読書ノート『知の鎖国』アイヴァン・ホール2

 本書のコメントからは離れてしまうが、どこまで一般化できるかは別として、私自身の体験を書いておきたい。元同僚たちの批判になってしまうが、現在ほぼ全員が退職しており、かなり昔のことなので、あえて書くことにした。ここで書いたような側面はあるが、皆まじめで、誠実な人たちであったことは、断っておきたい。
 日本の知識人たちが、少なからず、外国人に対して、あるいは外国で教育を受けたものに対して、排外的な姿勢をとることの具体例である。
 
 第一は、私がまだ大学院の担当者であったときのことだ。大学院の入試判定前の段階で、受験可能かどうかの問い合わせについて議論したものだった。
 その受験予定者は、イギリスの大学を卒業していた。しかし、一般的なイギリスの大学は3年間で終えることができる。ヨーロッパの大学は4年制であるが、修士号を付与することが一般的である。尤も以前は6年が原則だったので修士号の付与は当然だったのだが、カリキュラム改革などを経て4年で終了できるようにして、修士号付与はそのままだったのである。だから、学士号を付与する教育機関は、3年でオーケーということになっているのだ。
 そのことで、日本人がイギリスの大学を卒業したが、日本の大学院は4年間の大学教育を条件としているので、問い合わせがあったわけだ。

 ほとんどの人が、年数が足りないのだから、受験資格はないと主張した。しかし、私は、イギリスの大学が3年で終了し、学士号を付与することは、国際的に認められていることなのだから、それを尊重すべきである。そして、イギリスでは、中等教育を修了したあと、2年間シックスフォームに通って、それから大学に入るので、かつての日本の旧制高校のように、大学に入るまえに教養課程のようなものを通過していることになり、それをあわせれば、日本の大学水準に劣るものではないのだ、といくら主張しても、大学は4年だという意見に固執して、結局受験を認めなかった。だいたい、ヨーロッパで大学を卒業してくるというのは、かなりの学力と熱意がなければ不可能だ。日本の平均的な私立大学を卒業するのとは、努力の量と質がまったく違う。何故そういう人材の受験すら認めないのか、国際的に認められている学士を認めないのか、正直呆れてしまった。
 私自身、所属していた専攻の存在意味をあまり認めていなかったことと、このこと、そして、もうひとつ納得できないことがあって、大学院担当をおりて、退職に至ったが、後悔していない。
 
 第二の事例は、学部段階で起きたことだ。
 非常に珍しく、同一領域で2名の教員を補充することができると機会があった。その学科は、大学院が必須となっている領域で、当然英語を重視しており、ある教授が大学院生に依頼して、「英語で論文を読む会」などを組織させ、英語の勉強を院入試用に準備させていた。
 そういう点も踏まえて、私は、一人は外国人を採用したらどうかと提案した。ただし、外国人といっても、日本語をきちんと使えて、日本語で授業ができることを大前提にして、1つか2つの英語による概論的な授業をしてもらったら、学生にとって、非常にいいのではないかという説明をした。別に、日本人を採用する上での領域の差などはつけず、とにかく、普通に求められる授業を日本語でこなせるが、英語でも講義ができる人という提案だった。
 しかし、提案をした途端に、猛反対の嵐に見舞われた。「なかなかいい案ですね」ぐらいは期待していたが、とにかく、まったく論理性もない、感情的な反対論か続き、誰も賛成しないのだ。「俺たちも英語で話さなくちゃいけないのか」とか、「会議も英語にするのか」とか、まったくこちらの提案の趣旨を理解しようともしないし、反対の勢いがすごいのだ。
 実は全員が反対なのではなかった。しかし、あまりに強い反対がつづいたので、発言する意欲がでなかったようで、会議のあと、あの反対の様子に憤慨した旨を私に告げてきた人もいた。それなら、あのとき発言しろよと言いたかったが、とにかく、あの人たちは、要するに、自己防衛的に対応する以外の感覚がなかったのだと思うことにした。
 実は、これと似たようなことが、そのあとも起きたそうだ。私は大学院に関わりをもたなくなっていたので、直接その場にはいなかったのだが、大学院生の海外研修旅行のようなものを企画しようということになり、そのなかに、ハーバード大学の院生との交流会を設定しようという提案を、企画者の教授が提案したのだそうだ。そうすると、同じように、猛反対が起こり、そんなことなら引率しないと言って、決まっていた引率者がおりてしまったそうだ。しかし、学生たちは歓迎していたようなので、企画は通ったが、他の学科の先生に通訳を兼ねた引率を引き受けてもらうことになったそうだ。
 
 こうしたことから、ホール氏が告発しているように、日本人の知識人のある部分のなかに、外国人との交わりを拒否する心理があることは、認めざるをえないのである。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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