『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

 全盲の白鳥さんと美術館を訪れて鑑賞するという話である。
 作者を始め、何人かが、一緒に、あるいは交代で、白鳥さんに付き添い(アテンドという表現が用いられている)美術品について、白鳥さんに説明し、白鳥さんが質問して、更に答えるというやり取りが書かれている。読み始めると、すぐに、実際に理解が深まっていくのは、説明を受ける白鳥さんというよりは、説明しているほうだということが分かってくる。そして、普段何気なくみている、あるいは見落としていることに気づき、更に違う見方も出てきて、理解が深くなることを実感する、そういう話である。もちろん、白鳥さんは、もちろん受けた解説とやり取りで、自分なりのイメージを形成しているのだろうが、その厳密な姿は、解説者たちにもわからないし、読者にもわからない。そして、近くの美術館だけではなく、遠くまで出かけて、寺の仏像なども同じように鑑賞していく。具体的には、いろいろな作品のやり取りが書かれているので、興味のある人はぜひ実際に読んでほしいが、晴眼者の認識が、全盲の白鳥さんとのやり取りで、深化したり、訂正されるのは、やはり、なるほどと思わせる。

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読書ノート『プーチンの野望』佐藤優 (潮出版)

 発行日(6月6日)に購入し、その日に読んだという珍しい本になった。関係ないが、私の誕生日でもあった。
 説明するまでもなく、佐藤優氏は、日本でもっとも優れたロシア通の一人であり、かつては職業的なロシア担当の外交官だった。そして、その仕事は、交渉を担当するというよりは、情報を集め、分析する役割だったので、やはり、他の人の書いた文章とは違う側面にまで切り込んでいる。
 構成は、章ごとに
1 仮面のプーチン
2 プーチン独裁者への系譜
3 20年独裁政権抗争とユーラシア主義
4 北方領土問題
5 クリミア併合
6 ウクライナ侵攻
終章 平和への道程
となっている。
 
 この本のなかで、もっとも読ませるのは、やはり、北方領土の部分だ。

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読書ノート『80歳の壁』和田秀樹

 羽鳥のモーニングショーに、和田秀樹医師が出演して、今ベストセラーになっている著書『80歳の壁』をもとにした話をしていた。そこで、大方の内容はわかったが、もうじき後期高齢者になることもあり、購入して読んでみた。内容が非常にわかりやすく、かつ談話のようなものなので、一気に読めた。内容は、共感する云々以前に、私自身がだいたい実践していることだったので、逆に驚いたほどだ。簡単にいえば、高齢者(この本では幸齢者と書いているが、普通に高齢者としておく)は、好きなことをして、食べたいものを食べ、楽観的に生きなさい、そして、あまり医療に頼るのではなく、病気になったとしても、闘病するのではなく、共病、つまり、病気と共に生きるというのがよい、というようなことだ。

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読書ノート「発達障害は学校からうまれる」井艸 恵美 東洋経済オンライン

 読書ノートというのは多少おかしいかも知れないが、東洋経済オンラインに「発達障害は学校から生まれる」という連載のレポート記事がある。まだ継続中だが、学校現場のこまっている面、また筆者によれば、弊害を生んでいる側面について、深刻な報告がなされている。
 現在第6回まで進んでいるが、最初のほうは、もっぱら発達障害児に対する投薬治療の弊害を、患者たちの取材に基づいて警告を発している。詳細は、記事を読んでもらうことにして、自分なりに考察してみたい。
 ここで書かれていることを整理すると
・子どもに対して、安易に向精神薬を使用するのは問題があり、さまざまな弊害が生じている。
・近年は、こうした子どもの発達障害に対する薬物使用が広まっており、教師の側から、親に勧める事例も多くなっている。
・こうした状況に、警告を発する医師や教師もいる。
・子どもの発達障害は増加しており、その原因は環境によるところが多い。
・発達障害に関する文科省の大がかりな調査があり、通級学級から、特別支援学級、特別支援学校への、事実上の誘導がなされている。
 以上のようなことだと解釈できる。

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読書ノート『プーチン 内政的考察』木村汎

 まとまったプーチン情報を得たいと思い、県立図書館にあったこの著書を借りてきた。A5版600ページもある大著で、まだ全部は読んでいないが、前半を読んで考えたことを書いておきたい。
 プーチン4部作の2作目ということで、他の著作も読んでみる必要があると思うが、内政を扱ったこの著作を読むと、筆者がウクライナ侵攻をこの時点(2016年出版)で予想していたのではないかと思われるほどであり、かつ、現在の進行状況が、ここで書かれているプーチン像にぴったり重なってくる。

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読書ノート『知の鎖国』アイヴァン・ホール2

 本書のコメントからは離れてしまうが、どこまで一般化できるかは別として、私自身の体験を書いておきたい。元同僚たちの批判になってしまうが、現在ほぼ全員が退職しており、かなり昔のことなので、あえて書くことにした。ここで書いたような側面はあるが、皆まじめで、誠実な人たちであったことは、断っておきたい。
 日本の知識人たちが、少なからず、外国人に対して、あるいは外国で教育を受けたものに対して、排外的な姿勢をとることの具体例である。
 
 第一は、私がまだ大学院の担当者であったときのことだ。大学院の入試判定前の段階で、受験可能かどうかの問い合わせについて議論したものだった。
 その受験予定者は、イギリスの大学を卒業していた。しかし、一般的なイギリスの大学は3年間で終えることができる。ヨーロッパの大学は4年制であるが、修士号を付与することが一般的である。尤も以前は6年が原則だったので修士号の付与は当然だったのだが、カリキュラム改革などを経て4年で終了できるようにして、修士号付与はそのままだったのである。だから、学士号を付与する教育機関は、3年でオーケーということになっているのだ。
 そのことで、日本人がイギリスの大学を卒業したが、日本の大学院は4年間の大学教育を条件としているので、問い合わせがあったわけだ。

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読書ノート『知の鎖国』アイヴァン・ホール(毎日新聞)1

 まだ全部ではないが、アイヴァン・ホール『知の鎖国』なる本を読んでみた。1998年に書かれた本なので、かなり古いが、日本が停滞に陥り、数年経過した時点での日本批判であり、この批判が適切であれば、日本が停滞から抜け出すのは難しいと思わせたに違いない。事実、日本は停滞から抜け出していないので、指摘は多くあたっていたということになるのだろう。
 一言でいえば、日本の知的専門職が、外国人に対して開かれておらず、外国人を差別しているという事例がこれでもかと出てくる本である。残念ながら、翻訳がよいとはいえないので、意味が鮮明でない部分がある。また、著者の誤解もあるような気がするが、しかし、日本人としては、このような批判に対しては、率直に耳を傾けるべきであろう。
 法律家(弁護士)、報道陣、大学教師、科学者と留学生、批評家の分野で、いかに日本社会の知的閉鎖的であるかを具体的に示している。まずは、大学教師の部分について考えてみたい。

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読書ノート『象徴の設計』松本清張

 今、日本の歴史で気になっているのは、幕末の尊皇攘夷思想が、なぜ、あれほど実力行使をするほどの外国排斥の思想になったかということ、そこから、どのように中国・朝鮮に対する差別意識が形成されたか、そして、明治にどのようにして天皇制が形成されたのかということだ。前のふたつは、現在、特に中国や韓国に対するヘイト的行動となって継続していること、3つめは、小室問題ですっかり国民の信頼が揺らいだ皇室の今後を考える点で、欠かせない歴史的な視点である。
 松本清張の『象徴の設計』は、軍人勅諭をつくるに至る山形有朋を中心とする政治の裏側を描いた作品で、清張の歴史物のひとつである。表面的な歴史学習では、明治15年に明治天皇が発布した軍人のための文書であるという程度しか教わらないが、実際にこの文書を作成した山形有朋が、なぜ、どういう問題意識でつくったのか、手にとるように理解できる。考えてみると、明治政府にとって、本当に切実な問題であるが、実は、現在の日本でも、似たような課題があるのだ。

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読書ノート『時間の習俗』松本清張

 最近なぜか松本清張を読みたくて、kindle版を購入して短編を中心に読んでいたが、面白そうなので、『時間の習俗』を読んでみた。清張といえば、社会派で、犯罪の動機に重点を置いた物語構成で評価されているわけだが、これは、そういう点はほとんど飛ばして、純推理小説的に、アリバイ崩しに徹している。だから、何故犯人は、殺害までしなければならなかったのか、などという清張らしいことは、ごくわずかしか触れられておらず、しかも、それで殺してしまうの?違う有効な手段があるのではないか、などは無視していると解釈すべきであろう。とにかく、アリバイをどうやって崩していくかにかけている。
 初期の傑作である「ゼロの焦点」(何故殺害したのかが中心)ではなく、「点と線」(アリバイ崩しに焦点)の路線を引き継ぐものであり、実際に活躍する刑事も警視庁の三原刑事と福岡の鳥飼刑事である。正直なところ「点と線」はあまり好きではないのだが、今回のアリバイ崩しはどうかという興味だった。
 
 物語は、車の業界紙の土肥が、殺害される。土肥は水商売風の女性と旅館に入り、宿泊を迫っていたようだが、女は承知せず、二人で散歩に出る。しかし、帰って来ない。土肥は死体で発見されたが、女はまったく行方がわからない。土肥は新宿からハイヤーで相模湖までいったのだが、途中で待っていた女を同乗させていた。
 土肥の葬式に来た、交通会社(ハイヤーやタクシーを運営)峰岡に、刑事の三原が注目する。アリバイが完璧だという理由だ。ここが、レビューなどでも問題になるが、小説の目的がアリバイ崩しなので、あまりに完璧なアリバイなので不信感を抱いた、というのは、必要な想定になるのだろう。

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読書ノート『天狗争乱』吉村昭

 尊皇攘夷という思想と運動、政治活動は、日本の歴史のなかでも、もっとも不可解な現象のひとつだ。当初は単なる思想だったが、西洋列強が東アジアにも押し寄せ、実際に日本も圧力によって開国すると、激烈な政治運動になり、そしてその中心的な勢力だった長州藩は倒幕の闘いを起こし、明治政府の中核勢力となっていくが、その過程で、「攘夷」は棄てられ、開国方針を堅持していく。尊皇攘夷に身を挺して実行した人々の多くは、自らの没落を招いていく。森鴎外の「津下四郎左衛門」は、若くして尊皇攘夷の思想に染まり、明治になっているのに横井小楠を暗殺して、処刑される四郎左衛門の子どもが、父親の名誉回復を試みるが、結局、父は愚かだったのだという結論になってしまう話だ。実話である。生麦事件を起こした薩摩藩士や、藩として外国船に砲撃を加えた長州藩などは、報復を受けて、やがて攘夷など不可能であることを知っていく。

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