ウクライナ情勢は、驚きの連続だが、そのなかでも特に印象的だったのは、あるウクライナの青年が、ロシアにいる父親に電話をしたときの会話だ。テレビの番組だったので、詳細は覚えていないのだが、ウクライナの青年が、ウクライナの状況を父親に訴え、ぜひ、この状況をまわりの人に伝えてほしいと懇願したところ、父親は、ロシア軍がウクライナにいっているのは、ウクライナのナチ政権の支配から、ウクライナを解放するためで、ロシア軍はなんらウクライナ人に迷惑などかけていない、と言い張り、なんど青年が実際には、違うと説明しても、まったく聞く耳を持たなかったというのだ。また、ウクライナで医師をやっているが、現在は避難者たちの援助をしている女性が、ロシアにいる姉に電話したところ、姉が、ウクライナにいるナチから守るためにロシアは頑張っているのだから、あなたも、ロシア兵に協力しないと大変なことになる、といって、こちらも、いくら説明して、惨状を訴えても聞かなかったので、「地獄に落ちろ」といって電話をきったとBBCで語っていた。
3月8日は、国際女性デーだったために、プーチンは女性向けに演説をしたらしいが、そのときも、今回のロシア軍の行動は、ウクライナからの侵略からロシアを防衛するためのもので、みなさんの息子さんたちは、祖国防衛のために闘っているので、しっかり支えてほしい、というようなことを述べたらしい。プーチンの演説がどこまで信じられたのかはわからないが、息子がウクライナに住んでいて、窮状を訴えているのに、まったく違う事実を信じきっている、というのは、「洗脳」ということの恐ろしさを教えてくれる。
もっとも、今日本で放映されているウクライナの惨状が、本当のものであるのか、CGではないか、あるいは過去のアフガニスタンの映像を組み合わせていないか、などと言われたら、そんなことは絶対にない、ということもできないかも知れない。そこは、報道に対する信頼性の問題といえる。ウクライナに侵攻しているロシア兵が、ウクライナ人に対して食料を配布して、感謝されているという映像を撮影し、ロシアのテレビで流しているという。もちろん、配布を受けているのはウクライナ人ではなく、ロシアから送り込まれたひとたちだ、というのが、ウクライナ側の言い分だ。食料配布を受けいているウクライナ人がまったくいないかどうかはわからないが、少なくとも、そうした映像がロシア国内で大々的に放映されていることは、事実なのだろう。それを見たロシア人が、はやくウクライナが解放されてほしい、そうすれば、ウクライナ人も幸せになれる、とロシア兵を激励する構図ができているのだろう。
ウクライナや欧米からの情報は、遮断されているという。インターネットも、制限されている。そうすると、やはり、入ってくる情報は、ロシア政府からのものばかりということになる。
ただし、欧米や日本だって、それほど誉められる状況ではない。
湾岸戦争を開始するために、クウェートとアメリカは、ナイラ証言という、偽の写真を使ったことはよく知られているし、イラク戦争が、イラクが大量破壊兵器を所有している、アルカイダと協力しているという、その後まったくの虚偽だったことがわかった「口実」が使われたことも、周知のことになっている。もっとも、イラクの大量破壊兵器については、アメリカの情報を信じなかった人も多数いるし、フセインとアルカイダが協力することは、ありそうもないと疑っていた人も少なくない。私自身もその一人だ。虚偽情報を流しても、報道の自由が保障されていれば、騙されない国民も少なくない。
日本の情報操作で国民をだましたものとして、原発安全神話を忘れてはならないだろう。もちろん、原発は危険なものだし、安全対策が不十分だといっていた人もいるし、専門的なことはわからなくても、原発の危険性を認識していた人もいる。合理的に考えれば、原発が電力消費地から遠いところに設置されることを考えれば、安全ではないからであり、それが会社首脳部にわかっているからだ、ということはわかる。安全なものなら、消費地の近くに設置すればいいのだ。そこで、政府や電力会社、そして、電子力村の研究者たちは、理不尽なまでの「安全神話」を作り上げて、大宣伝を行っていた。文部省は、原発安全を教えるための副教材まで作成して、配布していたのである。
しかし、それでも、チェルノブイリ事故があったあと、ウクライナに住む日本人が、日本の親戚、特に原発の近くに住む人に電話して、原発は危ないから、しっかりといざというときのことを考えておいたほうがいいよ、と言われて、原発は安全だよ、チェルノブイリの事故なんて、実際には存在していないんだよ、反原発派のでっち上げた、と強弁する日本人がいるとは、あまり思えないのである。
21世紀で、これほどまでメディア統制が徹底している国は、あまりないだろう。北朝鮮のほうが、もっとがんじがらめだが。ロシアは、少し前までは、インターネットなどは比較的自由だったらしい。プーチンは、とにかくテレビ重視主義なので、大統領になってから、ずっと、元KGBらしさを発揮して、テレビを中心としたメディア統制をしてきた。単に、反政府的な報道を抑圧するだけではなく、積極的に、政府のプロパガンダを流し、国民を洗脳するようにやってきたといえる。その「成果」がいま現れているのだろう。しかし、最終的には、ロシアがウクライナを支配することはできないし、短期的にロシアが戦闘で勝利しても、長期的には敗北必至であり、そのとき、真実を知って、ロシア国民はどうするのだろうか。
言論の自由、表現の自由がどれだけ大切であるかを、人々に知らしめた事件でもある。