読書ノート『プーチン 内政的考察』木村汎

 まとまったプーチン情報を得たいと思い、県立図書館にあったこの著書を借りてきた。A5版600ページもある大著で、まだ全部は読んでいないが、前半を読んで考えたことを書いておきたい。
 プーチン4部作の2作目ということで、他の著作も読んでみる必要があると思うが、内政を扱ったこの著作を読むと、筆者がウクライナ侵攻をこの時点(2016年出版)で予想していたのではないかと思われるほどであり、かつ、現在の進行状況が、ここで書かれているプーチン像にぴったり重なってくる。

 まず、プーチンという人間は、「サバイバル・メンタリティ」をもっており、端的にいうと、それは「肉親から食べ物を奪ってでも生き残る」というものだそうだ。プーチンは、ヒトラーによる包囲戦を数年間闘い、結局退けたけれども、戦禍の著しい爪痕が残っている、戦後それほど経過していないレニングラードで生まれ育った。体の小さいプーチンは、殺伐とした雰囲気が残る当時、いじめのかっこうの対象だったために、サバイバルのために、強い人間をめざし、小さくても大きな相手を倒すことができる柔道に惹かれ、強い精神と肉体を獲得していったという。そして、出世できるような社会的人脈もなかったので、そういうなかで最も機会が保障されると思われるKGBに入ろうと、小さい頃から考えるようになった。そして、実際に採用担当官に相談にいったのだそうだ。すると、KGBにはいるためには、大学にいって、外国語か政治学を学ぶのがよい、とアドバイスをされたために、それから猛勉強をしして、40倍の難関を突破してレニングラード大学に合格。そして、卒業後、KGBに採用され、東ドイツの担当になった。
 そして、東ドイツ時代の経験が、その後のプーチンの生きる姿勢を決定づけたという。それは、目の前で起きた東ドイツの崩壊と消滅である。そして、ソ連に戻って、下級役人のような生活をしているとき、今度はソ連が崩壊し、偶然にもエリツィンに見いだされて、出世し、エイツィン引退後に大統領となる。
 そして、彼が最も恐れるのは、彼の「体制」が、東ドイツやソ連のように、「崩壊」することであり、そうさせないためには、「強いロシア」を確立すること、そして、そのなかで、自己の権力を強化することであるという信念をもつ。そして、その信念の「強さ」を保持するための基本原則が以下のものだ。
・強いものだけが勝ち残る
・何が何でも勝とうとする気持ちが大切である
・最後までとことん闘わねばならない
 実際に、プーチンがチェチェンでやってきたことをみれば、この通りなのである。勝つためには、どんなことでもやる、そして、最後まで闘うということは、自分から負けを決して認めないということだろう。
 実際に、これがプーチンの絶対的な姿勢であるとすれば、ウクライナ侵攻の決着のつき方は、かなり限定されることになる。
 まず、「どんなことでもやる」ということは、既に、いくつかの段階を経て、最終手段に近づいているように思われる。
・核施設(原発)への攻撃
・民間住宅、病院への爆撃
 ここまでは既にやっている。そして、
・外国人傭兵の投入
・化学・生物兵器の使用
は近々実行するのではなかろうか。
 そして、ここまでやれば、ウクライナという地域戦争から、地域の拡大、最悪第三次大戦となる。
・兵器支援を口実に、ポーランドへの爆撃(→NATOの応戦・NATOのウクライナへの実践部隊の投入)
・核兵器の使用
 さすがに、ここまではやらないだろうというのが、この著作を読むと、幻想に過ぎないという感じになってくる。
 プーチンが権力を掌握してから、何を目的に政治をしてきたのか。木村氏によれは、それは自己の権力の維持であるということになるそうだ。政治家は、通常、国家をどのように発展させたいかという「哲学」があるが、プーチンには、一切そういうものはないというのだ。あるとすれば、「強いロシア」だが、それは「強いプーチン」を支えるためのものだけに意味がある。そして、自分の権力を維持し、強化するためには、どんなことも躊躇しないということが、具体例をあげて、多角的に示されている。特に巧みなのが、人事で、無用になった人材は、どんなに親しい人でも、躊躇なく更迭する。しかし、プーチンが巧みなのは、更迭しても、決して、恨みをかったり、あるいは自尊心を傷つけたりしないように、ちゃんとそれなりのポストを用意するのだそうだ。もし、完全に干されてしまったら、恨みから反撃されたり、あるいは、敵対勢力になってしまう危険性がある。プーチンは、そうした轍を踏まないように、周到に人事を行うのだそうだ。もっとも、それは、自分の側近の場合で、もともと弱い、あるいは第三者の場合には、徹底的に弾圧するのも厭わない。
 強いロシア、自分に従う政治構造を作るために、大統領になってから、一貫して、メディア統制を強化している。その中心は、テレビで、「ロシア人は新聞は読まない」というので、新聞の規制は、テレビほどではないということだが、これも、近年はかなり厳しく取り締まるようになっているし、更に、NGOなどへの締めつけも強化されている。
 ただ、その際、木村氏は、ロシア人の海外依存精神について批判もしている。プーチン批判を繰り広げているメディアや組織NGOも、財政的に自立するという意識は希薄で、安易に外国の援助でやっていこうとするというのだ。やはり、本当に自立的な言論・報道をするためには、財政的にも自立する必要があるのだが、ソ連崩壊後、自由の可能性がでてきてから、まだ時間が浅く、可能性が広がる前に、プーチン体制で締めつけが厳しくなってしまったという事情もあるようだ。
 とにかく、「最後まで徹底的に闘う」というのが、プーチンの信条である以上、ウクライナの戦線が不利になっても、そう簡単に妥協しない可能性がある。だが、それはプーチンとしては、墓穴を掘っていることになっている。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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