確に認識されていなかったと思わざるをえない。
この講習プログラムの責任者は参加校の校長たちだったが、実際に生徒たちを引率して指導するのは、教師たちだった。参加者がでかけたあと、トップの責任者は、事故が起きることは想定せず、携帯ももたずに場所を離れ、荷物の運搬をしていたために、雪崩とその被害が生じたときの連絡を受けるのが、遅れてしまった。事故が起きてから、教師たちは、連絡をとるべく努力したようだが、事故対策の確認は、あまりなされていなかったようで、救援隊が来るのは遅れてしまったと思われる。
大きな事故だったために、その後対策がとられるようになり、現在の栃木県高校体育連盟のホームページには、登山部の注意として、以下のような項目が掲示されている。
・栃木県高校体育連盟の登山部活動の注意項目から、雪崩関連
雪崩注意報が出されている場合は、予定を変更または中止する。
気象情報や周辺の状況から危険が予想される場合は、予定を変更または中止する。
晩秋、早春は、山はいつでも冬山、雪山に急変する可能性があり、一般的な季節とは
異なるという意識を持つ。積雪があった場合、例え標高が低く傾斜が緩く、木が生え
ていても雪崩の可能性を考え、次にあげる回避チェックを行う。
①弱層テストをおこなう。
②大雪時は行動しない。
③極端な気温変化に注意する。
④かたまって行動しない。
⑤雪崩地形を避けて通過する。
⑥雪崩道の通過を避けられない場合は、1人づつ通過し他のメンバーは即応の態勢で通過中の者を観察する。
⑦スコップ、ゾンデ、ビーコンをメンバー全員が携行する。これらが不可能な場合は、必ず撤退する。
気象情報の収集に努め、急激な降雪が予想される場合は行動を中止し、撤収する。
残念ながら、この事故のときには、こうした注意は実行されなかったのであろう。
さて、5年経過した昨日になって、検察は、引率していた教師3人を起訴した。
学校には安全配慮義務があるから、8名も死亡した事故が起きた以上、安全配慮義務違反を問うことは当然だろう。しかし、安全配慮をする義務を負うのは、基本的には、その組織の責任者ではないのだろうか。ここでいえば、体育連盟の責任者であり、講習会の責任者である。実際に、講習会の責任者である3人の校長が、登山そのものを中止している。そして、相談の上歩行訓練に変えているわけだ。その判断は、少なくとも登山中止については正しかったが、歩行訓練なら安全だと安易に考えたふしがある。その証拠に、どの場所をどのように歩くのか、その場合の注意点の確認を十分にしてはいなかったようだし、また、天候の確認も不十分だった。この講習の最高責任者は、連絡を受ける体勢をとらないまま、場所を離れて、別のことをしていた。そして、これらの責任者3名はいずれも校長である。まずは、校長である行事の責任者が、もっとも強い責任を負うのではないかと、私は思うのである。にもかかわらず、起訴は、現場の引率者に対してなされている。
歩行訓練の実施、およびそれを実施するための十分な注意喚起と、現実的な指導手順が確認され、それを引率がきちんと守れば、事故は起きるはずがなかったにもかかわらず、引率教師の不注意で、防げたはずの事故が起きてしまったのならば、つまり、現場の引率がまずかったから、雪崩に巻き込まれたのだ、ということが明らかであれば、現場引率者が、安全配慮義務を怠ったといえる。しかし、この事故の場合、歩行訓練を決められ、場所が指定されてでかけた時点で、雪崩が起きたときの防御方法は十分に考慮されておらず、その責任は、全体の方針を決める責任者だったと考えざるをえないのである。
責任者としては、やはり、歩行訓練そのものもやめるべきだったといえる。3つもの雪に関する注意報がでていたのだ。しかし、それを実行すると決めた以上、決めた責任者が事故の責任を負うのではないか。引率した教師が起訴されることは、疑問である。
学校行事を強行したために、大きな事故になることは、特に外にでかけた場合に起きやすい。浜名湖でのボート訓練で、台風が近づいているのに、ボート訓練をした中学で、一艘が転覆して女子中学生が亡くなった事故があるが、その場合、専門の指導員が不足していて、そのボートだけ指導員がおらず、教師が指導していた。船酔いを起こした生徒がでたので、ボート施設の人がモーターボートで救いにきたが、免許をもっていない彼が、うまく操縦できず、ボートが転覆してしまったのである。台風が近づいて荒れており、しかも、専門の指導員がいなかったのだから、当然中止すべきだったのである。しかし、外にでかけての学校行事を中止することが難しいことはわかる。そこが、責任者の判断が問われるのではないか。行事そのものを中止することは、やはり、全体の責任者以外には難しい。そういう判断をするのが責任者であり、強行による事故を引き受けるべきなのも、決定する権限をもったものでなければならない。