犯罪加害者の表現の自由1


 松井茂樹氏の『犯罪加害者と表現の自由 「サムの息子法」を考える』(岩波書店)を読んだことと、ある放送局で、犯罪加害者のドキュメントを作成することに関連する相談を受けたことがきっかけで、犯罪加害者の表現問題を考え直してみた。かなり難しい問題で、日数がたってしまった。実は、まだまだ考えがまとまったとは言い難い。そこで、部分的に少しずつだしていくことにした。
 松井氏の著作は、専門的な法律の書物で、法律的な論点を詳細に論じているが、それ以前の、単純な考え方として、この問題を考えてみたいと前から思っていた。これまでに、犯罪加害者の家族の問題を、考える機会がけっこうあったが、犯罪加害者、あるいはその家族、関係者の「表現問題」は、異なる側面からの考察が必要だろう。
 犯罪加害者自身の著作として、松井氏は以下のものをあげている。
 『絶歌』-神戸の少年A(当時14歳)による小学生2名を殺害した事件の当事者の著作
 『無知の涙』『人民を忘れたカナリア』『木橋』- 連続射殺事件の永山則夫の著作
 『霧の中』-殺害後人肉を食べた佐川一政の著作
 『逮捕されるまで-空白の二年七カ月の記録』-英国人を殺害後逃亡していた市橋達也の著作
 更に、安部穣二『堀の中の懲りない面々』や堀江貴文の『刑務所なう』も犯罪を犯して刑務所に入ったために書くことができた本としてあげている。
 私自身は、『絶歌』『無知の涙』『木橋』は読んだが、『絶歌』だけは、あえて古本を購入した。著者に印税が入ることを拒否したかったからである。 “犯罪加害者の表現の自由1” の続きを読む

読書ノート『ひきこもりだった僕から』上山和樹

 本書は、自分自身がひきこもりであった上山和樹氏が、ひきこもりから脱却しつつあり、ひきこもりの相談活動をしている段階に書かれた、体験と相談活動を踏まえた分析との二部構成になっている。2001年12月にだされた本で、2000年に起きた西鉄バスジャック事件と、新潟少女監禁事件の発覚とを契機に、執筆依頼されたと思われる。私が、今回この本を読もうと思ったきっかけは、もちろん、川崎と練馬の事件である。上山氏が本書で批判しているように、ひきこもり相談をしている精神科医、カウンセラー、行政などは、実際にはひきこもりの当事者の内面について、ほとんど理解していないのだろう。なぜなら、ひきこもりといっても、その多い実数に比較して、相談に訪れる人はごく少数しかおらず、しかも、相談にいくのは親である場合がほとんどだろう。しかし、親はひきこもり当人の「敵」であるので、親から語られることがらは、ひきこもり本人の実態とはずれているという。そういう意味で、自身がかなり長期のひきこもりの経験者であり、(この本執筆当初、完全に払拭していたわけでもないようだ。)たくさんのひきこもりの相談活動をしている人の書いたもので、参考になるだろうと考えたわけである。 “読書ノート『ひきこもりだった僕から』上山和樹” の続きを読む

読書ノート『天皇と東大』Ⅰ-Ⅳ 立花隆

 大分前に購入したが、必要な部分だけ読んで、あとは積んどく状態だった本を読み終えた。厚い文庫本4冊だから、トルストイの『戦争と平和』にも匹敵する量だ。明治の当初から敗戦(多少戦後も含まれる)まで、日本の「国体」をめぐる相剋を描いたノンフィクションだ。戦争が終わったとき5歳だった立花が、ずっと疑問に思っていた「なぜ日本はこんな酷い国になってしまったのか」という自問に答えるための書であるという。また、これまでの敗戦に至る歴史分析を、多くの人は左翼的な観点からのみみて分析していたが、それだけでは不十分で、右翼的な側面から分析がないと、本当のところはわからないという問題意識を重視して書かれたものだ。
 明治初期のある程度リベラルの状況から、次第に国家主義的な体制、しかも一切の自由な言論を許さない社会になっていく過程を、東大を主な舞台とした左右の対立相剋を中心に叙述している。個別的な評価はそれぞれになされているが、全体としては、事実をもって語らせる方法なので、著者の独自の歴史観などがだされてはいない。が、逆にそのことで、様々な立場からの事実を知る上では、有意義な本だ。 “読書ノート『天皇と東大』Ⅰ-Ⅳ 立花隆” の続きを読む

読書ノート 『植民地支配と教育学』佐藤広美

 『教育』の6月号に書評が出ており、矢内原忠雄に対する再評価がなされているとあったので、早速購入して読んでみた。教科研副委員長の佐藤広美氏の『植民地支配と教育学』皓星社 (2018/10/10)である。
 本書を貫く主張は極めて明確であり、戦前の教育学者たちが、戦争協力したにもかかわらず、戦後そのことが等閑に付されてきた、そして、それを座視するのは、今の教育学者として許されないのではないかという基本姿勢に基づいて、戦時中に活躍した教育学者たちが、いかに戦争協力をしてきたかを暴いている。そうした研究をずっと行ってきたが、佐藤氏自身、ずいぶん批判があったという。
 中内敏夫、思想の裁判史
 小林千枝子、歴史研究は、誤りか否かを指摘するものではなく、分析するものだ
 清水康幸、総力戦下では国策協力は不可避であり、教科研に存在した豊かな検討素材を検討できない単純な問題関心に基づく研究だ
 木村元、政治的枠組みの研究では、教育学に内在する戦争責任は追求できない
等々。私自身は、欧米研究者なので、佐藤氏の研究を追いかけてこなかったから、批判も読んでいないが、本書を読んでみて、率直にこれは、教育学者の戦争責任追及を果たし得ていないと感じた。そんなことは課題にならないとは思わないのであるが。 “読書ノート 『植民地支配と教育学』佐藤広美” の続きを読む

読書ノート 『人身売買・奴隷・拉致の日本史』

 渡邉大門氏の『人身売買・奴隷・拉致の日本史』(柏書房2014)を読んだ。日朝関係で拉致問題が、日韓関係で慰安婦(彼らの呼び方でいうと性奴隷)が、現在でも問題となっているが、歴史的にずっと以前から存在している問題であることがわかる。そして、それは日本だけに限られることでもないだろう。
 この三つは微妙に異なるが、奴隷という言葉で共通項を括ることができるだろう。奴隷は、人間を「人」として扱わず、「物」と同様に扱う存在といえる。そして、物としての性質が最も顕著に現われるのが、他人に売られる、あるいは、贈られるという点である。つまり、人身売買されている状態にある人は、「奴隷」状態であり、拉致されれば、多くは売られ、あるいは、物のように、つまり機械のように労働のために使われる。そして、結婚などが許されないことになる。こうした奴隷的人間の扱いは、いろいろな理由で発生してきたし、多くの時代で禁止されていたにもかかわらず、実際に多数おこなわれていた。 “読書ノート 『人身売買・奴隷・拉致の日本史』” の続きを読む

読書ノート 人はなぜ歴史を偽造するのか

 長山靖生『人はなぜ歴史を偽造するのか』(新潮社)1998 を読んだ。面白かったと同時にいろいろと考えさせられた。
 内容は、主に、意図的に偽造された歴史書に関する文章と、南北朝正閏論に関する文章とからなっている。前者は、そんなことがあったのかという、面白い偽造歴史書のことをはじめて知ることが多かったが、内容的には、南北朝正閏論のほうが断然面白く、また考えねばならないことが提起されている。
 南北朝正閏論とは、明治の終わりころに議論され、第二次大戦が終わるまで、日本の歴史教育を呪縛した論である。歴史的には、鎌倉時代の末期に、朝廷のなかで、天皇の後継者をめぐる争いが嵩じ、鎌倉幕府の調停で二系統が交互に天皇をだすという妥協が成立した。そのうちの大覚寺系統であった後醍醐天皇が、約束を守って天皇位を譲るということを拒否し、更に鎌倉幕府に反逆して、建武の新政をするという歴史となる。足利尊氏が幕府を滅ぼしたあと、当初は協力していた後醍醐天皇と尊氏は対立し、尊氏は順番となる持明院系統から天皇を擁立する。その後数十年間、このふたつの勢力が争い、足利幕府側を北朝、後醍醐天皇系統を南朝と称していた。三代将軍義満のときに北朝に統一され、現在に至るわけであるが、明治の末に、現在、歴史教育で教えられている以上の南北朝時代と、基本的には同じ事実が教えられていた国定教科書にクレームを付けたわけである。南朝こそが正統であるとして、歴史の書き変えを迫り、大きな論争になるが、結局、楠木正成等の「忠臣」を偶像視する人々によって、南北朝並立だったという歴史的事実を主張するものは、追われてしまうことになったわけである。そして、以後、歴史教育では、北朝だった5人の天皇は歴史から抹殺され、足利尊氏は逆賊とされた。 “読書ノート 人はなぜ歴史を偽造するのか” の続きを読む

ポピュリズム考察 ゲッベルスと私2

 前回、ユダヤ人に偏見はなかったし、むしろ好感をもっていながら、ユダヤ人がおそろしい目にあっていることについては、漠然と知りながら、それ以上のことには無関心であったポムゼルのユダヤ人観を紹介した。
 今回は、より一般的なナチスのやり方に関する、「いいわけ」の感覚を考えてみる。
ナチス党員であること
 ポムゼルは、ナチスの党員であった。だから、国営放送局に就職できたし、また宣伝省という重要な官庁での秘書になることができた。しかし、だから直ちに筋金入りの党員であるという解釈は慎まなければならない。1936年のニュルンベルク法成立後、公務員になるためには、党員であることが必要になっていた。既に公務員であった人が、党員にならねば解雇されるということはなかったが、新しくポストをえるためには不可欠だったのである。よく音楽の世界で話題になる、カラヤンがナチスの党員であったことも、この関連で考える必要がある。フルトヴェングラーやベームなどは、生涯、党員になったわけではないが、既に36年時点で重要なオーケストラや歌劇場のポストに就いていた。カラヤンは、ウルムの指揮者だったが、トラブルがあって解雇され、しばらくの間失業状態だったのである。ドイツのオーケストラや歌劇場などでは、常任の指揮者も含めて、すべて公務員だったから、カラヤンがポストを得るためには党員になる必要があったのである。当時のカラヤンの夫人はユダヤ人だったので、彼がナチス的な反ユダヤ思想の持ち主でなかったことは間違いない。この点は、ユダヤ人の恋人がいて、その子どもを妊娠していたポムゼルと似た立場であったろう。

 そもそもナチ党員であるとは、何を意味したのだろうか。もちろん、政権をとる以前のナチ党員は、自覚的な活動家だったのだろう。おそらく下部組織に所属して、それぞれが任務をもっていたのだと想像される。しかし、1936年のニュルンベルク法以後、公務員になるために、それだけの目的で入党した人たちが、以前のように下部組織に所属して活動していたのだろうか。少なくとも、ポムゼルの回想録ではそうした姿は感じられない。インタビューといっても、質問者がいたのだから、その点の確認はしたはずであるが、まったく触れられていないのである。
“ポピュリズム考察 ゲッベルスと私2” の続きを読む

ポピュリズム考察 ゲッベルスと私1

 21世紀の政治は、ポピュリズムを抜きにして考えられないが、ポピュリズムに関する評価は、かなり分かれている。ポピュリズムは、危険な潮流で、克服すべき対象とみる者と、他方で、ポピュリズムは民主主義から生まれてくるもので、決して全面的に否定すべきものではないとする立場もある。いくつかの著作を読みながら、政治だけではなく、当然教育の分野でポピュリズムはどのような現れ方をしているのか、それをどう考えるのかを、少しずつ積み上げていこうと思っている。
 第一回として、ブルンヒルデ・ポムゼルが語った内容を編集し、トレー・ハンセンが解説を書いている『ゲッベルスと私』紀伊國屋書店1918.6を素材にしたい。

 この本は、ゲッベルスの秘書を、ドイツ敗北の日まで勤め、ソ連軍に捕まって、収容所に5年間交流されていた人物への長いインタビューを整理したものである。収録は2013年と2014年に行われ、ドキュメンタリー映画として公開され、DVDも発売されている。(まだ見ていない。)ドキュメンタリー映画のためのインタビューであるが、それは、明確に欧米におけるポピュリズムの興隆に対する危機感から制作されたようである。ハンセンの解説文は、ポピュリズムに対する批判で埋めつくされていることでわかる。したがって、第一回目の題材として選ぶにふさわしい書物だと思われる。
 歴史上最大のポピュリズム政治家は、ヒトラーである。現在、ポピュリズムに批判的な人たちが念頭においているポピュリズムの姿の原型が、ヒトラーの人とその政策、そして帰結によって形成されていることは疑いない。ポムゼルは、ヒトラーではなく、ゲッベルスの秘書であったので、ヒトラーその人はまったく登場しない。更にゲッベルスもごくわずかしか登場せず、しかも、ポムゼル自身は、ゲッベルス自身をかなり否定的に表現しており、少なくとも共感を示していない。にもかかわらず、この彼女の告白が、当時のナチスの中枢的指導者の間近にいた人物の、「問題意識の意図的欠落」とでもいうべき特質を、明瞭に示している。ナチスの活動が可能になった状況を作り出した、最大多数の人々の意識や行動は、このようなものだったのだ、ということが、実感としてわかるのである。

“ポピュリズム考察 ゲッベルスと私1” の続きを読む

読書ノート 妻を帽子と間違えた男2

 優れた声楽家のpが、見え方が変になって、眼科医で診察をうけたところ目に異常はないと診断され、「脳の視覚系に異常があるようだから」というので、オリバー・サックスのところにやってきた。人間性も豊かなpに、特におかしな点を感じなかったが、違和感をもったのは、相手を見る目が普通ではなく、顔をみても顔を把握していない感じで、むしろ聞き耳をたてているようだった。そこで、通常の検査をいくつかする。靴を脱がせて腱反射のチェックをしたあと、靴を履くようにようにいっても履かない。足と靴の区別がつかなくなっていて、どうしたらいいかわからないのである。自分の足をみて、「これ私の靴ですよね。」といったりする。サックスには初めての経験だったそうだ。写真などを見せていると、写真を全体として見るのではなく、細部のみ見ている。そして、帰るときに、帽子を探しているような仕種で、妻の頭を持って、かぶろうという動作をする。ここが、「妻を帽子と間違えた男」の題名になっている場面である。

 まず、最初に起きた奇妙なことを確認しておこう。
 pは優れた音楽家として認められていて、音楽学校の教師をしている。そこで、
・生徒が前にいても気付かない。
・顔を見ても誰かがわからないが、声を聞くとわかる。
・相手がいないのに、いるかの如くふるまう。
・町で消火栓などを、まるで子どもの頭のようにポンとたたく。
・家具のノブの彫り物に向かって話しかける。

 みなさんはどう思うだろうか。
“読書ノート 妻を帽子と間違えた男2” の続きを読む

読書ノート 『妻を帽子と間違えた男』1

 作者のオリバー・サックスは残念なことに亡くなってしまったが、その著作は、どれも本当に興味深い。映画の『レナードの朝』の原作者としても有名だが、手話に関する著作も非常に驚いた。これもそのうちに取り上げたい。ただ、なんといっても、サックスの著作の中では、『妻を帽子と間違えた男』が有名であり、かつ面白い。著者は、脳神経医であるから、脳の異常によって生じる様々な症例を紹介しているのだが、おそらく一般の人が日常的に接するようなことはほとんどないと思われる。だから興味本位に読むことも可能であるが、実は、よく考えてみると、正常と異常の境界線は、ほとんどの場合あいまいだろう。多くの人が経験する視力の低下は、第一部で扱われている「喪失」の一種だと思われるが、ある時突然「近視」になるわけではない。視力検査などは、一年に一度程度しかやらないから、そういうときに、数値で示されると、ある時視力が低下したと認識するが、しかし、それはまったく気付かないほどの程度で進行していたのである。視力は低下しても、眼鏡やコンタクトレンズなどの補強ツールがあるから、特別に問題とならないが、人間が脳を使って行う膨大な作業の多くは、補強ツールなどない。だから、元々なかったり、あるいは徐々に「喪失」が進行していても、なかなか気付くことがなく、その程度が激しくなったときに異常を感じ、医者に行くことになる。

“読書ノート 『妻を帽子と間違えた男』1” の続きを読む