大学における実務家教員の増加

 最近、大学の教師として、アカデミックな道を通らずに、実務をしてきた人が教授などになることが多くなってきた。文科省も推奨しているようだ。8月17日マネーポストWEBに「査読論文なしで教授職に… 大学教員たちから噴出する「実務家教員」への懸念」という記事が掲載された。
 実務家教員の負の側面を中心にまとめた記事である。私の在職したいた学部にも、実務家教員は少なくなかった。しかし、その実態は様々であり、前歴は実務でも、研究能力に優れた人もいたし、やはり、研究面は弱いと感じる人もいた。
 この記事で、実務家教員へのネガティブな評価は、
・個人的な人間関係で採用される場合が多い

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マニュアルは誰がつくるのか クレーム処理の現場

 プレジデントオンラインに「「間違えたんだから、責任を取れ」オペレーターに詰め寄るモンスター客に上司が放った”爽快なひと言”」という吉川徹氏の文章が掲載されている。
 携帯電話会社のコールセンターのやりとりのレポートである。筆者の吉川氏自身、オペレーターの経験があるそうだ。系統的な文章というより、いくつかの具体的挿話を集めたものなので、気になった部分の紹介と考察をしてみたい。
 
 まず、「マニュアルは役にたたないものばかり」と書かれている。「相手の話を真摯に聞く」「カッとなったら6秒数える」「数分我慢すれば、ほぼ解決」などという、意味のないことが書いてある。
 逆に頷けるのは、「クレーマーを宇宙人と思え」とか「もっとも手ごわいクレーマーは常識を持ち合わせていない人」という内容だったというが、これが具体的に役立つとは思えない。

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日本の評論家に不当に軽視された歌手 ジョーン・サザーランド

 日本でオペラがかなり普及するようになったのは、いつごろからだろうか。戦前は、ほとんど本格的な上演はなかったろう。そして、戦後NHKがイタリアからソロ歌手と指揮者を招いて、NHK交響楽団や日本の合唱団が加わっての「イタリアオペラ」が、オペラの魅力を伝え、1960年代にベルリン・ドイツオペラが来て、ベーム指揮の、いまでも話題になる上演をして、オペラへの注目が次第に出てきたように思う。そして、日本でも二期会が結成されて、日本人による上演を続け、やがて、80年代になるとミラノやウィーン、バイエルンなど、世界の主な歌劇場の引っ越し公演が行われるようになる。そして、クラシック音楽ファンに、普通にオペラが聴かれるようになったのは、世紀の変わり目くらいからなのだろうか。
 私は、イタリアオペラをテレビでみて、マリオ・デル・モナコやテバルディに感心して聞き惚れたのがきっかけだったが、オペラ好きな中学生などは、まったく変わり者だった。学生、院生時代には、二期会の比較的安いチケットがあったので、けっこう聴きにいったものだ。

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読書ノート「元首相暗殺の黒幕」ベリー西村

  ベストセラーだという評判だったし、題名から考えても、読まざるをえまいと思って読んでみた。ベリー西村という人は、まったく知らなかった。元パイロットだったというが、現在はスピリチュアル系の人のようで、内容もそんな感じである。端的にいって、トンデモ本の一種に思われた。最初に、安倍元首相暗殺に関する疑問がだされていて、それはそれで筋の通ったものだった。疑問は10あげられている。
・SPが何故安倍氏から3メートルも離れていたところにいたのか。あまりに杜撰な警備。
・事件のニュースが2日前に作成されていた。
・山上が誰かの指示を確認している様子が頻繁に見られた。指示者がいることを示している。
・統一教会の分派のサンクチュアリ教会の教祖が6月から来日している。

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安倍元首相狙撃考察10 山上が犯人でないとすると?

 大手メディアはまったく無視しているが、ネット上には、山上は犯人ではなく、黒幕がいるという見解は、けっこうたくさん見られる。銃弾の向き、安倍氏の体内の損傷の状況等を詳しく分析して、山上の銃弾ではないと論証する医師のyoutubeも、けっこう話題になっている。大手メディアの報道や警察発表は、疑問だらけであることは確かだが、しかし、その先の、では誰がということについては、メディアや警察が一切無視しているので、想像するしかないのが現状だ。だから、いくつかの説がある。それを少し考えてみよう。
 山上の銃で安倍元首相が撃たれたのではないと仮定すると、当然別に撃った人がいることになる。その点では、ふたつの見解がある。ひとつは、壇から降りた安倍氏に防御のために覆い被さった人が、密かに小さな銃(消音付き)で首から下に向けて撃ったという説。もうひとつは、近くのビルの屋上、ないし空き部屋からスナイパーが撃ったとするもの。いずれも、治療にあたった医師が、死亡を知らせる記者会見で述べた内容と、銃弾の軌跡が一致するように考えたものである。だから、弾道と安倍氏の遺体の状況との矛盾はない。しかし、いずれも、大きな難点がある。

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鬼平犯科帳 どうでもいいが、気になること

 今日は気軽な話題で、鬼平犯科帳について、普段感じているが、どうでもいい点について書いてみる。
 鬼平犯科帳に出てくる盗賊は、二種類に分類されている。もちろんそれは作者の創作であろう。第一は、本格の盗賊といわれるもので、3つの掟を厳格に守っている。「殺さない」「盗ったらこまるところからは盗らない」「女を犯さない」の3つである。これを犯すと、首が飛ぶとも書かれているが、実際に鬼平犯科帳には、そうした場面はなく、逆に、仁三郎のように、温情で助けられた話は、いくつか出てくる。
 それに対して、盗みに入った先のひとたちを皆殺しにしてしまう「畜生働き」という盗賊たちがいる。彼らは、ことごとく長谷川平蔵に敵愾心をもち、ある盗賊たちは、平蔵を殺害しようとしたり、家族に危害を加えようとする。歴史書などを見ると、天明の大飢饉などのあとになると、凶悪な盗賊たちが多くなったと書かれているので、確かに、長谷川平蔵が活躍していたときには、畜生働きの盗賊たちが多数いたのかも知れない。

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偏差値教育は間違いというが2 具体的構想

 入試を廃止するということは、どういうことだろうか。それは、高校での成績を規準に考えるということであり、また、資格試験を設定しても可能だろう。理想的には、大学に定員を設けず、規準を満たしている者はすべて入学できるようにすることである。アメリカの州立大学は、基本的にそうしたシステムになっている。州立大学は敷地が広く、キャパシティが大きいこと、そして、学部は理学部と文学部のふたつしかなく、教養大学であることが、そうしたシステムを容易にしている。アメリカでも私立大学は、独自の選抜システムを設定しているが、日本のように、一定期日に一定の場所に集めて、学力試験をすることはない。高校の成績、資格試験の成績、そして種々の提出書類によって選抜が行われる。大学入学の時点では、日本人のほうが、少なくとも以前は、学力水準が高かったが、卒業時には逆転すると言われていたのは、こうしたシステムによるところが大きい。
 ヨーロッパでは、高校の成績と全国的な資格試験を突破すれば、大学への進学が認められる国がほとんどである。ただし、大学のキャパシティによって、第二、第三志望に廻されることがあるが、大学間の格差はあまたないので、学生にとっては拘りは少ないようだ。

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偏差値教育は間違いというが1

 ダイヤモンド・オンライン(8月11日)に、「日本電産・永守会長による「日本の偏差値教育は根本的に間違い」と断言する理由」という記事がでている。要するに、日本の生徒たちは、自分のやりたいことではなく、偏差値によって入れるところを選択する進学指導を受けて、実際に自分でもそうしている。それは根本的に間違いだ。だから、本当に自分がやりたいことは何なのか、それをしっかり見つけて、進路を選択せよ、という趣旨のようだ。
 確かに、全く正しい。そして、そんなことは、ほとんどすべての日本の生徒・学生たちが、一度は思ったに違いない。偏差値が足りなくて、志望を変更せざるをえなかった生徒たちだけではなく、お前は偏差値が高いから医学部に行け、と指導されて、無理に医学部に進学した生徒などもいる。

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内閣改造したが 本当に必要なことは宗教法人認可の取り消し

 内閣が改造され、昨日からその番組が続いている。そして、追求されているのは、統一教会との関連である。ただ、予想されたことだが、統一教会と関係をもたない人だけで、内閣を構成することは、現在の自民党では無理なことだろう。今朝のモーニングショーで田崎史郎氏が語っている通りだ。
 それから、自民党員にも信教の自由はある。その通りだろう。だから、信教の自由を侵して、統一教会と関係をもつなというのも無理筋がある。しかし、当然、反社会的団体であると言わざるをえない統一教会を、そのままにしていいわけがない。私のような立場からすれば、それは自明のことだが、保守を自認するひとたちにとっても、それは切実な問題ではないのか。なにしろ、統一教会は、日本をエバ国として、韓国に資金的だけではなく、人的にも(合同結婚式)献身することを課しているのだから、日本の保守主義者が、根本的なところで対立するはずなのである。それなのに、これまでは、完全に自民党と統一教会はずぶずぶの関係になっていた。

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統一教会に押し切られた会見

 本日8月10日の3時から1時間半、外国人記者クラブで、統一教会田中会長の記者会見があった。開かれた経緯は、よくわからないが、記者クラブのほうで、統一教会の問題を明らかにしたいと思って招待したのであれば、まったく意図と反する結果になった。ほとんどが田中会長の独壇場といった感じで、統一教会の主張に席巻された印象である。
 ライブをずっと見ていたのだが、(テレビでは途中でコマーシャルになったので、そのあとはyoutubeで最後までみた)テレビ画面に、鈴木エイト氏の言葉がでて、「統一教会が被害者であるという印象を与える会見になる」と危惧していたが、その通りになったといえる。

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