旗本の転落の後半だが、前回の女問題ではなく、今回御家相続に関わる犯罪である。武士は、「家」が最大の課題であり、家の継続が至上命題になる。武士にとっての家は、単なる家族の集合体ではなく、経済単位であり、「家」そのものが生活の糧だった。家が存続している限り、生活は保障されていたわけである。家族が収入源の仕事をもつことによって、家族の生活が成り立つ現代とは、根本的に異なる。だから、家が大きな領主で、家臣がたくさんいれば、「家」が処罰されて取り潰されたり、あるいは、相続者がいなくて断絶したりすると、領主の家族だけではなく、家臣の家族全体の生活の糧が失われることになる。現代でいえば、会社の倒産にあたる。当然、誰が跡目を継ぐかという争いが生じる。自分の子どもや跡目にしようと企む者もいる一方、邪魔者を除こうとする者もいる。男子がいなければ家を存続させることはできないから、妾をもつことが当然とされ、その一族の争いも生じる。江戸時代を通じて、相続者がいないためにつぶされた大名だけでも、59家あったそうだ。旗本や陪審を含めれば相当な数になるだろう。
鬼平犯科帳は、犯罪の主体が町人であるから、大名は対象になっていないが、希に、旗本の犯罪が扱われる。跡目相続に関係する話はふたつある。まず「毒」である。
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カテゴリー: 鬼平犯科帳
鬼平シリーズ3 旗本の転落1
鬼平犯科帳には、江戸時代の支配層の代表である「旗本」が犯罪をして転落する物語が、いくつかある。代表的なものは、「密通」「毒」「春雪」「鬼火」の4つだ。「鬼火」だけは長編で、単独で一冊になっている。そして、犯罪もまったく異なる。「密通」は、平蔵の妻久栄の伯父が、家臣の若い妻を、地位を利用して月に1度密通する話。「毒」は、明確には示されないが地位の高い旗本が、おそらく将軍の子どもの暗殺を図るために、毒を入手する話。「春雪」は、自分の放蕩でつくった借金のために、裕福な商家の娘だった妻の実家を襲わせようとする話。「鬼火」は、他家に養子となった自分の子をその家の跡継ぎにするために、既に継いでいた兄を盗賊の女を近づけて追い出す話。どれも、本来大切にしなければならない人を、自分の欲望のために、亡き者にしたり、排除するという、陰惨な話である。
今回は、「密通」と「春雪」を扱う。
しかし、残念ながら、「密通」は、ドラマになっていない。中村吉右衛門主演のテレビドラマは、原作をすべて消化してしまったという理由で、シリーズものは打ち切りになり、そのあとは、年一度のスペシャルで同じ話のリメイクを作っていたということらしいが、どういうわけか、「密通」はドラマ化されていない。話としては骨格が単純で、しかも、主要ゲストが、この話にしか登場しないので、他との連携もうまくいかないと判断されたのだろうか。しかし、最後に「封建的武士道」に逆らって、家臣が主人に切りつける場面があるし、また、そもそもの発端が、主人の横暴に逆らう下人の行動だから、興味深い物語だと思う。
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鬼平犯科帳2 長谷川平蔵の失策
鬼平は、理想の上司などといわれることがある。確かに、部下や密偵たちへの、非常に細やかな心遣いや、的確な指示・命令など、学びたくなるところが無数に出てくる。だからこそ、「お頭のためなら、いつ死んでもいい」という献身的に、命懸けの仕事に部下や密偵たちが、日夜励んでいる。しかし、部下の不祥事の話もいくつかあるし、逃げてしまう密偵も出てくる。そして、平蔵自身の失策もある。しかも、今回取り上げるのは、そのミスのために、密偵と密偵候補者を死なせてしまう話である。その失策は、作者池波正太郎が、頻繁に平蔵の優れた資質として、人を見ただけでどんな人物か察知してしまう能力や、慎重で緻密な対策という設定に反している。こうした時折みせる平蔵の人間的弱さも、鬼平の魅力であるかもしれない。しかし、「学びたくなる」物語であるなら、教訓を引き出すことも重要だろう。
「殿さま栄五郎」と「妙義の団衛門」のふたつを取り上げるが、原作では、馬蕗の利平治という密偵が関わっている。従って、物語として連続性があるのだが、ともに、前者では、古参の密偵の粂八、後者では、新参の密偵の高萩の捨五郎に変更されている。
鬼平犯科帳1 笹やのお熊
「鬼平犯科帳を見る」シリーズは、「笹やのお熊(小説では、「お熊と茂平」)」から入ることにした。
通常、犯罪を扱うドラマでは、犯罪が進行し(あるいは最初に終わっており)、捜査を通じて事実を少しずつ究明していく形式をとる。しかし、この「笹やのお熊」では、当初犯罪が行われていたり、行われそうになっていたりしているわけでもないのに、長谷川平蔵がそれを疑い、様々な手をうつ。つまり、当初は平蔵の勘違いなのだが、途中から、盗賊のほうで盗みの可能性を見いだして、平蔵の錯覚が事実となっていくという、非常に珍しいあらすじ構成になっている。鬼平シリーズでも、このような展開は他に見られないと思う。
またこの回では、江戸時代に関するふたつの興味深いことが展開に関わっている。
ひとつは、当時の金融のあり方であり、またひとつは、火付け盗賊改め方の捜査方針に関わることである。これは、筋の中で触れる。
鬼平犯科帳ノート(1)はじめに
いろいろな話題があっていいと思い、私がはまっているテレビドラマをふたつ、ひとつずつとりあげていくつもりだ。
現在考えているのは、「鬼平犯科帳」と「Law & Order」のふたつだ。
今回は「鬼平犯科帳を取り上げる理由とその魅力を書く。
鬼平犯科帳は、1967年から1989年にかけて『オール読物』に連載された小説で、135話ある。文春文庫24冊で刊行されている。テレビでは4回ドラマ化されているが、最も多数の作品がドラマ化されて、また、作者の池波正太郎が気にいっていたのは、最後のフジテレビによる中村吉右衛門主演のものである。さらに、中村吉右衛門が主演のドラマは、おそらく時代劇のテレビドラマとしては、最高の質を誇っているように思う。原作も面白いが、ドラマは、原作を歪めない範囲で工夫を加えて、見るドラマとして非常に丁寧に作られている。